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今日の俺は機嫌が良い。なんせ好きな子の手料理が食べられるんだからね。フンフンと鼻歌を歌っちゃうのも仕方ない。だからって幸慈の指先の怪我は見逃してあげないけど。
指先にキスをした時の幸慈の反応と顔を見て、本気で嫌がられたなぁって凹みはするけど、男相手なら仕方ないかな、とも思う。最近の俺が同性愛を拒否ってた位だしね。幸慈は大した怪我じゃないみたいに言ってたけど、俺にとっては大問題。だって、幸慈は俺の宝物なんだから。本当、どこのどいつだろうね。俺の宝物に傷をつけたのは。愛でるのも、壊すのも、それが許されるのは俺だけなのに。
目的の家庭科室ではなく、下駄箱に向かう。この時間は駆け込み乗車並みに人が多いけど、俺には皆道を開けてくれるから関係無い。不良って便利。到着した俺は、下駄箱じゃなくて近くのゴミ箱を覗き込む。有難いことに目当てのものはすぐに見つかった。ゴミ箱をひっくり返す位の気持ちで来たから、ちょっぴり拍子抜け。手を伸ばした布切れの近くに画鋲を見つけて目を細める。布切れを見ると名前の上に、死神、と書いてあって殺意が増す。
「はっ、上等」
本当の死神が誰か教えてやる。布切れをポケットにしまって幸慈の下駄箱の前に立つ。踵の靴底近くをそれぞれ持って靴を取り出す。靴を傾けて中を覗き込むと、青い中敷きの上で画鋲が転がっていた。靴を逆さにして画鋲を全部床に落とし、下駄箱に戻す。
「殺してやる」
大分履き古しているであろう靴を一瞥してから下駄箱から離れた。今度中敷きの色を変えとかないとね。青とか絶対に有り得ない。
「二十六、ね」
足のサイズが解ったのはラッキーかな。あ、でも、成長期だと思うとまた変わるかも。靴を贈るのは難しそうだなぁ。やっぱり服と同時に見れた方が良いよね。コーディネートするの楽しみだなぁ。今度はどこのブランドに連れていこうか考えながら、足を目的地の家庭科室へと動かした。
少しだけ遠回りをしたから駄目になってないか心配で少しだけ袋の中を覗いたけど、保冷剤とかしっかり使われてたから問題ないよね。家庭科室に着いてすぐに冷蔵庫を開けて紙袋から取り出した材料を入れる。昨日から準備して下味をつけたと思われる肉とか魚を見るだけで俺のテンションは高くなっていく。ミーちゃん、お願いだから全部焦がさないでね。紙袋の底に人数分の弁当箱を見つけた俺は、これが夢じゃないんだと実感した。弁当箱の数が三個しかない事に首を傾げた後、幸慈がコンビニの袋を持っていたことを思い出して納得したけど、それに対して不満を抱いたのは仕方ない。でも言わない。作ってもらえるだけでも奇跡なんだから。
幸慈が作ってくれる気になった理由は予想出来る。俺が無理やり付き合わせたレストランや買い物に対して、支払いを全部俺がした事に罪悪感を感じてってところだろうな。けど、俺のせいで水をかけられたのがそもそもの原因なのに、恩を感じちゃうなんて。本当に、幸慈くらいだ。
幸慈は嫌われ役をしてるつもりらしいけど、ミーちゃんの手前、そう強くは出来ないんだろうな。一応、友達の恋人の友達だし。間接的でも仲良くしないとミーちゃん落ち込んじゃうもんね。何もかも、ミーちゃんの為なんだもん。まいっちゃうよ。やり場の無い歯痒さを感じていると、ウインナーの入った密封袋が二つ出てきた。よく見ると、切れ目の入ったものと入ってないものに分けられてて、見間違いじゃないかと何度か袋越しに確認する。
「タコ」
確かに食べたいって言ったけど、まさか本当に作ってくれるなんて思ってもみなかった。返事が無かったから、聞いてもらえてないと思ってのに。恋が嫌いなくせに。愛が嫌いなくせに。作らないで、知らないって突き放せば良いのに。不器用な優しさなんて、期待させるだけなのに。幸慈が始めてだよ。こんなに感情を揺さぶってくるのは、幸慈だけだ。嬉しさを押さえきれない俺は、早く幸慈に会いたくて急いで片づけを終わらせてダッシュで教室に戻る。なのに、教室に幸慈の姿はなかった。会いたいときに会えないっていうのはこんなに辛い気持ちがするもんなんだ、と、実感して凹んだ。
「あ、おかえり。ヒーくん」
笑顔で迎えてくれるミーちゃんに、俺も笑顔を返す。
「ただいま、ミーちゃん。幸慈は?」
「多木崎ならどっかいったぞ」
どっかってどこ?
