がむしゃら三兄弟 第三部・長尾隼人正一勝編

林 本丸

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第四章 関ヶ原合戦

関ヶ原合戦、決着

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 兵と兵がぶつかり、混戦のなかにあった戦場で、一軍を率いていたスガ目は、自身がひきいてきた兵らを引き連れて、石田三成いしだみつなりの陣へ、突撃をしようとしていた。
 それを見咎みとがめた一勝かずかつは、馬をスガ目の横に寄せて呼ばわった。
正家まさいえどの、なにをなさるか」
「戦いは均衡きんこうしておる。今、治部じぶ(石田三成)の陣を襲えば、わが軍が立て直せる」
「そのような寡兵かへいで石田隊を襲うなど、犬死にするようなものでござる。やめなされ」
「ええぃ、止めるな。わしは行く!」
 スガ目は、馬腹うまばらった。
 ヒン、とかるくいなないて馬はけた。
「あっ、待たれよ」
 一勝も馬を走らせ、スガ目の後を追った。
 一勝はすぐスガ目に追いついた。
 スガ目は明石全登あかしたけのりに通せんぼされていた。
「ちっ、厄介やっかいな奴につかまったわい」
 スガ目は、明石相手では勝ち目はうすいと思いつつもやりをふるった。
 明石はスガ目の鑓をいなし、スガ目の馬の腹に自身の鑓を突き立てた。
 馬は苦悶くもん竿立さおだちとなり、スガ目は地上に落ちた。
「あとは、お前たちで仕留しとめよ」
 明石はスガ目にとどめはささず、徒立かちだちの足軽たちに恩賞首おんしょうくびれ、とゆずった。
「正家どの!」
 追いついた一勝が、スガ目に群がる宇喜多うきたの足軽たちを次々にぐと、蜘蛛くもの子を散らすようにスガ目の周辺の敵兵は散った。
「さ、わが馬に乗りなされ」
 一勝は手をさし出した。
 スガ目は、その片目でじっと一勝を見、
「なぜおれを助ける。おれが死んだら、お前の兄殺しの秘密を知る者は誰もいなくなる。ならば、おぬしの望みが叶うというものではないか」
いのち軽重けいちょうはない」
 一勝はきっぱりといった。
「では、なぜあのとき、兄を殺した」
「あの場面では、兄は死ぬべき人だった、とのみ言っておこう。それ以上の説明はできない」
「ふっ」
 スガ目は笑った。
矛盾むじゅんの多い奴だ」
 言いつつ、手をさし出した。
 一勝はその手を引き取り、馬のしりえあたりにスガ目を乗せた。
「礼は言おう、一勝」
 前を向いたまま、一勝は、おっ、という表情を作った。ややとまどいも覚えたが、気持ちは冷静であった。
「そのおことば、ありがたく受けましょう」
「ふっ」スガ目は、また微笑わらった。

 一勝とスガ目は、戦線を離脱したが、福島隊はなりふり構わぬ大将正則まさのり突出とっしゅつに率いられ、やがて押し気味となり、ついに、宇喜多隊も気をまれ、最初期こそ宇喜多軍が押していたが、やがては福島隊に押し切られ、撃退された。
 しかしこれは一部隊の勝ち負けであって、関ヶ原全体でみれば、小早川秀秋こばやかわひであきの裏切りがすべてであった。
 歴史学者の白峰旬しらみねじゅん氏の研究によれば、関ヶ原合戦は一次史料によれば、小早川秀秋が開戦後すぐ裏切り、西軍と呼ばれた上方軍は、戦端が開かれると間もなく敗れたという。
 我々がよく知る関ヶ原の筋書きは、のちに家康称讃しょうさんのために書かれた物語なのだという。
 通説が正しいか、新説が本質なのか、それは読者諸氏の判断におまかせする。
 しかし、小早川秀秋が西軍を裏切った事実はまぎれもない。小早川隊は、それを牽制けんせいするために置かれた大谷刑部おおたにぎょうぶ隊をのみ込んだ。
 大谷隊は兵数で小早川隊に劣っており、とても支えきれるものではなかった。大谷隊の潰乱かいらんまで、さほどの時間はかからなかった。
 小早川秀秋の裏切りは、そのまま勝利を関東軍に引き寄せた。
「小早川裏切る――」の報は、またたく間に関ヶ原をかけめぐり、小西行長こにしゆきなが宇喜多うきた秀家ひでいえの軍は、兵らが臆病風おくびょうかぜに吹かれて、軍としてのかたちを支えきれなくなり、潰乱した。
 最初期に獅子しし奮迅ふんじんの活躍を見せた三成隊も、嶋左近しまさこんが討たれると、士気が萎え、さらに小早川の裏切りの報で、潰乱のきざしを見せた。
 三成は、本陣で指揮をとっていたが、味方の敗勢はいせいたりにし、身ひとつで撤退てったいした。
 あとには、有名な島津しまづ勢の退ぐち戦(退却戦)が展開され、いっとき関東軍も混乱したが、大勢には影響はなかった。島津隊は戦うことではなく、逃げることに集中していたからである。
 戦い終って、家康は藤川台ふじかわだいあたりに本陣を置いた。この藤川台は大谷吉継おおたによしつぐ刑部ぎょうぶ)が本陣を置いたところに位置し、令和の現在では平塚為広ひらつかためひろが立っている。
 家康は、戦いが終わってもかぶとを脱がず、逆に兜の緒を締めなおして、有名な「勝って兜のを締めよ」の逸話いつわ体現たいげんした。
 これには、その場にいあわせた諸将は、みな大いに感激して、感に打たれたという。
 しかし、これは徳川史観とくがわしかんに裏打ちされた作り話しゅうがふんぷんとする。
 ともあれ、その場で、首実検くびじっけんが行われたのち、家康は諸将の労苦をねぎらって、その奮闘に報いた。
 本多忠勝ほんだただかつが家康にかわってその言葉を伝えた。
 まずはじめに、黒田長政くろだながまさ賞賜しょうしに預かった。これは、かれが中心となって小早川秀秋の裏切り工作に関わっていたため、勲功くんこう第一と見なされたことによる。
 つぎに福島正則ふくしままさのりが呼ばれた。
「本日の大功たいこう左衛門大夫さえもんたいふとその配下の将兵、いずれもその働き、万民ばんみんおどろかしぬ」
 と、最大級の賛辞さんじを送られた。
 正則は、家康のこの言葉に対して、言葉を伝えた本多忠勝を褒めた。
「本多殿の鑓働やりばたらきには、ほとほと頭が下がり申す」
 すると忠勝は、「あまりに敵が弱くて、歯ごたえがござらなんだ」と、白い歯を見せた。
 家康も、この光景に一枚みたくなったのか、めずらしく言葉を継いで、
中務なかつかさ忠勝ただかつ)の大言たいげんは、今に始まったことではないからなあ」
 と言って笑うと、忠勝は、
大言たいげんにあらず、本心ほんしんでござる」
 とむくれた。
 これには正則も上機嫌じょうきげんで笑った。

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