カフェオレはありますか?

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 俺がいるのに、幸慈はいつも他の誰かの事を考えてる。俺には気にするだけの価値は無いってこと?まぁ、トイレを占領してる身で偉ぶれないけど。もしそうなら、どうすれば気にしてくれるのかな。あの孤独を訴える横顔を、笑顔にするにはどうしたら良いの。これって、守り合う事と関係ある?先生のアドレス聞いとけば良かった。携帯買ったら速攻相談してやる。幸慈に言われた通り、弁当の準備を終えた後、証拠に写真を撮れないことに歯痒さを感じた。この携帯で写真を撮っても、返さないといけないから意味ないし。幸慈に見せて褒めてもらおうと思ったのに。直接持ってくと絶対に溢すよな。溢す自信しかない。仕方ない、今日は潔く諦めてやろうじゃないか。次回覚えてろよ、弁当箱。冷蔵庫に入れて、他のを教えられた場所に戻す。俺、今メチャクチャ良い奥さんしてる!新婚ってこんな感じ?キュンが止まらん!悶えてるとゴミ箱に軽く躓いた。中のゼリー飲料のパックが揺れるのを見て、肩を落とす。本当に美味しいんだよ、幸慈の作ったお粥。味がちゃんとして、でも濃くなくて、優しい味。俺の我が儘で作ってくれたおかずも美味しかった。本当に美味しいんだ。なのに、どうしてそれをゴミみたく扱うの?クズ共とは違う理由なのは解ってる。でも、絶対に教えてくれない。自分のための何かは、絶対にしない子。どうして、食べてくれないの?お母さんが差し出してたら、食べてくれてた?ねぇ、小さな背中に、どれだけの事を背負うつもり?分けてよ。俺に分けて。怖いなら守ってあげる。泣きたいなら抱き締めてあげるし、怒りたいならサンドバッグになるから。俺にもっと、幸慈を教えて。階段を上って幸慈の部屋の前へ行くと、話してるような声が聞こえた。雰囲気からしてミーちゃんだろうな。羨ましい。ミーちゃんの場所に立ちたいな。そうしたら、幸慈の世界に入れるのに。俺がドアの隙間から幸慈の様子を窺っていると、小さい声で呼ばれた気がして周りを見回した。二階の奥から二つ目の部屋から、幸慈のお母さんが手招きしているのを見つけて、誘われるままに足を動かす。部屋の中へ促された俺は、ドアの閉まる音を聞きながら、近くの椅子に促されて腰掛けた。さっきまで普通に話せてたのに、今になって緊張する。
「お茶とか用意してなくてごめんなさいね」
「気にしないで下さい。それに、俺の方が迷惑かけっぱなしで。今日は色々とすいませんでした」
 体調を壊して泊まることになったり、幸慈の父親の事で迷惑をかけたのは俺の方だ。謝るべきは、俺だけ。
「檜山くんのお爺さんから聞いたわ。驚いたでしょ」
 その質問に対して、俺は素直に頷く。驚かない方が無理だ。それでも、幸慈を嫌いにはならないし、避けたいとも思わない。むしろ逆で、もっと好きになった。
「引っ越しも考えたんだけど、次に住む人が決まりそうもないし、幸いにも力になってくれる人にも、職場にも恵まれた事もあって、家を建て直す事にしたのよ」
 ガス管や水道管とかの関係で改築するにも限界があったらしいけど、造りは大きく変えるように何度も話し合ったみたいだ。この人は、幸慈の事を心から大切に想ってくれてる。それが嬉しかった。
「大人だって立ち直るのに時間が掛かったんだから、子供は尚更よ」
「……それでも、俺は幸慈と一緒に居たいです」
 何度拒絶されても、何度傷つけられても、俺は多木崎幸慈が好きだから。
「親馬鹿無しで言うけど、あの子は昔からモテモテだから、ライバル多いわよ。男子校ではどうか知らないけどね」
 絶対モテてるでしょうね。体育の授業の時に頬を染めてる奴居たし、噂毎日飛び交ってるし。……ん?
