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訳が解らない。そう言う自分でなくなったのは嬉しい。でも、嬉しいだけじゃないんだって解った。相手の事を知るっていうのは、苦しい事も知るって事なんだね。知って、同じことはしないと決めていたのに、ちょっとした触れあいすら、怖がらせてしまう。体調が悪いときだけ、なんて言ってたけど、元気な時に触っても蹴られるんだろうな。血が滲んでた。ミーちゃんに弁当を届けに行く前には無かったのに。てことは自分で付けた訳で、そうさせたのは俺が原因、だよね。耳を塞ぐ姿は、ミーちゃんの声には反応してた。それが悔しくて悲しい。ねぇ、何が聞こえたの?俺には聞こえないと思うけど、辛いを抱え込むなら俺の所に来てよ。抱き締める事は出来るから。幸慈の中には俺だけで良い。俺だけが良いのに。本当、どの面下げて言ってるんだか。それでも、ミーちゃんの場所にいるのは、俺じゃなきゃ嫌だ。秋谷もそう思ってる。幸慈の場所に立ちたいって。秋谷は俺よりも物分かりが数段良いから、自分に嘘をついて、仕方ないと納得したつもりになる。それは俺には出来ない。あー、ブラックコーヒーに煮込まれてる気分だよ。
「パフェ食べに行こ」
「家で食えよ」
「そういう気分じゃないんだよー」
「……挨拶ついでに寄ってくか」
誰にかは知らないけど、今の心境で家に帰るよりは良い。オジィに聞かれたとき、絶対に変な顔する自信がある。女子の言う、やけ食い、とかに似てるなー、なんて考えながら、秋谷の後ろを歩く。駅の方に向かって歩いてるから、ファミレスにでも行くのかと思ってたけど、実際にたどり着いたのは喫茶店だった。内装はオシャレ過ぎず地味過ぎずで、ちょうど良い感じ。喫茶店って、コーヒー以外も頼めるのかな。
「ジュースもあるから安心しろ」
本当かよ。疑いながら店内に入ると、見知った人が出迎えにきた。
「早速来てくれるなんて思わなかった。奥の席が空いてるから、好きなところに座って」
出迎えてくれたのは中学の時の先輩で、村上葉さんだった。
「何してんの?」
「何してるように見えるわけ?」
先輩の格好を改めて見て、怪訝な顔をしてから、窺うように口を開く。
「仕事?」
「相変わらず失礼ね」
昔から、似たことで怒られてたのが懐かしい。秋谷の意見も聞かず、店の一番奥のテーブル席に座る。メニューを開いてチョコレートパフェとリンゴジュースを注文した。ジュースがあって良かったよ。ブレンドを頼んだ秋谷は一息吐いた後、鞄からA4のファイルを取り出してテーブルの上に置いた。
「さっきの事があった後にする話でもないが、いつまでも後回しに出来ないからな」
真剣に話を始めようとする秋谷に眉を顰める。
「良い話じゃないって事?」
「電話で言っただろ。その内容の詳細がそれに書いてある」
普段なら今の心境で読む内容じゃないんだろうけど、電話の内容を思い返す限り、これ以上後回しに出来る状況じゃない。ファイルを手に持って、中身を抜き出し目を通す。紙には電話で聞いたことがそのまま書かれていた。
死神狩りと名の付いたゲームは、幸慈の中学時代の奴等がしていた、些細な話を聞いた不良共の暇潰しから始まり、今じゃ広い範囲の奴等が持て余した時間を埋める為にゲームを始めてる。その結果が、幸慈を追い詰めて傷つけた。
「クソ共が」
俺は手に持っていた紙を握り潰す。
「物騒な事言わないでくれない。お客さんが来なくなるでしょ」
慣れた様子で飲み物をテーブルに置く村上先輩は、俺の手から紙を奪って内容に目を走らせ始めた。
「今度は良い子を好きになったわね」
そう言い残して、紙をテーブルに放り、店のカウンターキッチンへと戻って行く。村上先輩の言葉に唇を尖らせた俺は、リンゴジュースを半分一気に飲んだ。今度は、ってどういう意味さ。
「こんなにマジなのは初めてなんだけど」
「今までの女は、オマエの見た目と金にしか興味なかったもんな」
「言葉に出して言われると傷つくなー」
確かに飽きたって理由がフラれた中では一番多いけど、中にはちゃんとした理由のだってあるんだからな。でも、正論なのは確かだった。幸慈に出会う前の俺の世界では、それが当たり前だったからね。
「マジならもっと行動をわきまえろよ」
「わきまえてたら幸慈には伝わらないんだよ!」
恋人持ちは余裕で羨ましい限りだよ。つーか、付き合って三日目なくせに上から物を言うなっての。
「最近、葵が派手な喧嘩をした事で、口だけの奴等がこっちに流れてきてる可能性がある。そいつ等が死神ゲームに面白半分で参加する危険が高い」
所構わず喧嘩するなよー。
「ミーちゃん守ってやれよ」
「解ってる。こっちより多木崎の方が問題だと思うぞ」
だよね。幸慈は無茶する天才だから。それどころか、自分から囮になって、クズ共と喧嘩しそう。
「直球に弱いのは皆同じよ」
平然とした素振りでパフェをテーブルに置いた村上先輩は、俺の隣りに座り込んだ。
「仕事は?」
「休憩してて良いって」
暇なのね。生クリームをスプーンで掬って、一口食べた俺は口元を緩ませた。ここ当たり。行き付けにしよっかな。
「こんなのが本気で恋愛する日が来るとは」
こんなのって俺の事?
