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第十四章

鳴り止まない声

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──




《 ──シアン!》




……………




「‥‥‥‥ッ‥‥」



 ピクリと

 床に投げ出したシアンの指が動く。



「‥‥? 」

 幻聴か……

 自らの名を呼ぶバヤジットの声を、シアンの耳が微かにとらえた。

「‥‥‥‥、フッ」

 思わず鼻で笑う。

 情けない

 いったい何を期待しているのだと……シアンは自分自身を嘲笑ちょうしょうした。

 いるはずの無い男の声だ。

 完璧に突き放した……。自分を追ってこんなトコロまで来るはずが無いのだ。




「ハァ‥‥‥ッ‥、ハァ‥‥‥‥!」

 発情した犬は、その有り余る精をもてあそび、いまだにシアンを犯していた。

 タラン侍従長達はとっくにいなくなっている。

 少し前まで牢の向こうから陵辱ショーを愉しんでいた連中も、今は混乱して地下を逃げ回っているところだ。

 立て続けに燭台が暴発し、爆薬貯蔵庫にまで飛び火したことで、地下の密造所は一瞬でパニックにおちいったのだ。


ガルルッ、ガルルッ

「‥‥カ ハ…ッ‥‥ハァっ‥‥ハ ァ‥!」

 放精した後 尻合わせ の格好でしばらく繋がっていた猟犬は、いったん陰茎をぬいた後、また馬乗りになってシアンの後孔に突き立ててきた。

 普通の犬ならこの一回で満足したろうが

 ヤク漬けで強制発情させられているからか、体力も精力も尽きることがない。

 けれどシアンはとっくに限界だった。

 もともとボロボロの状態だった。弱点の肉壁を…加減知らずの獣の突き上げでゴリゴリと責められ、背筋も脳も焼ききれそうだ。


《 シアン!返事をしてくれ! 》


「ハァ‥ッ‥‥ハァ…ッ‥‥」


 霞む意識の中にまた……バヤジットの声が響く。

 うるさい声だ

 人がせっかく……終わりを迎える直前の、最も倒錯した快楽に身をゆだねようとしている時に……

 抱えすぎた重圧から、やっと解放されようとしている時に……

 貴方の声はとにかく豪快で無遠慮で

 いつも一途で、実直で

 いつも、いつも



 
 僕に呪いを、かけるばかりだ




《 ──…生きてね、シアン 》



「‥‥‥!」


 ふいに、バヤジットとは別の声の
 また別の " 呪いの言葉 " が

 シアンの脳裏に囁いた。

 それこそ有り得ない話だった。何故ならその…無邪気で幼い声のぬしは、もうこの世にいないのだから。

《 シアンにあげる…僕の夢。だから 》

 シアンは唇を噛み、憎々しげに目元を歪めた。

 自らの手で散らせた命。
 自分さえいなければ散ることの無かった命。
 自分勝手な " 目的 " のために犠牲にした
 愛しい、存在だった。


「──‥ッ」


 シアンはその刹那せつな、思い起こす。

 自分はまだ目的を叶えていないじゃないかと、まだ、やるべき事が残っているじゃないかと。

 それまではこの地獄を生き抜くのだと、何度も誓った筈だ。

 何が起ころうと

 どこまで堕ちようとも──




「‥‥バヤ‥…ジット‥‥さ、ま‥!」

 シアンは震える声でバヤジットを呼んだ。

「ハァッ‥! …‥バ‥ヤ……ット‥‥…さ、ま‥‥!!」

 猟犬に犯されながら彼の名を叫ぶ。

「はぁ ‥ッッ」

 けれど吐き出した声は、背後の犬の鳴き声でかき消されるほど小さかった。

 長い陵辱の果てに、とうに喉は枯れて

 舌もまともに動かない──。


《 何処にいるんだシアン!!》


「ハァーッ‥ハァーッ‥…く‥‥!!」

 どれだけ叫ぼうとしても声が出てくれない。

 返事ができない。

 自分を探す男の想いこえは…これほど強く届いてくるのに。

 だから、うつ伏せのシアンは右の手首に巻かれた鉄の手枷を、思い切り床に打ち付けた。

「バヤ ジット‥‥、バシュ‥‥ッッ」

 声の出ない喉を懸命に開き、頭に響く声に返事をしながら

 シアンは何度も、手枷を打ち付ける。

 そうしている間にも、地下は火事のせいでみるみる温度が上がっていた。


ガキン!ガキン!・・・ガキン!


「‥‥僕…は‥、ココ‥‥です‥‥!」


・・・ガキンッ!!


「‥‥ッ…‥バヤ‥ジ‥──ト‥‥」


 意識が朦朧としてくる。

 このまま委ねてしまえばラクだろうが……

 今のシアンには、それが許されていなかった。








──





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