俺の知らないところで、俺の知らない誰かに会いに行ってるわけ?俺は、今すぐに会いたいのに。
「タコさんウインナー入ってた?」
「入ってたよー!やっぱりビデオカメラ持ってきて正解だった!」
鞄から取り出した新品のビデオカメラをミーちゃんに見せる。
「わぁ、これ最新のやつだよね!お父さん羨ましがるよ」
「へぇ、ミーちゃんのお父さんカメラ詳しいんだ。触って良いよー。操作しても良いからね」
カメラをミーちゃんに手渡すと、ミーちゃんは顔を輝かせて手の中のカメラを色んな角度で見始めた。
「そんなもん持ってきてたのかよ」
呆れる振りをしながらもミーちゃんの笑顔を満足気に見てるのはバレバレだからね。今からカメラに幸慈との思い出が記録されていくのかと思うだけで、嬉しくて楽しくて跳び跳ねたくなるほど気持ちが高揚してくる。
「カメラの写真撮って良い?お父さんに見せたくて」
家族関係は良好なんだね。まぁ、幸慈をなつかせる位だから当然か。
「良いよー。何なら俺と秋谷も写る?」
なんとなくした提案にミーちゃんは迷いもせずにのってきた。二人はカメラじゃないよー、なんて言われると思ったのに。
「それだと大きさも伝わりやすいから名案かも」
そう言うことね。
「名案か?」
秋谷は写真を撮られるのが苦手だから渋るのも仕方ないかな。
「だ、駄目だった?」
あー、落ち込んじゃった。
「……持ち方を教えてもらえるか?」
「うん!」
好きな子からのお願いに駄目なんて言えないよねー。しかも上目遣い。俺も幸慈にやってほしー。想像しただけで可愛い過ぎて鼻血出そう。
「えっと、レンズはこっちに向けてほしいから……」
ミーちゃんからのリクエストに応える形で一枚写真を撮って思ったけど、俺と秋谷のツーショットっていつ振りだろ。ミーちゃんマジックの効力凄いかも。カメラをそんなもん、なんて言ってたくせにだらしなく笑っちゃって。秋谷だって、ミーちゃんが目の前で作ってくれる手料理楽しみにしまくってたくせに。今日だってミーちゃんを家まで迎えに行ったの知ってるんだからね。にしてもイチャイチャし過ぎ。
「甘いばっかりが人生じゃないんだよ!」
「甘い?」
「放っておけ」
まるで負け犬の遠吠えの様な事を言った俺は、幸慈の椅子に座って机に突っ伏した。イチャイチャが悪い訳じゃない。俺も秋谷の前でコロコロ変わる彼女とイチャ付いてたし。でも今回は俺も恋をしてるわけで、しかもそれが難易度ラスボス級。ミーちゃんみたいな子に恋をした方が楽だったんだろうな。現にミーちゃんも人気あるし。ふわふわした髪に触りたいとか、守ってあげたいとか、柔らかそうな肌に触れたら死んでも良いなんて意見がほとんどで、幸慈とは正反対の意味で人気だ。秋谷と恋人になってからは、ミーちゃんロスみたいなのが生徒内で発生してるみたいだし。でも、俺は幸慈が良い。後にも先にも幸慈だけ。毎日この席に座って、この机で勉強してるのか。現代の大和撫子とは幸慈の事に違いない。早く帰ってこないかな。教室のドアを今か今かと期待を込めて見つめる。幸慈。早く会いたいよ。開いたドアの向こう幸慈の姿を捉えた俺は、体を起こして少しでも余裕のある振りをする。なんか朝より足取り重そう。何かあったかな。俺が自分の席に座ってるのを認識した幸慈は不愉快そうに眉をしかめる。
「お帰り」
逞しい精神力でお出迎えした。
「どこ行ってたの?」
何か俺のせいみたいな顔をされた気がした。俺のせいなら言ってくれて構わないのに。席から退いて欲しそうな顔をしてるのに何も言わない。それがすごく歯痒く感じた。俺を殺そうとしてた時の方が、ずっと近くに感じたのは何でだろう。