「昔なんか一週間後には彼女が変わってたからな」
俺の事みたい。
「ま、直球なところは茜らしいわね」
いつもなら名前で呼ぶなって言いたいところだけど、昔そう言ったら、偉そうって叱られた挙げ句、ボロボロにされたから絶対に言えない。
「恋をしない人なんていないよね?」
「馬鹿なこと言わないでよ。本の中の王子様やモデルに俳優、豪華で繊細な装飾品に綺麗な景色、どんなものであっても人は必ず心を弾ませる生き物よ。一生しないって言い聞かせて生きているつもりでも、そんなのは無理な話だわ。だって、人は何かを求めてるんだから。恋だって、気が付かないだけで、本当はしてるのかもしれないし」
それは、俺に?それとも……。
「聞いといて元気無くさないでよ」
だって、その相手が俺じゃなかったらって、そう考えるだけで、色々と耐えられなくなりそうなんだよー。最近になって独占欲とやらが強いのが解った。執着心もどんどんデカくなってきてる。自分でも、内側の衝動が危険なものだと解る位。最悪、オジィにストッパーになってもらわないと、マジで行き過ぎた行いをしそうで怖い。俺が自分を怖いと思うなんてね。
「逃がす気は全く無いけど、素直に捕まってくれないのは苦労するよ」
「今のままが良いのかもしれないわね」
そんなの俺が耐えられない。
「終わりが無かった事にはならないもの」
また、終わり、か。幸慈にとって大きな終わりを経験したのは知ってる。その時の傷も未だに癒えてないのだって……。だから余計に心配だし、力になりたいんだよ。どんなに避けられても、迷惑がられても傍にいたい。でも、幸慈は今でも俺を遠ざけようとしてる。ううん、遠ざけ始めた。俺が弁当を届けて帰ったら、幸慈は初めて会った日と同じ態度で俺に接してきた。最初は熱が辛いのかと思ったけど、それでも態度が朝までと違ったんだ。俺との距離を計ってる。間違えないように、傷付かない為の距離を。そうさせている存在を殴れないのが残念。でも、会いに行って殴ったら、それこそ幸慈を巻き込んで、望んでもない結果を招くだろうな。だから、本当にやろうとは思わない。恐怖、疑惑、臆病、後悔……幸慈の中で渦巻いてるものは、俺の想像よりもはるかに深くて大きい物だった。それに立ち向かう為の術を、俺はまだ知らない。
土曜の朝、俺は幸慈に会いたい気持ちを我慢して、携帯を買いに行くことにした。オジィの説教コースはマジで怖かったよ。高校生になっても消えない恐怖心ってすごいよね。日曜程じゃないけど、学校が休みってだけで混雑してるな。オジィが予約した手前、行かないなんて選択肢は無いわけで。俺としては臨時の携帯をくれればそれで良かったのに。携帯ショップに溜め息が零れる。並ぶ携帯を一つ一つ手にとって、どんな物かを確認する作業って服選びと似てるのに、全然テンションが上がらない。服選びと違うのは、契約内容の説明時間のせいだと思う。バカにはどんだけ丁寧に説明しても伝わらないんですよ、店員さん。威張れないけど。CMで新しい機種のが流れてたけど、やっぱり大事なのは手に持ったときに、使いやすいかどうかだよね。でも、今回はカメラ機能とかネットワーク環境に強いのが良いな。順番に携帯を手に持って、珍しくまともにどうするか考えていると、肩を軽く叩かれて後ろを振り向く。視線の先に現れた子を見て、テンションが格段と下がる。
「やっぱり檜山くんだぁ。携帯繋がらないから心配したんだよぉ。どうしたの?その怪我」
露出の高い服を着た子は、胸を押し付けるようにして、わざと腕を組んできた。つい最近まで魅力的だった柔らかさに、今は何も感じない。そんな自分に驚く。俺をこんなにするなんて、幸慈スゴすぎ。
「携帯壊れちゃってさー」
腕をほどいて携帯を棚に戻すと、不満そうな顔で見つめられた。トキメキも何も感じない。俺ってマジで最悪。
「先約?」
その言葉に俺は苦笑いするしかなかった。先約があるって言えば、すぐに引き下がってくれるだろうけど、それじゃ今までと何も変わらない。
「本気で好きな子が出来たんだ。だから、もう会わない」
