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第十三章
手筒の送り主
しおりを挟む警備の時間を終え、次の者と交代したシアンはその日暮れ、王宮の庭園を歩いていた。
花も草も無いが、枝を尖らせた葉のない樹が道をかたどり並ぶ。
『 兄さま!ぼくも兄さまの隣りに座らせてください! 』
『 お前は無理だよまだ小さいから 』
『 このくらいの木ならぼくにだってのぼれます 』
『 ──って待て待て!手を引いてやるからこっちに掴まれ 』
かつてそこにいた高貴な兄弟の話し声が、歩くシアンの耳に聞こえたような気がした。
幻想だったとわかってはいても、シアンの口は切なく微笑む。
それは遠く昔の……いつかも思い出せぬほど霞んだ記憶に生き続ける声だった。
「やっと……戻りました」
二股にわかれた幹が特徴的な一本の前で、シアンは立ち止まる。
彼はその樹を見上げた。
「ここまでの道は長かった。けれどじきに僕の目的は果たせます」
シアンが懐かしみをこめて幹に手を触れると、乾いた樹皮がペラリと剥がれる。
──コツン
その樹皮が地面に落ちると同時に
ある人影が、シアンのいる庭園の中へはいってきた。
「本当に長かったわね」
「……」
「貴方はもう戻らないものと諦めておりましたわ。ハムクール伯爵家の騒動と、王宮警備兵就任の話を聞いた時は驚いたのなんのって」
シアンが横に目を向けると、頭をベールで覆った女性が歩み寄っていた。
その正体を隠す為、女性は身分に合わない質素なドレスを身にまとっている。
「…ここは風が強く御身にさわります。社へお戻りください」
人目を気にする相手であるから、シアンは女性をうながし、庭園の向かいに建つ水の社へ入っていった。
水の社は、屋根を支える中膨の四柱と、それを覆う石の壁で囲まれた四方形の小さな建物。
中心の水盤には清らかな水がトクトクと溢れていた。地中深く、水脈から上がってくる湧き水である。
女性は水盤の前で頭からベールを取った。
「わたしが近衛兵団の招待状を送ったのは三年も前なのよ。行方をくらませておきながら……連絡ひとつなく突然戻ってくるなんて」
「申し訳ありません。王妃様」
シアンは女性の顔を視界にいれぬよう、さっと床に跪く。
彼の前に立つその女性は
現キサラジャ国王の正妻、ハトゥン(王妃)・ハナムであった。
サルジェ公爵の娘である彼女が、慣例にしたがい国王に嫁いだのは十年前。彼女が十三歳の少女であった頃である。
「あら、昔のようにハナムって名前で呼んでくれないのかしら。貴方だって本当は──」
「今の僕は《シアン》です。どうか……その名で」
「……そう。わかったわ、シアン」
ハナム王妃は親しみをこめてシアンに話しかけたが、シアンは俯くままだ。
「本題にはいりましょう」
ハナム王妃は微笑むのをやめた。
「貴方は招待状を使って戻ってきたのだから、炙り出しの手紙にも目を通した筈ね?」
「ええ勿論です」
「聞くまでもなくすでにスレマン伯爵への復讐は果たしたようだけれど。……次の標的は誰なのかしら」
「……次、でございますか」
「そうよ。九年前、貴方を王宮から追いやった者達…貴方を貶めて甘い蜜を吸った連中への復讐。シアンはその為に戻ってきたのでしょう?」
「そうかもしれませんね」
「言葉を濁すのね」
ハナム王妃が言う「九年前」とは、かつてキサラジャの王宮で起こった、国王暗殺未遂の話である。
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