カフェオレはありますか?

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 温もりと感触が体から離れていってくれない。折れそうに細い腕、女の子とは違う白い肌に平らな胸。教室で制服に着替えているのを見ていたけど、見た目よりもずっと小さな体をしているんだと抱きしめるまでは知らなかった。儚い線を纏った姿に汚い衝動の存在に気付かされる。
 今日が初対面なんだから幸慈に関する事は全部白紙の状態なんだよね。だからもっと知りたいのに、幸慈は俺の事を知りたいとは思ってくれてない。それどころか距離を置こうとする言動ばっかりで泣きたくなるよ。
 目を惹かれる程好きな色は無い。季節は秋が好き。ブランドショップでの買い物は苦手。オムライスは食べれる。オレンジジュースも飲める。かなり少食。料理が上手。お母さんに似てる。お母さんはかなり美人。眼鏡が無いとほとんど見えない。ミーちゃんと仲良し。他の友達は居ない。服の八割は着てなかった。身の回りに関しても自分に関しても興味が無さすぎ。何より、恋愛感情が嫌い。
 今までの恋人経験の中にも甘い時間はあったのに、幸慈との間には微々たる欠片すらなくて悲しくなる。俺の買った服も着てもらえないだろうな。
「甘さが足りなーい!」
「うるせぇな。ちゃんと砂糖入ってるだろうが」
 暢気に俺のカフェオレを指差す秋谷を八つ当たり感覚で睨む。
「俺の片思い状況の話だよ!恋が甘酸っぱいなんて大嘘じゃん!酸っぱいどころか苦味増量中過ぎて悲しくなるわ!甘いの何処だよ!」
「暴れるなら帰れ」
 カフェオレの入ったカップを没収されそうになって急いでそれを手に持つ。
 何かある度に親から与えられたマンションの一室に暮らす秋谷の部屋に居座って愚痴を吐き出すのが俺の恒例行事になっている。ほとんど失恋とか女の子関係の事を吐き出しに来た記憶しかないけど。
「家にまで上がりこんで母親に気に入られただけでも上出来だろうが」
「そうかもだけどさー」
 幸慈のお母さんてばマジで美人だった。オジィも惚れるんじゃないか位に綺麗過ぎ。さすが幸慈のお母さんだよ。お母さんはすごい優しくて社交的なのに、どうして息子の幸慈はあんなに人見知りなんだろう。まぁ、人見知りのお陰で悪い虫が付いてないんだけど。世の中の悪い虫に比べれば、俺はかなり良い虫だと思うけどなぁ。
「てか、秋谷だって本気で信用されてないからな」
「あぁ?なんでだよ?」
 そうなるよねー。俺だって信じてるもんだと思ってたのにまさか疑いを抱いてるなんてさ。とんだ演技力だよ。まぁ、唯一の友達の彼氏が女遊びみたいな事してたら、心配から疑いたくもなるよね。
「恋とか愛ってやつが大嫌いなんだって。普通は夢を見るもんなんだけどねー」
 今までの女の子達だってキラキラした目で俺の事見てたし。て、今までの女の子達と比べるのは幸慈に失礼だよね。
「人見知りってのと関係してそうだな」
 確かに。今日も暇を見つけては幸慈が冷めてるのは何でかミーちゃんに聞きまくったけど、人見知りを理由に誤魔化されるだけだったなぁ。何かを隠してるのは解ったけど、それは俺達が知ることじゃないって事?だったら嫌だな。
「人見知りでナイフはおかしいよなー」
「ナイフ?」
 口に出てた言葉に秋谷は眉をしかめる。この際一通り喋って楽になっちゃお。
「そうなんだよ!廊下に立ってたときに幸慈がナイフで俺を殺そうとしてきてさっ」
 興奮しながら廊下での幸慈が別人のようだった事を、息をするのを忘れて熱弁し終えた俺は、盛大に酸素を吸ってむせ返った。
 皺だらけになった小さな封筒をズボンのポケットから取り出してテーブルの上に置く。
「見覚えない?」
 俺の質問に秋谷は息を吐く。やっぱり秋谷も見てたみたいだね。
「盗んできたのか?」
「拾った」
「盗んだな」
「結果拾う事になるんだから良いじゃん!」
 本当は幸慈が試着室で店員と話してる間に持ってきたんだけどね。どうせ捨てるものなら俺が取っても問題ないだろうし。幸慈は美人だから何を着ても似合っちゃって、買うやつ決めるのに苦労したよ。にしても、水も滴るエロい男だったな。
「拾うならネクタイにしろよ」
 秋谷の言葉に思考が引き戻される。
「拾ったよ。午後の授業サボってたの忘れた?」
「未来しか見てなかったからな」
 恋人になる前と後でこんなに視野が狭くなるのもいかがなものでしょうか。でも、俺だって幸慈を好きだって気付いたとたんに視野が狭くなった気がする、かも。
「オマエがサボるのはいつもの事だし」
「あーそうですか!ごちそうさま!」
 胸焼けして吐きそうだってーの!幸慈が居る日は絶対に授業出てやる。幸慈が居る日はね!