俺の言葉に目を丸くしたと思ったら、疑うような言葉と眼差しが向けられる。もう一度同じ事を言うと、遠慮なく俺の右頬を平手打ちしてきた。よりによって怪我した方かよ。必要以上の痛みと痺れに顔を歪めていると、目の前の子は俺よりも痛そうな顔で、別れを告げて走り去っていった。女癖の悪い俺を知ってて近づいて来た子だったから、泣かれたのは予想外だったな。セフレ前提の関係だったのに叩かれるとは。セフレだから?セフレだったから?セフレだけど?うん、セフレも人間なんだよね。物、じゃないのに。全く、今更過ぎでしょ。さすがに、この状況のまま店に居るのも心地が悪くなった俺は、近くの店員に予約のキャンセルを伝えて、他所へ行くことにした。変なのは、何処へ行こうか、と、考えを巡らせるよりも先に、足が走り出していた事。前にも似たような事があったな。そうそう、幸慈が保健室に行くのを見かけた時。あんな短い距離で息を上げるとか初めてだった。
『冗談じゃない!僕が感情の中で一番嫌いなのは、オマエが俺に向けてる気持ちそのものなんだよ!』
本当に冗談じゃないよ。男相手に、こんなに本気になるとか信じらんなかった。でも、初めてだから解っちゃったんだよ。これが遊びじゃない、本気の恋なんだって。
『人見る目なさすぎ』
うん。なんにも見えてなかったみたい。相手の性格も本心も、俺自身の事さえ。一つも見えてなかったよ。でも、幸慈には解ってたんだね。今日みたいな日が、これから幾つも来るって。幸慈だけじゃない。ミーちゃんも解ってた。だから、あんなことを言ったんだ。幸慈が一番嫌いなこと、か。それをしてでも、欲しいんだよ。軽蔑されても、隣に居たい。誰かじゃなくて、幸慈でないと駄目なんだ。道を塞ぐように、信号は赤に変わる。赤信号に苛立っていると、クラクションに呼ばれた。ここ、歩道ですけど。車道へ目を向けると、会いたくない顔が楽しそうに俺を見ていた。
「何してんの?」
窓から顔を出した人物に俺は眉を顰めた。久々の再開にしては、他人事みたいに聞いてくる葵に呆れる。仲良くお腹の中で寝てたなんて信じられないよ。俺は信号が青になったのを確認して、息を吸い込んだ。
「恋してんだよっ」
そう言いきった俺は、再び足を動かして幸慈の家へ向かった。
行き先なんて考えなくても良いんだ。だって、俺の行きたい場所は、これから先変わる事はないんだから。車の後部座席に乗って楽するような恋は、もう一生しない。したらいけないんだ。
曖昧な記憶を辿りながら見覚えのある道に出た俺は、今更になって、どんな顔で何を言おうかと考え始める。幸慈に会えるんだ、と、高鳴る心臓を押さえながら、幸慈の家が見えてきた辺りで、足の速度を緩めた。こんな息乱した状態で会いに行ったら、呆れられるかな。汗臭いとか言われたら嫌だな。熱は下がったかな。怪我はどうかな。あぁ、駄目だ。幸慈がすごく恋しい。
門の前に立った俺は、軽く服と髪を整えて、恐る恐るブザーを鳴らす。震える指先に慌てて深呼吸をする。機械越しに聞こえたのはミーちゃんの声で、少し肩の力を抜くことが出来た。招き入れる返事に安堵して、門に手をかける。門を通ってドアの前で足を止めると、タイミング良くドアが開く。
「何?」
不機嫌が丸解りの顔なのに、会えたってだけで、胸が凄く熱くなった。
「ひ、一人の女の子に、さよならをしたら殴られた」
怪我どう?とか、会いたかった、とか言えば良かったのに、最初に口から出たのは、幸慈が嫌いな内容。俺って本当にバカ。追い返されるかな。そんな事を考えていたら、幸慈は何も言わないまま、俺を家の中へ迎え入れた。中、入って良いの?恐る恐る入ると、ミーちゃんと秋谷の靴が並んでて、微かな話し声が耳に届く。秋谷の方が幸慈の近くにいるんだと、思い知らされる。靴を脱いで良いのか解らないまま、ジッと立ち尽くしていたら、幸慈の方から話しかけてきた。
「終わらせた気持ちはどうだ?」
幸慈らしい質問だな。返答次第では、更に嫌われそう。
「最悪だよ。もっと、良い行いをしてくれば良かった」
皆、遊び気分で俺が好きなんだと思ってたけど、あの子の涙がそうじゃないんだって教えてくれた。優しいさよならって、難しくて残酷なんだね。そもそも、さよならに優しいってあるのかな。
「俺は、幸慈にさよならは絶対に言わないよ。だって、死にたくなるから」
だから、全部を無かったことにしないで。俺は、幸慈に会えて幸せだから。
「……昼飯、まだなら食ってくか?」
予想してなかった誘いに、俺は即座に笑顔で頷く。ダイニングに行くと、ミーちゃんが鍋の中身をかき混ぜていて、その傍には秋谷が当たり前のように立っているのが見えた。
「やっぱり来たか」
「悪う御座いました。昼飯何?」
鍋を覗き込むと、とうもろこしの入ったホワイトシチューが良い具合に煮込まれてた。
「俺のとうもろこし大盛りね!」
「自分でよそえよ」
「人参が花形じゃない」
「文句の多い奴だな」
