カフェオレはありますか?

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 多木崎の家を出た後、茜の保護者に送られて家に帰った俺は、鞄を床に放り投げてソファーに深く座り込む。先に家に帰った未来からの連絡は来ない。俺から連絡して良いものか、と考えては、何度も頭を掻く。携帯を持ったまま背もたれに体を沈める。あんな事があったなんて知らなかった。知らないのは当然だ。未来に恋をしたのは高校の入学式の日。それまでの事は何も知らない。知ってたらストーカーだ。茜はあの家に残った。それが羨ましい。俺は未来の傍にいる事が出来ないまま、一人帰ってきてここにいる。未来の両親の事を思えば、俺は居ない方が良いのは、すぐに判断できた。未来の気持ちを考えても、その方が楽だろう。支えてやりたいのに、今の俺は未来にとっての負担でしかないと解る。悔しいもんだな。今まで、喧嘩して後腐れない女を抱いてる間、未来も多木崎も戦っていた。世間からの同情や軽蔑、同級生からの悪態や暴力。俺とは全く違う世界で生きてきたんだと知って、自分の生き方に反吐が出た。こんな俺が、多木崎に嫉妬する資格なんてない。解ってる。けど、未来の表情や態度を見る度に、どうしようもなく沸き上がる醜さから、顔を背けることが出来なくなっている自分が居るのも事実。多木崎を傷付けたら終わりだ。未来を確実に失う。二人を繋ぐ目に見えない確かなものよりも、もっと強く深く繋がりたい。なぁ、あの日、どうして俺の手を取ってくれたんだ?声を掛けたとき、確かに怖がっていた。本当は、怖くて断れなかったんじゃないのか。俺じゃなくて、別の誰かを。そこまで考えて体を起こす。最悪だ。振動した携帯を急いで見ると、期待していた相手とは違う名前が表示されていて、盛大に息を吐く。携帯に届いたメールの内容を無視する事も出来ず、俺は必要な物だけ持って家を出る。待たせる事になるな、と、思っていると、近くに精算をしているタクシーを見つけ、変な運の良さに肩を落とす。
 駅の近くにある喫茶店の前でタクシーを止め、精算を終えて降りた俺を従弟のたいら千秋ちあきが手を上げて出迎える。
「遅れて悪い」
「良いよ。俺も少し遅れたし」
 そう言った千秋は、喫茶店とは正反対の方へ歩き出した。大した話が無い時は、ここの喫茶店でも構わないが、今回はそういう内容じゃない。黙って千秋の後を付いていく。駐車場に停まってる車に近付くと、運転手が降りてきて後部座席のドアを開ける。軽く礼を言った後、後部座席に乗り込む。千秋は何も言わずに資料を手渡してきた。黙って受け取った資料に目を通すと、予想していた内容が大半をしめていて息を吐く。
「こっちの地域にも、死神とやらの噂を聞いたことのある人間が多かったから、そう呼ばれる事になった理由はすぐに解った」
 千秋は昔から、こういった調べものに関しては、プロでも痕跡が辿れないほど上手く情報を集めてくれる。茜から多木崎のネクタイの件を聞いてから、嫌な予感がして千秋に頼んだが、予感的中だな。
「悪い。今度礼をするから」
かおると一緒に期待しとく」
 薫と俺達二人は幼稚園の時からの付き合いで、今は千秋の恋人だ。幼稚園の頃から千秋の嫁になると言い続けた結果、今では両親も認める恋人同士とやらになっている。当時の俺は退屈すぎてよく寝ていたから、二人がそんなに盛り上がっていたとは知らなかった。子供の頃は男同士は結婚できない、と、知らないから無邪気に言っているのだろう、と思っていた大人も、中学に入る年齢になっても言い続けてれば、もう温かく見守るしかなくなったんだろう。今は同性結婚も認められてきてるが、そうなってなくても二人が生涯を共にするのは目に見えている。それに、千秋の母親は絵本作家として働いているせいか、考え方が普通の人より少し幼稚で、薫が息子の嫁になると言った時、周りの大人が言葉を探してる状況の中でただ一人、嬉しそうにお祝いした挙げ句、翌日の弁当用に赤飯を炊いた程だ。小学校の時に、薫が隣町へと引っ越した時の千秋の落ち込みは新鮮だったが、毎日のように届く手紙と写真に元気を取り戻していった。高校になってお互いに同じ学校を受験した為、今では毎日一緒にいるようだ。そんな恋人を四六時中見守るために、こんな特技を身に付けるとは誰も思ってなかっただろうな。
「明日は薫の家に泊まるから連絡は遠慮したい」
「一人暮らし始めたんだったな」
「うん。それに、こっちも葵が面倒なの抱え込んだからさ」
「面倒なの?」
「……俺が言ったってのは内緒ね」
 前置きをしてから千秋が言ってきたのは、前に話していた葵の恋愛に関係のあるものだった。葵に頼まれて調べたところ、その相手は蒸発した両親が作った借金を勝手に背負わされた事に、文句も言わず、自分の生活を犠牲にしてまで、バイトを掛け持ちして返済をしているらしい。蒸発した両親の噂は悪いものしかなく、何故健気に払い続けているのか謎でしかない、と、千秋は盛大に息を吐く。中学時代は薫の家で食事をする事が多かったそうだ。薫の気持ちが他に向くのが気に入らないと顔に出ているが、隠すつもりもないだろうから触れないでおく。高校が別々になって心配していた時、葵とその子が同じ学校と知って、守ってやってほしいと頼み込む姿に、良い思いをしなかったのは予想出来る。それから暫くして、薫は高校で再会した小学校時代の友人のバイト先で、その子と一緒に働いている、と、情報を得た後すぐに面接を受けに行ったらしい。偶然にも千秋の父親が経営している会社だったようで、面接は世間話で幕を閉じたのは簡単に想像できた。
