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第十一章

復讐者の記録──参

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────…


──…


……





『 シアン 』


 誰かが名を呼ぶ。

 少年は重たい瞼を上げ、返事はせず黙っていた。

 シアン──彼がこの名で呼ばれるようになりしばらく経つが、いまだに慣れてはこない。けれど少年に、この名を拒絶する権利や利点は無い。だから素直に受け入れた呼び名。

『 シアン、起きてるだろう?さっさと来い 』

 そして隣の部屋で彼の名を呼ぶこの青年が、名付け親だ。

 あまり耳にしない音の響き。どういう意味かと尋ねた時はとくに意味は無いと返された。そういえば、サイを投げて出てきた文字を組み合わせたとも言っていた。

 痛む身体を敷布に横たえていた少年だったが、起きろとせかされるので重たい腰を上げる……

 戸を引いて隣室に入ると、座卓の前で膝を崩して座るヤンが、少年を見て軽薄に笑った。

『 回復したなら手伝え。寝ているだけの愚鈍なコマは捨てるぞ? 』

『 …何を手伝えばよいのですか 』

 昨夜…タチの悪い客に弄ばれ続けた少年の身体は、いまだ回復していない。

 傷を治すまで休ませるようヤンは女亭主に言い付けられた筈だ。だがこの男、いい顔をするのは雇い主の前だけで、二人きりになった途端にコレである。

 《気まぐれ姫》という異名で客を魅了する高級男娼も、少年からすればやはりガラの悪い盗賊か何かだ。

 フラフラと近付いた少年の顔に、ヤンがくわえた煙管きせるの煙がかかる。

 座卓の上で散らかっていたのは──なるほど、数え切れない手簡てがみの山。

 それを見た少年はすぐに状況を把握しヤンの隣に座った。

『 筆はどこです? 』

『 さすが察しがいいなお前。優秀な駒は好みだ…可愛がってやろうか? 』

『 結構ですよ…ッ 』

 肩に腕を回してきたヤンが、そのまま服の衿から少年の胸元に手を入れる。

 少年は面倒臭そうに顔をしかめて、肌を撫でようとするヤンの手をパシリと叩いた。

『 貴方言ってることめちゃくちゃですよ。襲うくらいなら寝かせてください 』

『 ……可愛げだけはやはり無いな 』

『 当然です。貴方に愛想を振りまいたところで何も得しないでしょうが 』

『 それもそうだが、だが客にも無愛想だろう?お前 』

『 知りませんよ 』

『 いや既にお前の名は知れ渡っている。高飛車で生意気なギョルグの美少年が──…少し責めただけで大量に精子撒き散らしながら白い肌を真っ赤に染めてひぃひぃ泣き喚くんだ…。客はさぞかし愉しいだろうなぁ? 』

『 …っ 』

 顔を近付けたヤンがわざと声を低くして囁く。

 少年の耳は瞬時に赤くなった。

『 ハッそういうところだ。男娼に適正ありすぎだろ 』

『 …っ…ちょ 』

『 …俺にも見せなよ 』

 侵入してきた手が、少年の身体の深いところを遠慮なしにまさぐる。同時に、赤くなった耳の後ろをヤンの長い舌が舐め上げた。


『 やめてくださいヤン…!!』

『 構わんだろう…俺だってな…ゴツイおっさんや夢見がちな女ばかり相手にしてると疲れるんだ 』

『 なら普通にっ…休めば、…アッ』

 耳孔に差し込まれた舌がじゅぶじゅぶと脳を犯してくる。

 ヤンの声色が一変して部屋の空気が妖しくなった。

『 ハァ…ッ─ア…‥// いい加減に…ッッ』

 いつの間にか煙管は床に捨てられている。

 少年が逃げぬよう回した手が、腹部を滑り下り、男根を蓋をするように包んだ。

 くぼませた掌で鈴口に触れ…優しく円をかいて撫でてくる。

 腰を後ろに引こうとすれば足を使って阻まれた。

『 逃げるな…もっと 遊ばせろ 』

『 やめっ‥!! 』

 振りほどこうにも、逃げ出そうにも、ヤンには敵わない。

 乱された衣がはらりと脱げ落ちる。透けるような少年の身体には、昨夜付けられた生傷が蛇のように這っていた。

 ヤンと少年の肌が擦れ合い、傷痕が熱く疼く。

『 …ッ─く‥… 』

 体温も高いせいで…少年の視界は霞みはじめた。


『 ──… 』

『 ‥ハァ…ハッ…、ぁぁ…ッ 』

『 まぁ今日はやめておいてやるか 』

『 ‥ッ‥…? 』


 また気絶されても面倒だ。

 気分屋なヤンはそう言うと、少年の身体から手を離した。



『 なッ…んのつもりですか、…ハァ、ハァ』

 いつもの事ながらこの男の情緒には全くついていけない。

 乱れた息をぐっと堪え上目遣いで睨む少年だが、ヤンは悪びれもしなかった。

『 …確かにお前は男娼の素質がある 』

『 …? 』

『 だが最適じゃあない。いいか覚えとけ──…客を悦ばすだけが手だと思うな。相手を翻弄し夢中にさせ心酔させろ 』

『 …っ、わかっ てる… 』

『 ……どうだか、な 』

 頭を掴んで、ポンッと軽く突き放された。

 弱っている少年はそれだけで仰向けに倒れてしまい、ヤンはやれやれと溜め息をつく。

『 ──っと勝手に休むなよ。ほらさっさとこの面倒な手筒を片付けろ 』

『 …ッ…貴方…ほんとに性格たちが悪いですよね…!! 』

『 いくら褒めても休ませないからな 』

 まともな会話のできない相手に少年は文句すらも言えず、諦めて衣服の乱れを直した。




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