秋谷に叱られて、机で大人しく待ってようと後ろを振り返ると、幸慈の姿がない事に気がつく。リビングに戻ってみると、ソファーに座って本を読んでる姿があった。絵になるなぁ。ソファーごと担いで帰りたい。
「何読んでるの?」
答えは返ってこないまま、本のページが進んでいく。そんなに面白いのかな。俺は興味本意で本を横から覗き見る。覗き見ただけじゃ内容は解らないけど、本には何度も繰り返し読んだ事を証明する、汚れや傷が幾つもあった。幸慈が物に執着するという事が新鮮な俺は、タイトルを知りたくて、本の背表紙を調べるためにしゃがみこむ。
「イッタ!」
本の角で叩かれた。
「叩くことないじゃんよー。しかも角で」
俺の抗議を完璧に無視しまくった挙げ句に、本を持って台所へ向かっていった。そんなに大事な本とは。ますます興味が湧いてくる。痛む頭を擦りながら後を追いかけると、ミーちゃんがシチューを器によそっていた。家やレストランで食べるシチューとは違うけど、凄く美味しいのは見て解る。ミーちゃんは何をお手伝いしたのか聞くと、申し訳なさそうに野菜の皮剥きと鍋をかき混ぜただけだと言う。
「玉ねぎってすごく目にしみるんだね」
そうなんだ。いやもう、これってあれだよね。
「我が子の成長を見てるみたい」
「我が子!?」
ジーンってしちゃう。
「運ぶくらいしろよ」
秋谷に叱られてシチューの入った皿をテーブルに並べていると、電子レンジ特有のチンッて音が聞こえて振り返る。振り返った先には、温めた冷凍食品を皿に移す幸慈の姿があった。
「冷凍食品!?」
「いつもの事だよ」
ミーちゃんの言葉に、日常的に行われてる光景なんだと知った。未だに幸慈が自分の作ったものを食べない理由が解らないけど、いつか同じものを食べて、美味しいって言い合いたいな。
「幸慈ってパスタ好きなの?」
「……」
黙って皿を置く幸慈に、寂しいとイライラを抱えながら、隣りに座るとシチューの良い匂いが鼻を掠めた。
「今すぐ幸慈を嫁にしたい」
つい零れた本音に慌てて幸慈の方を向くと、体ごとそっぽを向かれた。
「そこまで嫌がんなくても良いじゃん!」
「素直なだけだろ」
「何をぉぉ」
秋谷の言葉に拳を握りしめた。
「ま、まぁ落ち着いて。シチュー冷めるよ」
ミーちゃんに宥められながら、俺はシチューを一口分掬って息を吹きかける。口に含むと自然と頬が緩む。解ってたけど美味しい!
「幸せー」
幸せと空腹スイッチの入った俺は、もくもくと食べ続け皿はすぐに空になった。ミーちゃんにおかわりが欲しいと皿を差し出して要望すると、横から手が伸びてきた。皿を持って、何も言わずに台所へ行く幸慈に目を奪われていると、秋谷の溜め息が聞こえて視線を向ける。
「自分でよそいに行けよ。箱入りアピールしてる場合じゃねぇだろ」
言われてやばいと思った。ここで俺が自分でよそいに行ってれば、少しは高感度が上がったんじゃないのか。今からでも手伝った方が良いのかも。かもじゃなくて、絶対そう!なんて思った時には、皿にシチューが盛られた後だった。無言で皿を机に置いた幸慈は、変に落ち込む俺を無視して、パスタの残る皿を持って台所へ向かう。どうするのかと様子を窺っていると、パスタを迷わないで三角コーナーに捨て始めた。
「ちょっ、ちゃんと食べないと元気にならないよ!」
俺を見向きもしないで皿を洗い出す姿は、まるで俺の言葉を必要としていないように思えた。
「食べたら帰れよ」
皿を洗い終わった幸慈は、俺に一言伝えてダイニングを出て行った。自分から招き入れておきながら、今度は帰れって突き放そうとする真意が解らない。いや、当たり前か。そもそも、昼飯食ってくか?ってお誘いはあったけど、ゆっくりしてけよって言葉は無かったもんね。こんな美味しいシチューにありつけただけでも、凄い幸運なんだから。解ってるけど、それでも、やっぱり寂しい。
「俺、来ない方が良かったの?」
ミーちゃんに聞くと、それは違うと否定してくれた。
「本当に邪魔なら、玄関で追い返されてるよ。ヒーくんが幸せそうに食べるから、少し戸惑ってただけだと思う」
そうは見えなかったけど、ミーちゃんが笑顔で言うから信じる事にしよう。
