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第七章
指切り将軍
しおりを挟む「議会の動向はわかったのか?」
廊下に出たバヤジットが部下へ尋ねる。
「やはり議会はタラン侍従長の独壇場ですね。帝国との対立も奴が仕組んだに違いありません」
「では国境の隊はそのまま待機か」
「そのようです。それと…気になる事があり」
「なんだ?」
大股で進むバヤジットの後ろを歩くその部下は、騎兵師団の兵士で信頼できる仲間だった。
「帝国との国交が凍結した影響で、税を払えなくなった平民が大勢おります。タラン侍従長は彼等を民兵として徴用しているのですが……その人数が尋常ではない。駐屯地のあるウッダ村は人があふれ酷い有り様です」
「民兵か…。武器の扱いを知らぬ者が数だけ増えても指揮の取りようがない。奴はどういうつもりだ?」
「おそらくは民の不満を抑えるための演出でしょうが、もし、別に思惑があるとすれば……」
「──…」
部下の報告を聞きながら、バヤジットの表情が徐々に深刻になっていく。
「俺は此方へ残る。国境の隊の指揮権はしばらくお前に譲ろう──。悪いがそのように進めてくれ」
「私はそれで構いませんが、…宜しいのですか?」
「ああお前なら信頼できる。俺はタラン侍従長の調査をし、奴の企みを暴かねばならない」
「いえ──私が言いたいのは、つまり、勝手な動きをしてバシュが侍従長に目を付けられないかを危惧しております。貴方の立場上、侍従長との対立は回避すべきでは…?」
「……」
「…や、いえ、余計な事を申しました」
「確かに今の俺の地位は奴が用意したものだが、だからと言って俺は奴の犬になる気は無い。我ら近衛兵は陛下と国をお守りするため相手が誰であろうと戦うだけだろう?」
「その通りですね。さすがです、バヤジット・バシュ」
邸の外に出た二人は互いに目を合わせてそこで別れた。
バヤジットは歩きながら衣服を整え、王宮へと向かって行った。
“ タラン・ウル ヴェジール、…今度は何を企んでいる? ”
長年、議会の実権を握ってきたタラン。
奴はしばらく大人しかった。無駄に私腹をこやそうとするでもなく、陛下の寵愛をかさにして横暴な振る舞いをしてきた訳でもない。
しかし…だからこそバヤジットは奴の動向を注視してきた。
長く王宮にいる者なら知っている。タラン侍従長がその気になれば、どんな非情なコトもできる男であると。奴に目を付けられた者がどんな末路を辿るのかを──。
バヤジットはよく知っている。
かつて、タランによって笑顔を奪われ居場所を奪われ兄を奪われ、そして命を狙われた、心優しい幼き少年を。
“ 殿下…… ”
忘れる事は無い。
全てを奪われた少年から……最後に誇りを奪ったのは自分だった。
『 それが殿下の刻印ですか……。確かに、獣に喰われて死んでいたのだな? 』
『 …はい 』
『 ………… 』
『 ……っ 』
『 …まぁよいでしょうどのみち大罪人だ。可哀想だが、天罰がくだったということであろうよ 』
あの日、遺体ではなく " 指 " のひとつを持ち帰ったバヤジットの苦しい嘘を、タランは瞬時に見抜いていた。
だがタランはそれを追求せず、何をするかと思えばバヤジットを近衛隊のバシュに昇級させたのだ。
誰の目から見ても不自然な昇級だった。多くの者は反発し、バヤジットを揶揄して《指切り将軍》と影で呼んだ。
これはタランが彼に与えた罰──
そして口止めだ。バヤジットはつくづく、タランという男の恐ろしさを知った。
“ あの男のことだ。いつか必ず次の手をこうじてくると監視してきたがそれが今か? ”
何かよからぬ事が起ころうとしている……
直感でそう感じるバヤジットは、無言で思索をしながら王都の中心へ足を運んだ。
『 バヤジット…… 』
「…っ」
何度も脳裏に浮かんでは消えるあの日の少年の泣き顔を、必死に振り払いながら。
──…
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