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第十四章

鳴り止まない声

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──

 再び夜が訪れる。

 シアンが侵入した水のやしろの隠し階段から遠く離れ、王都ジゼルの最南端

 神殿跡地の地下に、バヤジットがいた。

「はぁっ……はぁっ……」

 シアンの毒針のせいで身体はまだ痺れている。それでも、いても立ってもいられずここに来たのだ。

“ なんとしても俺がっ…シアンより先に侍従長の尻尾を掴まなければ ”

 バヤジットの頭は、今もシアンのことでいっぱいだった。

 復讐を止めることはできなかった。だったら自分が侍従長の悪事を暴き、シアンが手を汚す前に捕らえてみせる。

“ 復讐の矛先は……まず俺かもしれんがな…… ”


『 クオーレ地区には建国当時に造られた地下通路が今も残っているそうです 』


 シアンの言葉を信じるならば、この地下道はクオーレ地区まで伸びている筈…。

 何日もかけて少しずつ地下の迷路を攻略してきたバヤジットは、今日こそは何か証拠を掴まなければと、小さな灯りを手に暗い地下道を進んでいた。


....



「……?なんだ?」

 しばらく進んだ分かれ道の前で、異変を察知したバヤジットが足を止める。

“ 壁が揺れたぞ…? ”

 手を添えていた石の壁が…微かにだが振動した。床もかもしれない。

 バヤジットは壁に耳を付けて奥の様子を伺った。

「…っ…こっちか」

 わずかな振動を頼りに道を選ぶ。急な異変に胸騒ぎをおぼえ、彼は足を早めた。

「まただな、次は…この道か…!?」

 振動は何度も立て続く。

 不審に思いそれから…500セクンダほど進んだ時だろうか。真っ暗な奥から、何者かの足音が迫ってきた。

ダッ!ダッ!ダッ!ダッ!

「……!?」

 バヤジットは腰の湾曲刀を抜いて構えた。


ダッ!ダッ!ダッ!


「止まれ!!」

「はぁ!はぁ!はぁ!──おい!…おいあんた!
 誰だよあんた!?」

「お前こそ何者だ!」

「そのかっこう貴族さまか??はぁっ…助かった…!ああ、いや、助けてくだせえ!」

「…っ…何を言っている」

 奥から走ってきたのはひとりの痩せた男だった。

 男はバヤジットの刀にひるまず、喚きながら足へすがりついてくる。

「大変なんす!なンかいきなり…壁の明かりがどんどん爆発してってる!で、火が広がってそれで…貯蔵庫のも一緒に燃えちまって…っ」

「ばく、はつ……!? 燃える……!?」

「他の奴らも逃げ回ってるんす!でも道がわからねぇっ……走ってるうちに真っ暗になって何も見えねぇし…!」

 男の言うことは意味不明だった。

 燃える?この奥で火事が起こっているのか?こんな地下通路で?

 バヤジットは足元の男をまじまじと見下ろした。

 そうだこの身なり…言葉遣い、こいつは貴族ではない。まさかこいつは……!?

「おい、落ち着け」

「やべぇ…マジでやばいンすよ!このままじゃ死んじまいますって!」

「…ッ──落ち着け!」

 半狂乱の男を、バヤジットは足で払った。

「生きたければ冷静になれ──…いいな?」

「は…は…はいい…!!」

「逃がしてやるから落ち着いて答えろ。……お前は平民だな?」

「え?は、はい」

「何故地下ここにいる?どこから入った?」

「なぜって…仕事っすよ!くっせぇ臭いのもん運んで、それ使って 作るんすけど、…あとは…鉄の玉の中にそれ入れて……」

「……」

 バヤジットは目を細めた。

 この地下通路…たんにクオーレ地区への侵入経路と思っていたが、違うらしい。

 この地下で秘かにを作らされているのだ。

「……最後の問いだ。お前が地下へ来た時期と、他の平民の人数を教えろ」

「時期ぃ?…た、しか、み月前か…もっと前か?…そんくらいです。他の奴らも全員は知りぁせんが、初めは200人近くいましたぜ。事故やら病気やらでどんどん減ってったけどよ…」

「そうか…わかった」

 バヤジットの読みは当たった。

 三月みつき前なら、ウッダ村の民兵の徴用時期と重なる。それに二百人という数も、徴税記録から調べた近隣の行方不明者数と大きく違わない。

 彼等は、タラン侍従長によって秘密裏に集められた平民達だ。



 バヤジットは男に灯りを手渡す。

「お前は外に出ろ。道が分かれたら俺が残した印を辿れ。床に…こう…こういう印だ、わかったな?」

「はい!ありがとうございます貴様さま!」

「それとだ。他の者への目印として正しい道にコレを落とせ、必ずだ」

 彼は隊服のポケットから予備の光油カンデラをひとつ取り、それに火をともして壁際に置いた。

「火をつければしばらく燃え続ける。お前にいくつか渡す。わかったな!?」

「わっわかりやしたあ!!」

 すぐさま走って角を曲がった男を見送り、予備の灯りを手にしたバヤジットは、男が来た方へ足跡を辿った。

“ この先に平民達がいるのか……。だが、何十人もが迷路を逃げ回っているとなると、全員を出口へ連れ出すのは難しいぞ ”

 再び分かれ道にぶち当たったバヤジットが考え込む。帰り道の方向に光油カンデラを置き、今からでも部下を動員するべきかと悩んでいると…

「おわっ!」

「誰だよそこにいンのは!」

「…っ」

 また別の男が走ってきてバヤジットとぶつかった。今度は二人組だ。

「あっ貴族!貴族さんだな!? オレを外に出してくれ助けてくれ!」

「道がわからねぇんだ教えてくれ!」

「…っ…わかっているから落ち着け!」

 この二人も、先程の男と同じ反応だ。

 慌てる彼等を押さえつけ、同じように説明してやる。

「…じゃあその灯りを追えば外に出れるってことっすね?」

「へへ!助かった!さっさと逃げるぞ!」


───カランッ


「──ん?おい」

 外へと向かった男達とすれ違ったはずみで、何かが床に落ちる。

 踏んだ感触は……固くて、丸い。


“ 宝玉…か?平民の持ち物にしては妙だな… ”


 膝をついて拾ったそれを指にはさみ、灯りに近付ける。そしてバヤジットは目を見開いた。


「これは頭布留め……!?」


 二人組が落としていったそれは頭布留ターバンどめ。しかもその装飾は、他ならぬシアンの物だった──。


「お前っこれを何処で手に入れた!」

 バヤジットは即座に声を張り上げる。

「これの持ち主はどうした!? 白い肌と髪の若い男だ!」

「 白い肌と髪?──ってあの、っていうキチガイか?俺はナンも知らねえですよ!」

「‥‥!?」

 だが男達はてきとうな返答のみで、角を曲がり見えなくなってしまった。


“ 何故こんな場所にシアンの持ち物が…っ ”

 昨夜

 昨夜のシアンはまだコレを身に付けていた。

 奪われたのならそれ以降ということになる。

「シアン!!ここにいるのか!?」

 冷や汗を浮かべバヤジットが叫ぶ。だが、自身の声が反響するばかりで返事は無い。

“ いったいどういうことなんだ…!! ”

 バヤジットにできるのは先に進むことだけだった。

 逃げてきた平民の足跡をヒントに迷路を辿っていくことだけ。

「シアン!シアン!返事をしてくれ!」

 その後も何度か、バヤジットは逃げ回る平民に地下からの脱出をうながし、そして、自分自身は反対側に進んでいく。

 奥へ、奥へと

 返事のない暗闇の中、何度も彼を呼び続けた。
 







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