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掘り出し物を手に入れた私

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 あれから、更に一年が過ぎた。
 ナタリーがやって来てから、状況は再び劇的に変わっている。
 掘り出した鉱石は適正価格で売買され、新しい果物は加工され、いつの間にか上流階級ご用達の一品へと変化した。
 派遣されてきた研究者たちが塩湖から塩を生み出し、温泉はきちんと管理され、近くに建てられた宿と共に療養地として徐々に知られていく。

 ディンプル男爵家には見る見る財が溢れ、領地は豊かになった。

「ナタリーとプレジール商会の方達のお陰で、領地はとっても豊かになったわ。本当にありがとう」
「いいや。私達はただジョアンナ様や、ディンプル男爵家に与えて貰ったものを返しているだけだよ」
「私達が渡したものがあったのだとしても、きっともっとずっと沢山返して貰ってるわ」
「商人はものを増やすのが仕事だからね」

 ナタリーはそう言って苦笑した後、ディンプル男爵領を見つめる。

「さて。鉱石と果実と塩を売った事である程度の資産が出来た。だが、どれも限りがある資源。温泉はそれなりに長く療養地として使えるかもしれないが、突然枯れる可能性もない訳じゃない。ジョアンナ様、いや、ディンプル男爵。貴女はここをどう発展させていきたいのか、聞かせて貰えるかな?」

 とても優しい、けれど見定める様な目で促されて、ジョアンナは緊張に息を呑んだ。

「わ、私…私は…」
「ジョアンナ」

 レオンが勇気づける様にジョアンナの肩を抱く。 

「お前が思う事を言えばいい」

 ジョアンナはその言葉にコクリと頷いて、口を開いた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 話は昔に遡る。

 ジョアンナがまだ11歳だった頃。
 その日は祖父母が王都まで出ており、屋敷ではジョアンナが一人で過ごしていた。
 その頃、レオンが騎士学校へ進学してしまい、ジョアンナはとても寂しい思いをしていた時の事だ。
 爪の先に火を灯す様な慎ましい生活をしているディンプル男爵家に、一人の旅人がやって来た。
 物盗りに遭い、今にも倒れそうなその人は一晩の宿を願い出る。
 執事のハンスは断ろうとしたが、そこへやって来たジョアンナがそれを止めた。
 ハンスは彼こそが物盗りであったらどうするのだとジョアンナに苦言を呈したが、ジョアンナはそれを、うちにはそんな高価なものなどないと笑って一蹴する。

「だって、困っているのでしょう? 部屋なら一杯あるから、泊っていったらいいわ。その代わりに、旅の話を聞かせて?」

 そう言って、ジョアンナは旅人を屋敷へと招き入れる。

「あ、ありがとう、ございます…」

 戸惑っている旅人に、ジョアンナはニッコリ笑った。

「いいえ。困った時はお互い様ですもの。大した持て成しは出来ませんけど、ゆっくり休んで行ってください」

 ジョアンナは少ない食料から食事を与え、ハンスに頼んで多少の路銀も用立てて貰う。
 旅人は朴訥ながらも、色々な話を聞かせてくれて、その夜のジョアンナは久しぶりにとても楽しい気持ちで眠ることが出来たのだ。

 だが、その日の夜。ハンスが用立てた路銀を受け取る事なく、旅人はいなくなる。
 ――――そして、ジョアンナの母の形見である、小ぶりの宝石が付いたペンダントが一緒に消えていた。



 その時の旅人が今、ジョアンナの目の前にいる。
 彼がやって来たのは、ほんの数日後の事だった。
 たまたまレオンがいなかったその時、その人はやって来て、額を地面に擦りつけて、ジョアンナの目の前に跪く。

「私は貴女に恩を仇で返す所業を致しました。遅くなりましたが、その罰を受ける為、こちらへ参りました。いかようにもご処分ください」
「いえ、あの…」

 ジョアンナは戸惑った。

「貴方はあの時の旅人さんですよね? どうして、ここに?」

 戸惑いながらそう尋ねれば、旅人だった男は昔と同じように朴訥と話し始める。

 あの時、彼は唯一の肉親である兄の元へと急いでいた。
 急いでいた理由は甥から兄が借金を残して亡くなってしまったという連絡が来たからだ。
 義理の姉はとても美しい人だったから、兄がいない今、どんな目に遭うのか簡単に想像がつく。
 一刻も早く戻らなければと獣道を進んでいた時、運悪く物盗りに遭い、命は助かったものの義姉と甥を助ける為に必死でかき集めてきた金を奪われてしまった。