「退いてほしいなら殺してみなよ」
しまった。そう思った時にはもう、口から出た後だった。
「止めてよ」
ミーちゃんも、こんな声を出すことがあるんだな、と、他人事みたいに思う。でも、その言葉は確かに俺に向けられたものだった。
「幸慈を傷付ける事、言わないで」
秋谷は驚いたようにミーちゃんを見てる。それもそのはず。普段穏やかな未来の声には、確かに怒りが含まれていたんだから。でも俺は、驚くよりも、攻められた事で救われた気持ちになった。幸慈はミーちゃんの前に立ってふわふわな頭を撫でる。
「ありがとうな」
幸慈がそう言って笑えば、ミーちゃんも不器用に笑った。幸慈の為に怒っても、きっと俺には同じことをしてくれない。落ち込む資格なんて今の俺にはない。解ってるよ。今泣いたらミーちゃんが悪者になる。それは駄目。幸慈のためにも堪えないと。ゆっくり立ち上がって、秋谷の手からカメラを取る。
「ごめん。俺、頭冷やしてくる」
そう言って、教室から出る俺を呼び止める声は無い。それに、今だけは安堵してしまう。聞き慣れた歩幅の足音が聞こえてきて、秋谷が追い掛けて来たんだと解る。もっと上手に立ち回れると思ってた。今までそうだったように、今回も問題無いって。なのに、それが出来ない。自分のする事なす事に胸糞悪くて反吐が出る。自分の感情だけで物事を言う姿は、幸慈の目に汚く映ったはず。いくつも階段を上って目の前に現れた鉄のドアを開ければ、校舎で一番空に近い場所が俺を出迎える。あー、空はムカつくほど青いのに、俺の心はドン曇り。さっきの事を思い出して頭を抱える。あれは絶対に駄目なやつだ。その証拠にミーちゃんすごく怒ってたし。俺の意地は、幸慈にとって良いものじゃなかったのは間違いない。瞬き位の一瞬だけど、悲しい顔をしてた。俺がそうさせた。最悪だ。俺は屋上のコンクリートの上で寝っ転がって、何もせずただ近くに座った秋谷に視線を向ける。怒りもしないで無言で居られる方がきつい。
「殴らないの?」
ミーちゃんに嫌な思いをさせた時点で殴られる覚悟は出来てたんだけどな。
「その方が痛てぇ時だってあんだろ」
何もかも見透かしたように言われるのは悔しいけど、その通りだから仕方ない。殴ってもらえれば少しは楽になるのに、なんて甘い考えは通用しないってことか。逃げようとしてる俺の心を見透かすのは流石だけど、かなり辛いんだよねー、これが。
俺は、幸慈を傷付けた。ミーちゃんは、幸慈がナイフを持ち歩いてる事を知ってるって、そう思って間違いない。ミーちゃんは良いよな。幼馴染みって立場も、幸慈からの信頼も優しさも全部持ってるんだから。
「悔しいなー」
情けなく溢れた声に呼ばれた様に風が少し髪を撫でる。
「ミーちゃんよりもずっとずぅぅっと早く、幸慈に会いたかった」
「……あぁ」
屋上に吹く風は、ムカつく位優しかった。
「多木崎の手首、少し赤くなってたのは気のせいか?」
よく見てらっしゃる。
「気のせいじゃないよ。秋谷の行いが良かったら問題無かったのに」
「何で俺が出てくんだよ」
昔から女癖は悪い方で、あの女は止めておけと言われたら反発する様に大丈夫だと言っては痛い目にあったっけ。それでも、女の子は柔らかいし良い匂いがするしで結局あっちこっちに手を出しまくった。そのせいで俺の下半身はだらしないとレッテルを貼られたけどね。それに比べれば秋谷は大人しかった方かもしれないけど、セフレは居たんだから日頃の行いは同じ様なもんだ。
「好きでもない奴と体だけの関係を持ってた奴が大事にしてきた幼馴染の彼氏になるなんて考えてもみなかっただろうな」