シチューをたいらげた後、仲良く並んで洗い物をしてる後姿を尻目に、本当に帰らないといけないのかと真剣に悩む。甘い時間を過ごしてる友人とは裏腹に、苦味だけを噛み締めている俺は、自然と溜め息を吐いた。知れば知るほど、解らなくなるのが恋なのかな。取り敢えず、まともな食生活を送ってほしい。冷凍食品だって二口位で終わってたし。この前はゼリー飲料のみ。幸慈って何で出来てるの?俺世界最大の謎だよ。食にここまで無頓着というか、興味がない子は初めて会った。幸慈に関する謎解きは大歓迎だけど、それが多すぎる。ベラベラ自分の事を話しまくってた女の子達の有り難みが解ったかも。さてさて、どんな謎を、どうやって解きしましょうか。全部の謎が解けたら、少しは俺を好きになってくれるかな。なんて、都合良すぎだよね。でも、少しは期待したいな。俺と幸慈の、小さな何かをさ。
「パフェ食べに行こ」
「家で食えよ」
「そういう気分じゃないんだよー」
「……挨拶ついでに寄ってくか」
誰にかは知らないけど、今の心境で家に帰るよりは良い。オジィに聞かれたとき、絶対に変な顔する自信がある。女子の言う、やけ食い、とかに似てるなー、なんて考えながら、秋谷の後ろを歩く。駅の方に向かって歩いてるから、ファミレスにでも行くのかと思ってたけど、実際にたどり着いたのは喫茶店だった。内装はオシャレ過ぎず地味過ぎずで、ちょうど良い感じ。喫茶店って、コーヒー以外も頼めるのかな。
「ジュースもあるから安心しろ」
本当かよ。疑いながら店内に入ると、見知った人が出迎えにきた。
「早速来てくれるなんて思わなかった。奥の席が空いてるから、好きなところに座って」
出迎えてくれたのは中学の時の先輩で、村上葉さんだった。
「何してんの?」
「何してるように見えるわけ?」
先輩の格好を改めて見て、怪訝な顔をしてから、窺うように口を開く。
「仕事?」
「相変わらず失礼ね」
昔から、似たことで怒られてたのが懐かしい。秋谷の意見も聞かず、店の一番奥のテーブル席に座る。メニューを開いてチョコレートパフェとリンゴジュースを注文した。ジュースがあって良かったよ。ブレンドを頼んだ秋谷は一息吐いた後、鞄からA4のファイルを取り出してテーブルの上に置いた。
「さっきの事があった後にする話でもないが、いつまでも後回しに出来ないからな」
真剣に話を始めようとする秋谷に眉を顰める。
「良い話じゃないって事?」
「電話で言っただろ。その内容の詳細がそれに書いてある」
普段なら今の心境で読む内容じゃないんだろうけど、電話の内容を思い返す限り、これ以上後回しに出来る状況じゃない。ファイルを手に持って、中身を抜き出し目を通す。紙には電話で聞いたことがそのまま書かれていた。
死神狩りと名の付いたゲームは、幸慈の中学時代の奴等がしていた、些細な話を聞いた不良共の暇潰しから始まり、今じゃ広い範囲の奴等が持て余した時間を埋める為にゲームを始めてる。その結果が、幸慈を追い詰めて傷つけた。
「クソ共が」
俺は手に持っていた紙を握り潰す。
「物騒な事言わないでくれない。お客さんが来なくなるでしょ」
慣れた様子で飲み物をテーブルに置く村上先輩は、俺の手から紙を奪って内容に目を走らせ始めた。
「今度は良い子を好きになったわね」
そう言い残して、紙をテーブルに放り、店のカウンターキッチンへと戻って行く。村上先輩の言葉に唇を尖らせた俺は、リンゴジュースを半分一気に飲んだ。今度は、ってどういう意味さ。
「こんなにマジなのは初めてなんだけど」
「今までの女は、オマエの見た目と金にしか興味なかったもんな」
「言葉に出して言われると傷つくなー」
確かに飽きたって理由がフラれた中では一番多いけど、中にはちゃんとした理由のだってあるんだからな。でも、正論なのは確かだった。幸慈に出会う前の俺の世界では、それが当たり前だったからね。
「マジならもっと行動をわきまえろよ」
「わきまえてたら幸慈には伝わらないんだよ!」
恋人持ちは余裕で羨ましい限りだよ。つーか、付き合って三日目なくせに上から物を言うなっての。
「最近、葵が派手な喧嘩をした事で、口だけの奴等がこっちに流れてきてる可能性がある。そいつ等が死神ゲームに面白半分で参加する危険が高い」
所構わず喧嘩するなよー。
「ミーちゃん守ってやれよ」
「解ってる。こっちより多木崎の方が問題だと思うぞ」
だよね。幸慈は無茶する天才だから。それどころか、自分から囮になって、クズ共と喧嘩しそう。
「直球に弱いのは皆同じよ」
平然とした素振りでパフェをテーブルに置いた村上先輩は、俺の隣りに座り込んだ。
「仕事は?」
「休憩してて良いって」
暇なのね。生クリームをスプーンで掬って、一口食べた俺は口元を緩ませた。ここ当たり。行き付けにしよっかな。
「こんなのが本気で恋愛する日が来るとは」
こんなのって俺の事?