「どうしても金が必要で…魔が差したのです」

 人の好い貴族。しかも、屋敷にいるのは幼い令嬢と数人の年老いた使用人だけ。
 彼は罪悪感に苛まれながら、目についた宝石を持って逃げた。
 義姉と甥は案の定、借金の形に売られそうになっていたが、間一髪間に合い、宝石を売ったお金で借金を返せたのだという。

「それからは三人で必死に働いてまいりましたが、その間も罪は私を苛み続けました。そして先日、病気がちだった姉が病で亡くなったのをきっかけに、成長した甥を信頼できる友人に頼んで、罪を償おうとここへ来た次第です」
「…あのペンダントは?」
「…っ申し訳ありません。お返しする為に何とか買い直そうと方々探したのですが、どうしても見つからず…っ! 申し訳ありませんでした!」
「お前は…っ! 何をしたのか分かっているのか? あれは奥様がお嬢様へと残された唯一のものだったんだ! 奥様のたった一つの形見だったんだぞ…!?」

 ハンスが思わず叫ぶようにそう言い、男はそれを聞いて益々真っ青になる。

「ああ、そんな…そんな大切なものだったなど…申し訳ありません、申し訳ありませんでした…っ!」

 地面に額を擦りつけて謝る男をジョアンナは見つめた。

「どんなに謝られても、もうあのペンダントは返って来ない」

 男の肩がビクリと動く。

「貴方のしたことは私にとってはとても辛い事だったけれど…それは間違いなく『悪い事』だけれど…きっと、それはその時の最善だったのではないかしら?」
「お嬢様!?」

 ハンスがギョッと目を見開く。

「だって、きっとハンスが用意してくれた路銀だけでは助けられなかったわ。貴方の家族を助けるにはあのペンダントが必要だった。ならば、きっとそれがあのペンダントの使い道だったのよ」
「お嬢様…」
「盗みは悪い事だわ。でも、あの時の私はきっとペンダントを手放せなかった。だから、あの方法でしか、救えなかった命があったのかもしれない」

 男が恐る恐る顔を上げる。ジョアンナは微笑んだ。

「貴方を許します」
「そんな…でも」
「それでも、私に罪を償いたいというのならば、手伝ってくれませんか?」
「は、はい! 何でもお命じ下さい! 命を懸けて務めさせて頂きます!」
「ええ、命を懸けて手伝ってほしいわ」

 ジョアンナは言う。


「その命が尽きるまで。どうか私の愛する国を、人々を助けて欲しい。皆を幸せにする手伝いをして」


 男が涙に濡れた目を大きく見開いた。


 ★ ★ ★ ★ ★


「私はこの領の皆にきちんと仕事を与えたい。色々な仕事をして貰いたいの」

 たった一つだけを選べば、何かあった時に困窮する。
 ならば、色々なものを選べばいい。何かあった時に、お互いを支え合うことが出来るように。

「具体的には何かある?」
「まだ、そんなに具体的に考えてないの…でも、一つやってみたい事がある」

 そう言って、ジョアンナがハンスに目配せすれば、ハンスが一度部屋を出て行き、一人の男を連れてきた。

「この方は細工師なの。彼に領で産出している宝石を使ったアクセサリーを作ってもらおうかと思ってるわ。弟子も取って貰って、いずれは細工を領の名物にしたいと思ってるんだけど…いいかしら?」
「はい。ジョアンナ様。貴女の御心のままに」

 いつかの旅人、クロードはニコリと微笑んで頷く。
 ナタリーはそれを見て、呆れたように溜息を吐いた。

「…ジョアンナ様…彼の細工を領の名物にするって…」
「ええ、駄目かしら?」
「…………いや」

 ナタリーは何故か深々と溜息を吐いてから、苦笑を浮かべる。

「きっと直ぐに人気が出ますよ」
「え?」



「彼は一級細工師のクロード。――――王都一の職人ですから」
「え!?」



 とんでもない掘り出し物だったらしい。
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