「貞操観念のないオマエに好かれた多木崎の方が、可愛そうだろうが。無駄に気に入ったものに対してだけは、昔から異常な程に執着するし」
ぐの字が出ない事が悔しい。
「葵を見習ってれば、もう少しはマシだったろうよ」
葵は俺の双子の兄で、俺と間違えられて知らない女に声をかけられるのに嫌気が差して高校は俺とは違う場所を受験した。今でも時々は会うようにしてはいる。
「千秋からの話だと、葵も好きな奴が出来たらしい」
「えっ!マジで!?」
千秋は秋谷の従兄弟で俺と葵とは中学からの付き合いだ。今はどっちとも違う学校に通ってるけど、昔から俺より葵とつるむ事が多くて、今も暇さえあれば遊んでるらしい。とにかく葵は俺の知ってる限りだと女より喧嘩に明け暮れてる感じで、もう一人の友人含む三人で良く怪我をしてた姿が当たり前って男だ。
「童貞の葵が恋をする日が来るとは」
「オマエよりは純粋な恋愛になるのは確かだな」
純粋?そんなわけ無いよ。本気になれなかったとはいえ、俺みたいに彼女が居たことの無い男の初恋は、勝手が解らないで下手な鉄砲撃ちまくった結果、相手が逃げ出すに決まってる。
「葵に勝ちたいなら、まず今までの女をどうにかしろ」
「あぁ、そうだ。忘れてた」
「いつかマジで痛い目みるぞ」
すでに一回痛い目にあってます。
「俺達と一緒にいることが、死神通知に拍車をかけないと良いけどな」
「そうなる前に切り刻んでやるよ」
もう間違えない為にも、まずは幸慈を傷付けた奴を見つけて思い知らせてやらないとね。
本気で誰かを好きになったのは初めてで、勝手に焦って苛立って、八つ当たりした挙句に傷付けてばっかり。好きだから大事にしたいのに、その方法が解らない。好きを受け入れてほしいのに、それさえも叶わない。恋って、気持ちを伝えて両想いになる事って、こんなに大変なんだと思い知った。
「終わる好きを求める人間っているのかな?」
「いねぇよ。それでも終わっちまうのもあるけどな」
そうだよね。幸慈が怖いのは終わる事で、それまでの事が何もかも無くなる事に違いない。遊び人ってレッテルを貼られまくってしまった事に今更ながら後悔する。でも、その時の俺には、必要な事だったのは確かだ。
「童貞だったらもっと心を開いてくれたかな?」
「恋愛って時点で変わんねぇよ」
「そうだよねー」
昔に大きな失恋でもしたのかな、って考えるだけでおかしくなりそうな感情と、上手く付き合っていかないと駄目なんだよな。
「死神が指しているのは、幸慈の事だと思うんだ」
「ナイフの事だけで決め付けてないよな?」
「八つ当たりで言った俺も悪いけど、ミーちゃんの反応がさ……まるで前にも殺してみろって、からかわれた事があるような感じだったから」
「……未来に今すぐ聞けたら良いが、多木崎の事を優先するのは目に見えてるからな」
「そうだよねー」
幸慈は、今までミーちゃんを立派に守ってきた。そして、ミーちゃんもそっと幸慈を支えるように守ってきたんだ。秋谷が加わっても、二人の間にあるものは何一つ変わらないってのはよく解った。守るって決めて口にするのは簡単だけど、それを貫き通すのは難しいって事が今なら解る。解っちゃったから、余計に譲れない。これから先、幸慈を守り続けるのは俺だけじゃないと嫌なんだ。嫌なんだよ。
指先にキスをした時の幸慈の反応と顔を見て、本気で嫌がられたなぁって凹みはするけど、男相手なら仕方ないかな、とも思う。最近の俺が同性愛を拒否ってた位だしね。幸慈は大した怪我じゃないみたいに言ってたけど、俺にとっては大問題。だって、幸慈は俺の宝物なんだから。本当、どこのどいつだろうね。俺の宝物に傷をつけたのは。愛でるのも、壊すのも、それが許されるのは俺だけなのに。