「二人して面倒なのに惚れやがって」
「こういう所ばっかり似ないでほしいよ。一応これが写真」
 差し出されたのは、薫が中学の時に撮った卒業式の写真だった。薫の隣りに見慣れない姿を見る限り、葵の好きな相手というのはこの眼鏡を掛けた少年だろう。
「暗そうだな」
 明るい未来とは正反対だ。かといって、人見知りの多木崎とも違う。卒業式だから後ろ髪引かれるのは理解するが、写真に写る姿には違和感を覚えた。
「笑わないんだってさ」
「笑わない?」
 そんな人間がいるのか。
「薫と、もう一人の友人とは普通に喋るけど、俺達とは一線引いてる。まぁ、初対面で派手な喧嘩を目の前でやられたら、警戒されるのは当然かな」
 見るからに喧嘩苦手そうだからな。こっちの死神も厄介だが、向こうの借金持ちも厄介そうだ。
「本当はすぐにでも借金を返済してやりたいみたいだけど、本人が必死に隠してる事に、いきなり踏む込むのは気が引けるとかで、頼ってくるのを首を長くして待ってる」
 喧嘩三昧だった葵が大人しく待ってる姿が想像出来ないが、それだけ本気ってことだろう。
「今のところ、死神の方が危険に変わりはない」
 その言葉に俺は息を吐き出す。千秋からもらった資料の最後に書かれていた、死神に関するゲームの事を考えて息を吐く。それは死神と噂されている多木崎に関係することで、広範囲ではないが、近辺の不良達の間で、あるゲームが行われ始めている、との内容だった。
「喧嘩はこっちの方が得意だから、大事にならないように動いてはいるけど、葵の方もあるから完璧とはいかない」
「解ってる。こっちは学生が相手なだけ動きやすいから、あまり気にするな。そっちこそ気をつけろよ」
「あぁ」
 普段だったら手伝ってもらうところだが、千秋の方も、今回は難しいものを抱え込んでいると理解しているから、何も言わないことにするのが互いにとってのベスト。その後、近況報告とこれから先の方向性を話し合い車を降りた。走り去っていく車は、これから好きな恋人の所まで行くのだろう。羨ましいと思ったことなんか無かったのに、今は心から思う。俺もこのまま未来の所まで走っていけたらどんなに良いだろうか。
 ゲームの事を知ったら、多木崎は改めて自分を責めて、その多木崎の為に未来が悲しい思いをする。未来はいつも、多木崎の事ばかり。昨日恋人になった俺の事なんか、眼中にない。無様だ。
 家に帰る為に歩いている途中、知った人物を見つけて声をかけると、久しぶりだと軽い挨拶を交わした後、俺の顔をじっと見てきたと思ったら楽しそうに笑った。何が楽しいのかと眉間に皺を作ると軽く謝られた。
「でも、半年で人は変わるものね」
「どういう意味だ?」
「良い意味だから安心してよ。それにしても半年振りね」
「そうだな」
 何が変わったのか。それを教えるつもりのない目の前の人物は、中学の先輩で今は美術専門の高校に通っている。女の癖に、男に負けないくらいの馬鹿力の持ち主で、今は彫刻を学んでいると噂に聞く。昔から男みたいな見た目によらず、繊細なものを作る姿には、よく驚かされたものだ。
「そうそう、私この先の喫茶店でバイトしてるから、今度売り上げに貢献しにきてよね。それじゃーねー」
 言いたいだけ言って走り去る所は相変わらずだ。喫茶店か。何気ない言葉に、茜の下らない目標を思い出す。本当にブックカバーにリメイクするつもりだろうか。切り刻まれた多木崎のネクタイを、リメイクすると張り切る姿を思い出した後、今日の未来の話を振り返った。正直かなり驚いたのは事実だ。周りの人間が、一時でもあの親子から離れていったのは仕方のない事だと思う。でも、その中で未来の家族だけが、傍に寄り添っていた。二人を結びつけるものが、どうしてあんなにも強いのか理解することが出来た、のは良かったが、余所者の俺と茜が関わり始めた事で、また昔の事を思い出させてしまった罪悪感は、とても重く圧し掛かる。それを目の当たりにした茜は、俺よりもまいってるはずだ。それを教えてくれた未来も同じ。家に送り届けるまでの間、未来はずっと無口のまま、俺の隣りに座っていた姿を思い出す。今すぐに全てを明け渡してくれるとは思っていないし、それは当然の事だと解っている。あの時、玉砕覚悟で伝えた気持ちを受け入れてもらえた。それだけでも贅沢だ。なのに、もっともっと、と、溢れるこの欲はどこから産まれてくるんだ。見上げた空には、星が一つ瞬いていた。たった一人を想うという事は、人をこんな気持ちにさせるものなんだ、と、実感せずにはいられない。震えだした携帯の画面を見ると、未来の名前が表示されていた。急いで電話に出て、未来の声を聞いたとき、先輩の言葉を思いだす。あぁ、人はこんなにも変わるもんなんだな。
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