「昔なんか一週間後には彼女が変わってたからな」
俺の事みたい。
「ま、直球なところは茜らしいわね」
いつもなら名前で呼ぶなって言いたいところだけど、昔そう言ったら、偉そうって叱られた挙げ句、ボロボロにされたから絶対に言えない。
「恋をしない人なんていないよね?」
「馬鹿なこと言わないでよ。本の中の王子様やモデルに俳優、豪華で繊細な装飾品に綺麗な景色、どんなものであっても人は必ず心を弾ませる生き物よ。一生しないって言い聞かせて生きているつもりでも、そんなのは無理な話だわ。だって、人は何かを求めてるんだから。恋だって、気が付かないだけで、本当はしてるのかもしれないし」
それは、俺に?それとも……。
「聞いといて元気無くさないでよ」
だって、その相手が俺じゃなかったらって、そう考えるだけで、色々と耐えられなくなりそうなんだよー。最近になって独占欲とやらが強いのが解った。執着心もどんどんデカくなってきてる。自分でも、内側の衝動が危険なものだと解る位。最悪、オジィにストッパーになってもらわないと、マジで行き過ぎた行いをしそうで怖い。俺が自分を怖いと思うなんてね。
「逃がす気は全く無いけど、素直に捕まってくれないのは苦労するよ」
「今のままが良いのかもしれないわね」
そんなの俺が耐えられない。
「終わりが無かった事にはならないもの」
また、終わり、か。幸慈にとって大きな終わりを経験したのは知ってる。その時の傷も未だに癒えてないのだって……。だから余計に心配だし、力になりたいんだよ。どんなに避けられても、迷惑がられても傍にいたい。でも、幸慈は今でも俺を遠ざけようとしてる。ううん、遠ざけ始めた。俺が弁当を届けて帰ったら、幸慈は初めて会った日と同じ態度で俺に接してきた。最初は熱が辛いのかと思ったけど、それでも態度が朝までと違ったんだ。俺との距離を計ってる。間違えないように、傷付かない為の距離を。そうさせている存在を殴れないのが残念。でも、会いに行って殴ったら、それこそ幸慈を巻き込んで、望んでもない結果を招くだろうな。だから、本当にやろうとは思わない。恐怖、疑惑、臆病、後悔……幸慈の中で渦巻いてるものは、俺の想像よりもはるかに深くて大きい物だった。それに立ち向かう為の術を、俺はまだ知らない。
土曜の朝、俺は幸慈に会いたい気持ちを我慢して、携帯を買いに行くことにした。オジィの説教コースはマジで怖かったよ。高校生になっても消えない恐怖心ってすごいよね。日曜程じゃないけど、学校が休みってだけで混雑してるな。オジィが予約した手前、行かないなんて選択肢は無いわけで。俺としては臨時の携帯をくれればそれで良かったのに。携帯ショップに溜め息が零れる。並ぶ携帯を一つ一つ手にとって、どんな物かを確認する作業って服選びと似てるのに、全然テンションが上がらない。服選びと違うのは、契約内容の説明時間のせいだと思う。バカにはどんだけ丁寧に説明しても伝わらないんですよ、店員さん。威張れないけど。CMで新しい機種のが流れてたけど、やっぱり大事なのは手に持ったときに、使いやすいかどうかだよね。でも、今回はカメラ機能とかネットワーク環境に強いのが良いな。順番に携帯を手に持って、珍しくまともにどうするか考えていると、肩を軽く叩かれて後ろを振り向く。視線の先に現れた子を見て、テンションが格段と下がる。
「やっぱり檜山くんだぁ。携帯繋がらないから心配したんだよぉ。どうしたの?その怪我」
露出の高い服を着た子は、胸を押し付けるようにして、わざと腕を組んできた。つい最近まで魅力的だった柔らかさに、今は何も感じない。そんな自分に驚く。俺をこんなにするなんて、幸慈スゴすぎ。
「携帯壊れちゃってさー」
腕をほどいて携帯を棚に戻すと、不満そうな顔で見つめられた。トキメキも何も感じない。俺ってマジで最悪。
「先約?」
その言葉に俺は苦笑いするしかなかった。先約があるって言えば、すぐに引き下がってくれるだろうけど、それじゃ今までと何も変わらない。
「本気で好きな子が出来たんだ。だから、もう会わない」
俺の言葉に目を丸くしたと思ったら、疑うような言葉と眼差しが向けられる。もう一度同じ事を言うと、遠慮なく俺の右頬を平手打ちしてきた。よりによって怪我した方かよ。必要以上の痛みと痺れに顔を歪めていると、目の前の子は俺よりも痛そうな顔で、別れを告げて走り去っていった。女癖の悪い俺を知ってて近づいて来た子だったから、泣かれたのは予想外だったな。セフレ前提の関係だったのに叩かれるとは。セフレだから?セフレだったから?セフレだけど?うん、セフレも人間なんだよね。物、じゃないのに。全く、今更過ぎでしょ。さすがに、この状況のまま店に居るのも心地が悪くなった俺は、近くの店員に予約のキャンセルを伝えて、他所へ行くことにした。変なのは、何処へ行こうか、と、考えを巡らせるよりも先に、足が走り出していた事。前にも似たような事があったな。そうそう、幸慈が保健室に行くのを見かけた時。あんな短い距離で息を上げるとか初めてだった。