目的の家庭科室ではなく、下駄箱に向かう。この時間は駆け込み乗車並みに人が多いけど、俺には皆道を開けてくれるから関係無い。不良って便利。到着した俺は、下駄箱じゃなくて近くのゴミ箱を覗き込む。有難いことに目当てのものはすぐに見つかった。ゴミ箱をひっくり返す位の気持ちで来たから、ちょっぴり拍子抜け。手を伸ばした布切れの近くに画鋲を見つけて目を細める。布切れを見ると名前の上に、死神、と書いてあって殺意が増す。
「はっ、上等」
本当の死神が誰か教えてやる。布切れをポケットにしまって幸慈の下駄箱の前に立つ。踵の靴底近くをそれぞれ持って靴を取り出す。靴を傾けて中を覗き込むと、青い中敷きの上で画鋲が転がっていた。靴を逆さにして画鋲を全部床に落とし、下駄箱に戻す。
「殺してやる」
大分履き古しているであろう靴を一瞥してから下駄箱から離れた。今度中敷きの色を変えとかないとね。青とか絶対に有り得ない。
「二十六、ね」
足のサイズが解ったのはラッキーかな。あ、でも、成長期だと思うとまた変わるかも。靴を贈るのは難しそうだなぁ。やっぱり服と同時に見れた方が良いよね。コーディネートするの楽しみだなぁ。今度はどこのブランドに連れていこうか考えながら、足を目的地の家庭科室へと動かした。
少しだけ遠回りをしたから駄目になってないか心配で少しだけ袋の中を覗いたけど、保冷剤とかしっかり使われてたから問題ないよね。家庭科室に着いてすぐに冷蔵庫を開けて紙袋から取り出した材料を入れる。昨日から準備して下味をつけたと思われる肉とか魚を見るだけで俺のテンションは高くなっていく。ミーちゃん、お願いだから全部焦がさないでね。紙袋の底に人数分の弁当箱を見つけた俺は、これが夢じゃないんだと実感した。弁当箱の数が三個しかない事に首を傾げた後、幸慈がコンビニの袋を持っていたことを思い出して納得したけど、それに対して不満を抱いたのは仕方ない。でも言わない。作ってもらえるだけでも奇跡なんだから。
幸慈が作ってくれる気になった理由は予想出来る。俺が無理やり付き合わせたレストランや買い物に対して、支払いを全部俺がした事に罪悪感を感じてってところだろうな。けど、俺のせいで水をかけられたのがそもそもの原因なのに、恩を感じちゃうなんて。本当に、幸慈くらいだ。
幸慈は嫌われ役をしてるつもりらしいけど、ミーちゃんの手前、そう強くは出来ないんだろうな。一応、友達の恋人の友達だし。間接的でも仲良くしないとミーちゃん落ち込んじゃうもんね。何もかも、ミーちゃんの為なんだもん。まいっちゃうよ。やり場の無い歯痒さを感じていると、ウインナーの入った密封袋が二つ出てきた。よく見ると、切れ目の入ったものと入ってないものに分けられてて、見間違いじゃないかと何度か袋越しに確認する。
「タコ」
確かに食べたいって言ったけど、まさか本当に作ってくれるなんて思ってもみなかった。返事が無かったから、聞いてもらえてないと思ってのに。恋が嫌いなくせに。愛が嫌いなくせに。作らないで、知らないって突き放せば良いのに。不器用な優しさなんて、期待させるだけなのに。幸慈が始めてだよ。こんなに感情を揺さぶってくるのは、幸慈だけだ。嬉しさを押さえきれない俺は、早く幸慈に会いたくて急いで片づけを終わらせてダッシュで教室に戻る。なのに、教室に幸慈の姿はなかった。会いたいときに会えないっていうのはこんなに辛い気持ちがするもんなんだ、と、実感して凹んだ。
「あ、おかえり。ヒーくん」
笑顔で迎えてくれるミーちゃんに、俺も笑顔を返す。
「ただいま、ミーちゃん。幸慈は?」
「多木崎ならどっかいったぞ」
どっかってどこ?
