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第十四章
密造
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「耐えれん臭いだな、まったく…」
公務を終えたタラン侍従長が再び地下の牢に顔を出す。
日がな一日……かわるがわる男達に犯され続けたシアンは、穢されたままの姿で放置されていた。
「歓迎はお気に召したか?」
「‥‥‥」
両手首を鎖で繋がれ、牢の壁に背を預けうずくまるシアン。身体中にこびりついた体液は牢の石床にまで広がり、陵辱の苛烈さを示していた。
タランの声に反応してあげた面にも、暴力の痕がありありと残る。
そんな無惨な状態で……だが、彼の表情はいつにも増して妖艶だった。
「──‥‥、兵器‥‥ですネ 」
腫れた唇が弧を描き、貼り付けた笑みが挑発する。
「タラン様がこの地下で何を作っているのか‥…、おおまかに は、わかりました‥‥」
「……ふん、家畜どもが何か喋ったか?」
「フフ‥‥こんな僕を、わざわざ警戒する人間もいないでしょう」
ボロボロに犯された生贄を警戒して、秘密を守ろうとする男なんていなかった。
断片的な情報から、地下に集められた彼等の仕事の全容を把握し、シアンは、タラン侍従長の企てを理解した。
この地下道は、王都に隠された密造所だ。
「密造品は──…火槍、ですね」
「鋭いな、……その通りだ」
《 火槍 》
それは東方──帝国の辺境にて、不老不死の秘薬を生み出そうとした術師によって偶然作られた。
ある温度に達すると爆発する粉塵だ。
その威力はたいして注目されていなかった……そう、最近まで。
先の帝国の内乱で、鉄と組み合わせ武器として使われたと聞くが、もちろん軍事機密。火槍と密かに名付けられた後、詳細は闇に隠されている。
「貯蔵室らしき場所の…あの臭い、爆薬の 原料…でしょう?そして集めた平民に鉄をうたせっ…兵器として利用しようとしている」
「……」
「帝国へのカナート(地下用水路)も…火槍で破壊したというわけだ……!復旧を邪魔するのも当然ですね?痕跡を見られれば密造を疑われる」
「はははは!面白い発想だ」
シアンの推理を聞いて、タランは歓喜した。パチパチパチ……と優雅に手を叩く。
火槍の存在を知っているだけでも珍しい。
働いている男達も理解できていないのだ。それを…少ない情報から、カナート破壊への関与にまで繋げてくるとは恐れ入る。
タランはつくづく、シアンという人材を惜しいと思った。
ここで失うには勿体ない。そう、その正体が……かつて謀殺した忌まわしき王族でさえなければ。
「貴様の推測はほぼ正解だ。帝国に忍ばせている我が密偵が、火槍の設計図を手に入れたのでな……地下を利用し製造準備にとりかかったのが、六月前」
「フッ…帝国にまで密偵を?ぬかりない」
「当然だろう」
「それで不足した人手は、帝国との対立で税を払えなくなった平民でおぎなったと……。いやそれだけじゃない」
「……」
「ウッダ村の民兵を武装させ、戦わせようとお考えか…!」
「くくく…」
ウッダ村にはおびただしい数の平民が集められていた。
だが統率されていない彼等は、とても戦場で戦えるようなレベルではなかった。剣のふり方も知らない素人。思わずバヤジットが怒鳴り込んだほどである。
だが、もし……火槍が完成すれば
戦は変わる。弓と剣で戦う時代は終わり、質 より 数 の時代となるのだ。
「帝国と戦争を始めるおつもりか」
不気味に笑うタラン侍従長へ、シアンが問う。
「まさかまさか」
「違うと?」
「帝国との国力差からして、火槍で武装したとしても勝てる見込みは高くない……」
「…っ…これほど対立を煽っておきながら…戦意はないと言う気です か」
「帝国も内乱後の不安定な状態だ。大義名分のない戦はできんだろうよ。私はね、国を背負う身として " 賭け " などしない」
後ろに控える手下を残し、タランは牢に歩み寄った。
そしてシアンが座る目の前でスっと腰を下ろす。
彼が着る上等な長丈衣が床のススで汚れたが、気にならないらしい。
タランは整った顔を近付け
格子ごしに、シアンにだけ聞こえる声で話を続けた。
「確実に勝てる相手は……我が領内にいるがね」
「……!」
「民兵どもの練成費には我がラティーク家の財を当てている……。つまりアレ等は、私の私兵だ」
「キサラジャを‥‥‥乗っ取る‥‥‥つもりですか」
「形式だけの近衛兵が、たちうちできると思うかね?」
目を見開いたシアンの驚きように満足して、タランは顎髭を撫でる。
ゆっくりとした所作の後……冷酷な目つきでシアンを見下ろした。
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