『冗談じゃない!僕が感情の中で一番嫌いなのは、オマエが俺に向けてる気持ちそのものなんだよ!』
本当に冗談じゃないよ。男相手に、こんなに本気になるとか信じらんなかった。でも、初めてだから解っちゃったんだよ。これが遊びじゃない、本気の恋なんだって。
『人見る目なさすぎ』
うん。なんにも見えてなかったみたい。相手の性格も本心も、俺自身の事さえ。一つも見えてなかったよ。でも、幸慈には解ってたんだね。今日みたいな日が、これから幾つも来るって。幸慈だけじゃない。ミーちゃんも解ってた。だから、あんなことを言ったんだ。幸慈が一番嫌いなこと、か。それをしてでも、欲しいんだよ。軽蔑されても、隣に居たい。誰かじゃなくて、幸慈でないと駄目なんだ。道を塞ぐように、信号は赤に変わる。赤信号に苛立っていると、クラクションに呼ばれた。ここ、歩道ですけど。車道へ目を向けると、会いたくない顔が楽しそうに俺を見ていた。
「何してんの?」
窓から顔を出した人物に俺は眉を顰めた。久々の再開にしては、他人事みたいに聞いてくる葵に呆れる。仲良くお腹の中で寝てたなんて信じられないよ。俺は信号が青になったのを確認して、息を吸い込んだ。
「恋してんだよっ」
そう言いきった俺は、再び足を動かして幸慈の家へ向かった。
行き先なんて考えなくても良いんだ。だって、俺の行きたい場所は、これから先変わる事はないんだから。車の後部座席に乗って楽するような恋は、もう一生しない。したらいけないんだ。
曖昧な記憶を辿りながら見覚えのある道に出た俺は、今更になって、どんな顔で何を言おうかと考え始める。幸慈に会えるんだ、と、高鳴る心臓を押さえながら、幸慈の家が見えてきた辺りで、足の速度を緩めた。こんな息乱した状態で会いに行ったら、呆れられるかな。汗臭いとか言われたら嫌だな。熱は下がったかな。怪我はどうかな。あぁ、駄目だ。幸慈がすごく恋しい。
門の前に立った俺は、軽く服と髪を整えて、恐る恐るブザーを鳴らす。震える指先に慌てて深呼吸をする。機械越しに聞こえたのはミーちゃんの声で、少し肩の力を抜くことが出来た。招き入れる返事に安堵して、門に手をかける。門を通ってドアの前で足を止めると、タイミング良くドアが開く。
「何?」
不機嫌が丸解りの顔なのに、会えたってだけで、胸が凄く熱くなった。
「ひ、一人の女の子に、さよならをしたら殴られた」
怪我どう?とか、会いたかった、とか言えば良かったのに、最初に口から出たのは、幸慈が嫌いな内容。俺って本当にバカ。追い返されるかな。そんな事を考えていたら、幸慈は何も言わないまま、俺を家の中へ迎え入れた。中、入って良いの?恐る恐る入ると、ミーちゃんと秋谷の靴が並んでて、微かな話し声が耳に届く。秋谷の方が幸慈の近くにいるんだと、思い知らされる。靴を脱いで良いのか解らないまま、ジッと立ち尽くしていたら、幸慈の方から話しかけてきた。
「終わらせた気持ちはどうだ?」
幸慈らしい質問だな。返答次第では、更に嫌われそう。
「最悪だよ。もっと、良い行いをしてくれば良かった」
皆、遊び気分で俺が好きなんだと思ってたけど、あの子の涙がそうじゃないんだって教えてくれた。優しいさよならって、難しくて残酷なんだね。そもそも、さよならに優しいってあるのかな。
「俺は、幸慈にさよならは絶対に言わないよ。だって、死にたくなるから」
だから、全部を無かったことにしないで。俺は、幸慈に会えて幸せだから。
「……昼飯、まだなら食ってくか?」
予想してなかった誘いに、俺は即座に笑顔で頷く。ダイニングに行くと、ミーちゃんが鍋の中身をかき混ぜていて、その傍には秋谷が当たり前のように立っているのが見えた。
「やっぱり来たか」
「悪う御座いました。昼飯何?」
鍋を覗き込むと、とうもろこしの入ったホワイトシチューが良い具合に煮込まれてた。
「俺のとうもろこし大盛りね!」
「自分でよそえよ」
「人参が花形じゃない」
「文句の多い奴だな」
秋谷に叱られて、机で大人しく待ってようと後ろを振り返ると、幸慈の姿がない事に気がつく。リビングに戻ってみると、ソファーに座って本を読んでる姿があった。絵になるなぁ。ソファーごと担いで帰りたい。
「何読んでるの?」
答えは返ってこないまま、本のページが進んでいく。そんなに面白いのかな。俺は興味本意で本を横から覗き見る。覗き見ただけじゃ内容は解らないけど、本には何度も繰り返し読んだ事を証明する、汚れや傷が幾つもあった。幸慈が物に執着するという事が新鮮な俺は、タイトルを知りたくて、本の背表紙を調べるためにしゃがみこむ。