俺の知らないところで、俺の知らない誰かに会いに行ってるわけ?俺は、今すぐに会いたいのに。
「タコさんウインナー入ってた?」
「入ってたよー!やっぱりビデオカメラ持ってきて正解だった!」
鞄から取り出した新品のビデオカメラをミーちゃんに見せる。
「わぁ、これ最新のやつだよね!お父さん羨ましがるよ」
「へぇ、ミーちゃんのお父さんカメラ詳しいんだ。触って良いよー。操作しても良いからね」
カメラをミーちゃんに手渡すと、ミーちゃんは顔を輝かせて手の中のカメラを色んな角度で見始めた。
「そんなもん持ってきてたのかよ」
呆れる振りをしながらもミーちゃんの笑顔を満足気に見てるのはバレバレだからね。今からカメラに幸慈との思い出が記録されていくのかと思うだけで、嬉しくて楽しくて跳び跳ねたくなるほど気持ちが高揚してくる。
「カメラの写真撮って良い?お父さんに見せたくて」
家族関係は良好なんだね。まぁ、幸慈をなつかせる位だから当然か。
「良いよー。何なら俺と秋谷も写る?」
なんとなくした提案にミーちゃんは迷いもせずにのってきた。二人はカメラじゃないよー、なんて言われると思ったのに。
「それだと大きさも伝わりやすいから名案かも」
そう言うことね。
「名案か?」
秋谷は写真を撮られるのが苦手だから渋るのも仕方ないかな。
「だ、駄目だった?」
あー、落ち込んじゃった。
「……持ち方を教えてもらえるか?」
「うん!」
好きな子からのお願いに駄目なんて言えないよねー。しかも上目遣い。俺も幸慈にやってほしー。想像しただけで可愛い過ぎて鼻血出そう。
「えっと、レンズはこっちに向けてほしいから……」
ミーちゃんからのリクエストに応える形で一枚写真を撮って思ったけど、俺と秋谷のツーショットっていつ振りだろ。ミーちゃんマジックの効力凄いかも。カメラをそんなもん、なんて言ってたくせにだらしなく笑っちゃって。秋谷だって、ミーちゃんが目の前で作ってくれる手料理楽しみにしまくってたくせに。今日だってミーちゃんを家まで迎えに行ったの知ってるんだからね。にしてもイチャイチャし過ぎ。
「甘いばっかりが人生じゃないんだよ!」
「甘い?」
「放っておけ」
まるで負け犬の遠吠えの様な事を言った俺は、幸慈の椅子に座って机に突っ伏した。イチャイチャが悪い訳じゃない。俺も秋谷の前でコロコロ変わる彼女とイチャ付いてたし。でも今回は俺も恋をしてるわけで、しかもそれが難易度ラスボス級。ミーちゃんみたいな子に恋をした方が楽だったんだろうな。現にミーちゃんも人気あるし。ふわふわした髪に触りたいとか、守ってあげたいとか、柔らかそうな肌に触れたら死んでも良いなんて意見がほとんどで、幸慈とは正反対の意味で人気だ。秋谷と恋人になってからは、ミーちゃんロスみたいなのが生徒内で発生してるみたいだし。でも、俺は幸慈が良い。後にも先にも幸慈だけ。毎日この席に座って、この机で勉強してるのか。現代の大和撫子とは幸慈の事に違いない。早く帰ってこないかな。教室のドアを今か今かと期待を込めて見つめる。幸慈。早く会いたいよ。開いたドアの向こう幸慈の姿を捉えた俺は、体を起こして少しでも余裕のある振りをする。なんか朝より足取り重そう。何かあったかな。俺が自分の席に座ってるのを認識した幸慈は不愉快そうに眉をしかめる。
「お帰り」
逞しい精神力でお出迎えした。
「どこ行ってたの?」
何か俺のせいみたいな顔をされた気がした。俺のせいなら言ってくれて構わないのに。席から退いて欲しそうな顔をしてるのに何も言わない。それがすごく歯痒く感じた。俺を殺そうとしてた時の方が、ずっと近くに感じたのは何でだろう。
「退いてほしいなら殺してみなよ」
しまった。そう思った時にはもう、口から出た後だった。
「止めてよ」
ミーちゃんも、こんな声を出すことがあるんだな、と、他人事みたいに思う。でも、その言葉は確かに俺に向けられたものだった。
「幸慈を傷付ける事、言わないで」
