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第四章 関ヶ原合戦
大往生
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年が明けて、元和五年(一六一九)になった。
もう寝床から起き上ることができないほど、一勝は衰弱していた。
日がな、混濁した意識の中で、思うのは、昔の兄たちの姿である。
長兄の種常は、直情径行の質があり、次兄の正国におとしいれられたとはいえ、そうなるにいたる過程では種常に非がないとはいえないと思う。結果として自滅して果てたともいえると、一勝のなかで納得させてきた。
だが、このごろ思うのは、神戸家の家老として、神戸家のために、神戸家を第一に思って頑張ってきた亀若兄の姿は、いま福島家第一の奉公につとめる自分と重なるものがある。なるほど亀若兄は、神戸家に殉じるべくして殉じたのだな、と納得できなくもない。神戸家を思うあまりにその過程で亀若兄と千手兄(次兄正国)との間に齟齬ができたのではないか。種常の神戸第一の姿勢はともすれば、山路家をお家のお取り潰しという危険に陥れるものでもあった。それをおそれて正国は手を打ったのではないか。
次兄の正国は、一勝たちの実母である扇の方や、正国の妻や子を磔というむごい死にかたに追いやり、また自分(一勝)の先妻と子も、正国の裏切り劇のなかのごたごたのなかで失った。
また、山路家を守るためとはいえ、兄種常を売っておのれの保身をはかるような卑怯な態度など、ほんとうに憎く思う部分は少なくない。
しかし、それは山路将監という男の、立身のための足搔きだったのか、と思うような気もする。
一勝も、後妻の千代との間にもうけた家庭や、城持ちになったのちに家臣たちを多くもてたという、自己の立身の果てを見たとき、それを獲得したいと奔走した千手兄の思いは、ないがしろにできないな、と思う。
しかし、この年齢になるまで、二人の兄を否定して生きてきた自分が、結果的には、かれらの生きざまを肯定する立場になるとは思いもよらなかった。
自分も年齢をとったのだ――と、一勝は思う。
ある日、気分の良いとき、ちょうど見舞いに来てくれた主人の正則に、この話をすると、正則は、
「そなたの兄たちの御霊が、お主の立身を支えてくださったのだ。夢、おろそかにするでないぞ」
といった。
一勝も、もっともなことだと思った。
また正則は、つぎの言葉も言って一勝を励ました。
「まだお主が死ぬには早いぞ。福島家の今後を見てもらわねばならぬ」
あたたかい主人の言葉に、一勝の目尻からしずくが流れた。
一勝は、千代という、良き妻に恵まれ、長男勝行、次男勝在という、子にも恵まれ、福島家の家老になり、五品嶽城の城主にもなった。国持大名になれた、それは大いなる出世の終点である。
なるほど、満足できる一生であった。
また、ふたりの兄たちと違って、畳の上で死ねる自分の果報に満足した。
一勝は、主人正則、同朋の福島家の家人たち、妻、子、孫に見守られながら、大往生を遂げた。
元和五年一月二十五日。長尾隼人正一勝、没。
享年七十と史書はいう。
がむしゃら三兄弟・完
もう寝床から起き上ることができないほど、一勝は衰弱していた。
日がな、混濁した意識の中で、思うのは、昔の兄たちの姿である。
長兄の種常は、直情径行の質があり、次兄の正国におとしいれられたとはいえ、そうなるにいたる過程では種常に非がないとはいえないと思う。結果として自滅して果てたともいえると、一勝のなかで納得させてきた。
だが、このごろ思うのは、神戸家の家老として、神戸家のために、神戸家を第一に思って頑張ってきた亀若兄の姿は、いま福島家第一の奉公につとめる自分と重なるものがある。なるほど亀若兄は、神戸家に殉じるべくして殉じたのだな、と納得できなくもない。神戸家を思うあまりにその過程で亀若兄と千手兄(次兄正国)との間に齟齬ができたのではないか。種常の神戸第一の姿勢はともすれば、山路家をお家のお取り潰しという危険に陥れるものでもあった。それをおそれて正国は手を打ったのではないか。
次兄の正国は、一勝たちの実母である扇の方や、正国の妻や子を磔というむごい死にかたに追いやり、また自分(一勝)の先妻と子も、正国の裏切り劇のなかのごたごたのなかで失った。
また、山路家を守るためとはいえ、兄種常を売っておのれの保身をはかるような卑怯な態度など、ほんとうに憎く思う部分は少なくない。
しかし、それは山路将監という男の、立身のための足搔きだったのか、と思うような気もする。
一勝も、後妻の千代との間にもうけた家庭や、城持ちになったのちに家臣たちを多くもてたという、自己の立身の果てを見たとき、それを獲得したいと奔走した千手兄の思いは、ないがしろにできないな、と思う。
しかし、この年齢になるまで、二人の兄を否定して生きてきた自分が、結果的には、かれらの生きざまを肯定する立場になるとは思いもよらなかった。
自分も年齢をとったのだ――と、一勝は思う。
ある日、気分の良いとき、ちょうど見舞いに来てくれた主人の正則に、この話をすると、正則は、
「そなたの兄たちの御霊が、お主の立身を支えてくださったのだ。夢、おろそかにするでないぞ」
といった。
一勝も、もっともなことだと思った。
また正則は、つぎの言葉も言って一勝を励ました。
「まだお主が死ぬには早いぞ。福島家の今後を見てもらわねばならぬ」
あたたかい主人の言葉に、一勝の目尻からしずくが流れた。
一勝は、千代という、良き妻に恵まれ、長男勝行、次男勝在という、子にも恵まれ、福島家の家老になり、五品嶽城の城主にもなった。国持大名になれた、それは大いなる出世の終点である。
なるほど、満足できる一生であった。
また、ふたりの兄たちと違って、畳の上で死ねる自分の果報に満足した。
一勝は、主人正則、同朋の福島家の家人たち、妻、子、孫に見守られながら、大往生を遂げた。
元和五年一月二十五日。長尾隼人正一勝、没。
享年七十と史書はいう。
がむしゃら三兄弟・完
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