「てかっ、俺が幸慈に恋愛感情抱いてるのって、解りやすいですか!?」
「すっごく解りやすいわ」
 真顔で言われた。マジですか、お母さん。ここまで解りやすいと言われると、自分でも認めざる終えない。俺は全身で幸慈が好きだと言って生きていくと決めた。
「恋愛とかは当人の問題だから、第三者の私は口出ししないけど、人として、あの子を裏切らないでちょうだいね。それだけは、約束して」
 人として。その言葉が、俺には重く響いた。そうだ、この人は愛した相手に二度も裏切られているんだ。その辛さをもう二度と子供に経験してほしくないと、そう願うのは親として当然の事。
「約束します。どんな結末が待ち受けていても、俺はずっと幸慈の味方です」
 真っ直ぐな瞳を優しく揺らして微笑む姿に、胸が熱くなった。海の向こうの母親も、この人と同じくらいに俺を愛してくれているだろうか。毎日、俺達を想ってくれているだろうか。
「幸慈の事を、好きになってくれてありがとう」
「俺の方こそ、出会わせてくれてありがとうございます」
 この人が居たから、今の幸慈がいるって知っている。だからこそ、何度感謝してもしたり無い。幸慈は知ってるのかな。こんなに愛されてることを。知ってるのかな。知っていてほしい。幸慈の幸福の為に。
「未来くんは元気かしら?」
「元気ですよ。昨日会ったばかりの俺が言うのも変ですけど」
「言われてみればそうね」
 言いながら笑う姿に、幸慈もこんな風に笑ってくれたらな、と思った。きっと、綺麗なんだろうな。
「幸慈も貴方みたいに解りやすかったら、友達がたくさん出来てたんだろうけど」
 確かに一見しただけだと無愛想だと思われるだろうな。実際はかなり男らしくて不器用なのに。でも、俺からすれば解りにくくて良い。本当の幸慈を知ってる人間は少なくて良いんだ。
「あの、今更なんですけど、男が息子さんを好きって言うのに、嫌悪感とか無いんですか?」
 俺の質問に、お母さんはゆっくり瞬きをしてから口を開いた。
「驚いてはいるわ。自分の息子が同性から、なんて考えたこと無かったもの」
 一般的な考えに、俺は目を伏せる事しかできなかった。そうだよな。世間的には色々受け入れられてはいるけど、それでも毛嫌いされる方が強いと思う。
「でも、良いのよ。幸慈が幸せなら、それで良いの」
 ただ真っ直ぐに息子の幸せを願う姿は、母親として力強く、凛としていた。あぁ、二人は今日まで家族として、立派に守り合ってきたんだ。そしてこれからも。そのこれからに、俺はいつになったら入れるのかな。
「幸慈は、本当に恋をしたくないんですか?」
「したくないなら、口に出して嫌いなんて言わないわよ」
 嫌いだから口に出してるわけじゃないって、どういう意味なんだろう。むしろ嫌いとはっきり言い切ってしまう所が、幸慈らしいとすら感じるのに。それを好きになってほしい、なんて考えてるのがバレバレのせいか、更に嫌われてる気すらするのに。悩んだ俺は、ミーちゃんの言葉を思い出す。先にある終わり、か。
「終わらない恋ならしても良いって事ですか?」
「するわけないだろ」
 突然聞こえた声に慌てて振り返ると、不機嫌な顔の幸慈が立っていた。ドア閉めたはずなのに、いつの間に開いたんだ。
「盗み聞きなんて趣味が悪いわね」
「聞こえるように話してたんじゃないの?」
「少しだけね」
 俺は全くなんですけど。
「素直に寝るなんて言うから、不気味に思ってたけど、こういうことか」
「まぁ、不気味なんて失礼ね」
 呆れた顔で俺とお母さんを見比べた幸慈は、明日ミーちゃんが来ることを簡潔に告げて、部屋のドアを閉めた。え、何か良くない方に勘違いされた!?俺はお母さんに頭を下げてから、急いで幸慈の背中を追いかける。自分の部屋のドアノブに手をかける幸慈に、急いで弁解を口にした。
「俺はお母さんみたいなのは少しも無いからね!」
 慌てて言い訳染みた事を言った後、そんな自分が格好悪く思えた。何してんだろ、俺。今日一日、ずっとダサすぎ。
「解ってる」
 良かった。解ってくれてた。安心した俺は胸を撫で下ろす。もしかして、俺からかわれた?まぁ、誤解されてないなら良いか。
「幸慈が幸せなら、俺が生涯のパートナーになっても良いって」
「そういうの、要らないから」
 それは、俺が要らないってこと?
「今日は、好きとか聞きたくない」
 明日なら良いの?明後日は良いの?そんな疑問を口に出せなかったのは、幸慈の背中が泣いているように思えたせいだ。そうだった。俺のせいで思い出させちゃったんだ。愛を嫌いになった原因の出来事を思い出させてしまった手前、これ以上の事は言えない。
「湿布貼った?」
「あぁ」
 幸慈を追うように部屋に入ると、可愛らしい布団が敷いてあった。これ、男の部屋にある布団じゃないよね。客用に花柄って有り得ないでしょ。えー、何々?どういう事?
「何処の女用?」
 嫉妬から声のトーンが低くなったのは、ご愛嬌。
「未来用」
「あぁー、何か納得かも」
 ミーちゃんね。納得。色とりどりの花柄はミーちゃんにピッタリだ。でも、この布団で寝たことは秋谷には黙っておかないと。まだ死にたくないからね。秋谷も今頃は歯痒く思ってるだろうな。
「さてと、夜は始まったばかりだし、何して遊ぼっか?」
「一人で遊んでろ」
「えー!遊ぼうよ!」
 俺の訴えも空しく、幸慈は着々と寝る支度を進めていった。まぁ、無理なのは解ってたし、顔色も悪くなってるから、早めに寝てほしい気持ちはある。
「パジャマ買ったら着てくれる?」
「要らん」
「何で!?」
 せっかく幸慈とお揃いのパジャマを手に入れるチャンスだったのに。
「てか、俺がプレゼントした服はいつ着てくれるのさ」
「着ないとは言ってないだろ」
「そうだけどさー」
 やっぱり、自分があげたものを着てほしい。幸慈は男なのに肝心な男心とやらが解ってない。着ないとは言ってないけど、着るとも言ってないよね。
「明日ミーちゃんに愚痴ってやる」
「好きにしろ。僕は寝る」
「本当に寝るの?」
 俺の質問に答えるように、幸慈は部屋の電気を消した。
「良い夢見てね」
「うるさい」
 好きだと言っている相手を同じ部屋に残して先に寝るとか、どんだけ危機管理がなってないのさ。それとも、心を開いてくれてるって事なのかな。こういう時だけは、解りやすくても良いと思います。今日までの不幸な出来事が夢だったら、幸慈の怪我も苦しみも全部無かった事になるのに。でも、それじゃ駄目なんだよね。だって、不幸が今の幸慈を育てたんだから。幸慈の今までを否定する事はしたくない。不幸が、って所は嫌だけどね。オジィから渡された臨時の携帯が振動して秋谷からの着信を告げたのは、幸慈が寝息を立ててすぐの事だった。本当、勘弁してほしいよ。
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