秋谷は驚いたようにミーちゃんを見てる。それもそのはず。普段穏やかな未来の声には、確かに怒りが含まれていたんだから。でも俺は、驚くよりも、攻められた事で救われた気持ちになった。幸慈はミーちゃんの前に立ってふわふわな頭を撫でる。
「ありがとうな」
幸慈がそう言って笑えば、ミーちゃんも不器用に笑った。幸慈の為に怒っても、きっと俺には同じことをしてくれない。落ち込む資格なんて今の俺にはない。解ってるよ。今泣いたらミーちゃんが悪者になる。それは駄目。幸慈のためにも堪えないと。ゆっくり立ち上がって、秋谷の手からカメラを取る。
「ごめん。俺、頭冷やしてくる」
そう言って、教室から出る俺を呼び止める声は無い。それに、今だけは安堵してしまう。聞き慣れた歩幅の足音が聞こえてきて、秋谷が追い掛けて来たんだと解る。もっと上手に立ち回れると思ってた。今までそうだったように、今回も問題無いって。なのに、それが出来ない。自分のする事なす事に胸糞悪くて反吐が出る。自分の感情だけで物事を言う姿は、幸慈の目に汚く映ったはず。いくつも階段を上って目の前に現れた鉄のドアを開ければ、校舎で一番空に近い場所が俺を出迎える。あー、空はムカつくほど青いのに、俺の心はドン曇り。さっきの事を思い出して頭を抱える。あれは絶対に駄目なやつだ。その証拠にミーちゃんすごく怒ってたし。俺の意地は、幸慈にとって良いものじゃなかったのは間違いない。瞬き位の一瞬だけど、悲しい顔をしてた。俺がそうさせた。最悪だ。俺は屋上のコンクリートの上で寝っ転がって、何もせずただ近くに座った秋谷に視線を向ける。怒りもしないで無言で居られる方がきつい。
「殴らないの?」
ミーちゃんに嫌な思いをさせた時点で殴られる覚悟は出来てたんだけどな。
「その方が痛てぇ時だってあんだろ」
何もかも見透かしたように言われるのは悔しいけど、その通りだから仕方ない。殴ってもらえれば少しは楽になるのに、なんて甘い考えは通用しないってことか。逃げようとしてる俺の心を見透かすのは流石だけど、かなり辛いんだよねー、これが。
俺は、幸慈を傷付けた。ミーちゃんは、幸慈がナイフを持ち歩いてる事を知ってるって、そう思って間違いない。ミーちゃんは良いよな。幼馴染みって立場も、幸慈からの信頼も優しさも全部持ってるんだから。
「悔しいなー」
情けなく溢れた声に呼ばれた様に風が少し髪を撫でる。
「ミーちゃんよりもずっとずぅぅっと早く、幸慈に会いたかった」
「……あぁ」
屋上に吹く風は、ムカつく位優しかった。
「多木崎の手首、少し赤くなってたのは気のせいか?」
よく見てらっしゃる。
「気のせいじゃないよ。秋谷の行いが良かったら問題無かったのに」
「何で俺が出てくんだよ」
昔から女癖は悪い方で、あの女は止めておけと言われたら反発する様に大丈夫だと言っては痛い目にあったっけ。それでも、女の子は柔らかいし良い匂いがするしで結局あっちこっちに手を出しまくった。そのせいで俺の下半身はだらしないとレッテルを貼られたけどね。それに比べれば秋谷は大人しかった方かもしれないけど、セフレは居たんだから日頃の行いは同じ様なもんだ。
「好きでもない奴と体だけの関係を持ってた奴が大事にしてきた幼馴染の彼氏になるなんて考えてもみなかっただろうな」
「貞操観念のないオマエに好かれた多木崎の方が、可愛そうだろうが。無駄に気に入ったものに対してだけは、昔から異常な程に執着するし」
ぐの字が出ない事が悔しい。
「葵を見習ってれば、もう少しはマシだったろうよ」
葵は俺の双子の兄で、俺と間違えられて知らない女に声をかけられるのに嫌気が差して高校は俺とは違う場所を受験した。今でも時々は会うようにしてはいる。
「千秋からの話だと、葵も好きな奴が出来たらしい」
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千秋は秋谷の従兄弟で俺と葵とは中学からの付き合いだ。今はどっちとも違う学校に通ってるけど、昔から俺より葵とつるむ事が多くて、今も暇さえあれば遊んでるらしい。とにかく葵は俺の知ってる限りだと女より喧嘩に明け暮れてる感じで、もう一人の友人含む三人で良く怪我をしてた姿が当たり前って男だ。