 俺は鞄から原型がわからないくらいにまで切り刻まれたネクタイの入った袋を取り出す。中身をテーブルの上に出すと、流石の秋谷も顔を顰める。テーブルの上に置かれた封筒をようやく手に取った秋谷は中身の紙に書かれた文字に目を通した。紙をテーブルの上に置いて長めに息を吐く。
「人見知りどころじゃねぇな」
「切り刻みたくなるよねー」
 死神。紙にはそう書いてあるだけ。死神、と言う響きの名前は聞いたことがある。不良の中での通り名みたいな感じで、ポツリポツリと死神の名前を口にするクソどもは、共通して俺達を襲っては来なかった。それを幸慈と結び付けるのはとても不釣り合い過ぎて、当てはめて考える事すらしてない。
「死神参上って意味だと思う?」
「あるいは多木崎を表しているか、だ」
 だから、幸慈に死神なんて似合わないっての。俺はネクタイの一部を手に持った。偶然にも裏には幸の字が書いてあった。
「これ、リメイクできないかな?」
「何にだよ」
「んーーー」
 なんだって良いんだ。幸慈の幸せに繋がるものならなんだって良い。なんだってする。その為にやることは決まってる。
「切り刻む相手を探さないと」
 野放しになんてしてやらない。生きてることが嫌になるくらいに後悔させてやる。
「女関係もなんとかしろよ」
 秋谷の言葉に頭痛が走る。酷い目にあったし、あわせたよ。日頃の行いマジで泣く。
「そうなんだよー。幸慈に今までの行いが原因で水かぶせちゃったんだよー」
「絶望的だな」
 本当に絶望したよ。あの時の幸慈は格好良すぎてマジでキュンだったけど、冷静に考えたら最悪の出来事でしかない。俺の今までの行いとか女癖の悪さが明るみに出てしまった。いや、なんとなくでも感付いてただろうから隠すのは無理だったろうけど。それでもあんな醜態はむごすぎる。しかもオジィの店で。帰ったらこっぴどく叱られるの確定だよ。もー、このままじゃ俺の人生はいつまで経っても苦味しか味わえないじゃないかー。カフェオレを飲み干して乱暴にテーブルに置く。ん?カフェオレ?
「苦味っていえばコーヒーだよね」
「話がぶっ飛び過ぎだろ」
「リメイクの続きだし」
 まだ続いてたのか、みたいな反応をする秋谷を無視して話を続けた。
「コーヒーといえば喫茶店だよね」
「豆だろ」
 それは興味ないから共感出来ない。
「そうだよなー、喫茶店だよなー。そこで本を読む幸慈って最高に良いと思うんだよ!」
 ちょっとだけ想像した読書してる幸慈の姿に胸が高鳴る。
「てな訳でブックカバーにしようと思うんだけど、どう思う?」
「茜からのプレゼントを喜ぶくらい仲良しなのか?」
「うっ」
 本当に昔から痛いところ突いてくるよね。
「ま、まぁ、時間の問題だよ!見てろって!」
 しどろもどろに言葉を繋ぐと、勝手にしろと投げやりになった秋谷は携帯を取り出して操作し始める。こうなると俺の話を聞いてもらうのは無理だ。ミーちゃんとメールでもしてるのかな。良いなぁ。俺も幸慈とメールしたい。ま、まともに相談の相手をしてくれなくても良いよ。本気の恋に目覚めた俺を止められる奴なんて、この世にはいないんだから。いないけど、このまま幸慈に嫌われ続けたらどうしよう。それだけが怖い。
 何度も恋人を作っても、俺には本気の恋が出来なくて、それを認めるのが嫌で、誤魔化すようにセフレを作った。作ってみて解ったのは、俺はブランド品と同じ扱いって事。見た目が良くて、お金があって、話が楽しくて、セックスが上手い。気に入った条件があれば、すぐに欲しいと態度で示してくるくせに、少しでも理想と違ったらすぐに放れていく。そんな姿を何度も見ることに疲れて引きこもった時期もあった。でも、孤独の方が辛くて、すぐに秋谷と夜遊びするようになった自分に呆れては、朝から晩まで喧嘩に明け暮れた時もある。そんな中で、秋谷が恋をした。それが寂しかった。別に秋谷に恋をしていたなんて気色悪い感情は全くなくて。ただ、俺には出来ない事だと決めつけて諦めたものだったから。でも、幸慈が俺を見た。暇潰しの好奇心を向けた俺を、幸慈は怯えずに見てきて、顔色一つ変えずに傍にいる。俺と秋谷の事を知らないと言う小さな世界に惹かれた。そこに入りたい、と、心底願っている自分に驚く。渇いた欲が恋に濡れるのに時間はかからなかった。諦めていた恋を全身で感じて、体が震える。幸慈が、今日みたいに自分を責めるような顔をしなくてすむ位に幸せにしてあげたいなんて、柄にもなく思ってしまう位に好きで好きで堪らない。今を見て生きるのは、残酷なことばかりじゃないんだよ。そう言ったところで信じてもらえない。そんなのは解ってる。だから、全力でもがく。幸慈の中の怖いが無くなるように。少しでも幸せな夢を持てるように。俺を、選んでもらえるように。だらしなくても、もがき続けるよ。世界を好きにならなくて良い。出会う人を全員好きになんてならなくて良いんだ。嫌いでも、怖くても。ただ、俺を少しだけ幸慈の世界に入れてほしいな。それが叶ったら、きっと世界はキラキラ輝くよ。満天の星空か、日陰に差す沢山の太陽みたいに。そんな二人だけの世界を作れたら、どんなに素敵だろう。子供染みたおとぎ話みたいな夢物語すら、今はこんなに湧いてくる。ごめんね、幸慈。本気でごめんね。多木崎幸慈を、俺の生涯の宝物にすると決めて、手の中の幸の字にキスをした。
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