「イッタ!」
本の角で叩かれた。
「叩くことないじゃんよー。しかも角で」
俺の抗議を完璧に無視しまくった挙げ句に、本を持って台所へ向かっていった。そんなに大事な本とは。ますます興味が湧いてくる。痛む頭を擦りながら後を追いかけると、ミーちゃんがシチューを器によそっていた。家やレストランで食べるシチューとは違うけど、凄く美味しいのは見て解る。ミーちゃんは何をお手伝いしたのか聞くと、申し訳なさそうに野菜の皮剥きと鍋をかき混ぜただけだと言う。
「玉ねぎってすごく目にしみるんだね」
そうなんだ。いやもう、これってあれだよね。
「我が子の成長を見てるみたい」
「我が子!?」
ジーンってしちゃう。
「運ぶくらいしろよ」
秋谷に叱られてシチューの入った皿をテーブルに並べていると、電子レンジ特有のチンッて音が聞こえて振り返る。振り返った先には、温めた冷凍食品を皿に移す幸慈の姿があった。
「冷凍食品!?」
「いつもの事だよ」
ミーちゃんの言葉に、日常的に行われてる光景なんだと知った。未だに幸慈が自分の作ったものを食べない理由が解らないけど、いつか同じものを食べて、美味しいって言い合いたいな。
「幸慈ってパスタ好きなの?」
「……」
黙って皿を置く幸慈に、寂しいとイライラを抱えながら、隣りに座るとシチューの良い匂いが鼻を掠めた。
「今すぐ幸慈を嫁にしたい」
つい零れた本音に慌てて幸慈の方を向くと、体ごとそっぽを向かれた。
「そこまで嫌がんなくても良いじゃん!」
「素直なだけだろ」
「何をぉぉ」
秋谷の言葉に拳を握りしめた。
「ま、まぁ落ち着いて。シチュー冷めるよ」
ミーちゃんに宥められながら、俺はシチューを一口分掬って息を吹きかける。口に含むと自然と頬が緩む。解ってたけど美味しい!
「幸せー」
幸せと空腹スイッチの入った俺は、もくもくと食べ続け皿はすぐに空になった。ミーちゃんにおかわりが欲しいと皿を差し出して要望すると、横から手が伸びてきた。皿を持って、何も言わずに台所へ行く幸慈に目を奪われていると、秋谷の溜め息が聞こえて視線を向ける。
「自分でよそいに行けよ。箱入りアピールしてる場合じゃねぇだろ」
言われてやばいと思った。ここで俺が自分でよそいに行ってれば、少しは高感度が上がったんじゃないのか。今からでも手伝った方が良いのかも。かもじゃなくて、絶対そう!なんて思った時には、皿にシチューが盛られた後だった。無言で皿を机に置いた幸慈は、変に落ち込む俺を無視して、パスタの残る皿を持って台所へ向かう。どうするのかと様子を窺っていると、パスタを迷わないで三角コーナーに捨て始めた。
「ちょっ、ちゃんと食べないと元気にならないよ!」
俺を見向きもしないで皿を洗い出す姿は、まるで俺の言葉を必要としていないように思えた。
「食べたら帰れよ」
皿を洗い終わった幸慈は、俺に一言伝えてダイニングを出て行った。自分から招き入れておきながら、今度は帰れって突き放そうとする真意が解らない。いや、当たり前か。そもそも、昼飯食ってくか?ってお誘いはあったけど、ゆっくりしてけよって言葉は無かったもんね。こんな美味しいシチューにありつけただけでも、凄い幸運なんだから。解ってるけど、それでも、やっぱり寂しい。
「俺、来ない方が良かったの?」
ミーちゃんに聞くと、それは違うと否定してくれた。
「本当に邪魔なら、玄関で追い返されてるよ。ヒーくんが幸せそうに食べるから、少し戸惑ってただけだと思う」
そうは見えなかったけど、ミーちゃんが笑顔で言うから信じる事にしよう。
シチューをたいらげた後、仲良く並んで洗い物をしてる後姿を尻目に、本当に帰らないといけないのかと真剣に悩む。甘い時間を過ごしてる友人とは裏腹に、苦味だけを噛み締めている俺は、自然と溜め息を吐いた。知れば知るほど、解らなくなるのが恋なのかな。取り敢えず、まともな食生活を送ってほしい。冷凍食品だって二口位で終わってたし。この前はゼリー飲料のみ。幸慈って何で出来てるの?俺世界最大の謎だよ。食にここまで無頓着というか、興味がない子は初めて会った。幸慈に関する謎解きは大歓迎だけど、それが多すぎる。ベラベラ自分の事を話しまくってた女の子達の有り難みが解ったかも。さてさて、どんな謎を、どうやって解きしましょうか。全部の謎が解けたら、少しは俺を好きになってくれるかな。なんて、都合良すぎだよね。でも、少しは期待したいな。俺と幸慈の、小さな何かをさ。
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