「童貞の葵が恋をする日が来るとは」
「オマエよりは純粋な恋愛になるのは確かだな」
純粋?そんなわけ無いよ。本気になれなかったとはいえ、俺みたいに彼女が居たことの無い男の初恋は、勝手が解らないで下手な鉄砲撃ちまくった結果、相手が逃げ出すに決まってる。
「葵に勝ちたいなら、まず今までの女をどうにかしろ」
「あぁ、そうだ。忘れてた」
「いつかマジで痛い目みるぞ」
すでに一回痛い目にあってます。
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「そうなる前に切り刻んでやるよ」
もう間違えない為にも、まずは幸慈を傷付けた奴を見つけて思い知らせてやらないとね。
本気で誰かを好きになったのは初めてで、勝手に焦って苛立って、八つ当たりした挙句に傷付けてばっかり。好きだから大事にしたいのに、その方法が解らない。好きを受け入れてほしいのに、それさえも叶わない。恋って、気持ちを伝えて両想いになる事って、こんなに大変なんだと思い知った。
「終わる好きを求める人間っているのかな?」
「いねぇよ。それでも終わっちまうのもあるけどな」
そうだよね。幸慈が怖いのは終わる事で、それまでの事が何もかも無くなる事に違いない。遊び人ってレッテルを貼られまくってしまった事に今更ながら後悔する。でも、その時の俺には、必要な事だったのは確かだ。
「童貞だったらもっと心を開いてくれたかな?」
「恋愛って時点で変わんねぇよ」
「そうだよねー」
昔に大きな失恋でもしたのかな、って考えるだけでおかしくなりそうな感情と、上手く付き合っていかないと駄目なんだよな。
「死神が指しているのは、幸慈の事だと思うんだ」
「ナイフの事だけで決め付けてないよな?」
「八つ当たりで言った俺も悪いけど、ミーちゃんの反応がさ……まるで前にも殺してみろって、からかわれた事があるような感じだったから」
「……未来に今すぐ聞けたら良いが、多木崎の事を優先するのは目に見えてるからな」
「そうだよねー」
幸慈は、今までミーちゃんを立派に守ってきた。そして、ミーちゃんもそっと幸慈を支えるように守ってきたんだ。秋谷が加わっても、二人の間にあるものは何一つ変わらないってのはよく解った。守るって決めて口にするのは簡単だけど、それを貫き通すのは難しいって事が今なら解る。解っちゃったから、余計に譲れない。これから先、幸慈を守り続けるのは俺だけじゃないと嫌なんだ。嫌なんだよ。
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本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
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モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
たまにはゆっくり、歩きませんか?
隠岐 旅雨
BL
大手IT企業でシステムエンジニアとして働く榊(さかき)は、一時的に都内本社から埼玉県にある支社のプロジェクトへの応援増員として参加することになった。その最初の通勤の電車の中で、つり革につかまって半分眠った状態のままの男子高校生が倒れ込んでくるのを何とか支え抱きとめる。
よく見ると高校生は自分の出身高校の後輩であることがわかり、また翌日の同時刻にもたまたま同じ電車で遭遇したことから、日々の通勤通学をともにすることになる。
世間話をともにするくらいの仲ではあったが、徐々に互いの距離は縮まっていき、週末には映画を観に行く約束をする。が……
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