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第四章 関ヶ原合戦
関ヶ原合戦、決着
しおりを挟む兵と兵がぶつかり、混戦のなかにあった戦場で、一軍を率いていたスガ目は、自身がひきいてきた兵らを引き連れて、石田三成の陣へ、突撃をしようとしていた。
それを見咎めた一勝は、馬をスガ目の横に寄せて呼ばわった。
「正家どの、なにをなさるか」
「戦いは均衡しておる。今、治部(石田三成)の陣を襲えば、わが軍が立て直せる」
「そのような寡兵で石田隊を襲うなど、犬死にするようなものでござる。やめなされ」
「ええぃ、止めるな。わしは行く!」
スガ目は、馬腹を蹴った。
ヒン、とかるくいなないて馬は駈けた。
「あっ、待たれよ」
一勝も馬を走らせ、スガ目の後を追った。
一勝はすぐスガ目に追いついた。
スガ目は明石全登に通せんぼされていた。
「ちっ、厄介な奴につかまったわい」
スガ目は、明石相手では勝ち目はうすいと思いつつも鑓をふるった。
明石はスガ目の鑓をいなし、スガ目の馬の腹に自身の鑓を突き立てた。
馬は苦悶で竿立ちとなり、スガ目は地上に落ちた。
「あとは、お前たちで仕留めよ」
明石はスガ目に止めはささず、徒立の足軽たちに恩賞首を獲れ、とゆずった。
「正家どの!」
追いついた一勝が、スガ目に群がる宇喜多の足軽たちを次々に鑓で薙ぐと、蜘蛛の子を散らすようにスガ目の周辺の敵兵は散った。
「さ、わが馬に乗りなされ」
一勝は手をさし出した。
スガ目は、その片目でじっと一勝を見、
「なぜおれを助ける。おれが死んだら、お前の兄殺しの秘密を知る者は誰もいなくなる。ならば、おぬしの望みが叶うというものではないか」
「命に軽重はない」
一勝はきっぱりといった。
「では、なぜあのとき、兄を殺した」
「あの場面では、兄は死ぬべき人だった、とのみ言っておこう。それ以上の説明はできない」
「ふっ」
スガ目は笑った。
「矛盾の多い奴だ」
言いつつ、手をさし出した。
一勝はその手を引き取り、馬の尻えあたりにスガ目を乗せた。
「礼は言おう、長尾一勝」
前を向いたまま、一勝は、おっ、という表情を作った。ややとまどいも覚えたが、気持ちは冷静であった。
「そのおことば、ありがたく受けましょう」
「ふっ」スガ目は、また微笑った。
一勝とスガ目は、戦線を離脱したが、福島隊はなりふり構わぬ大将正則の突出に率いられ、やがて押し気味となり、ついに、宇喜多隊も気を呑まれ、最初期こそ宇喜多軍が押していたが、やがては福島隊に押し切られ、撃退された。
しかしこれは一部隊の勝ち負けであって、関ヶ原全体でみれば、小早川秀秋の裏切りがすべてであった。
歴史学者の白峰旬氏の研究によれば、関ヶ原合戦は一次史料によれば、小早川秀秋が開戦後すぐ裏切り、西軍と呼ばれた上方軍は、戦端が開かれると間もなく敗れたという。
我々がよく知る関ヶ原の筋書きは、のちに家康称讃のために書かれた物語なのだという。
通説が正しいか、新説が本質なのか、それは読者諸氏の判断におまかせする。
しかし、小早川秀秋が西軍を裏切った事実はまぎれもない。小早川隊は、それを牽制するために置かれた大谷刑部隊をのみ込んだ。
大谷隊は兵数で小早川隊に劣っており、とても支えきれるものではなかった。大谷隊の潰乱まで、さほどの時間はかからなかった。
小早川秀秋の裏切りは、そのまま勝利を関東軍に引き寄せた。
「小早川裏切る――」の報は、またたく間に関ヶ原をかけめぐり、小西行長、宇喜多秀家の軍は、兵らが臆病風に吹かれて、軍としてのかたちを支えきれなくなり、潰乱した。
最初期に獅子奮迅の活躍を見せた三成隊も、嶋左近が討たれると、士気が萎え、さらに小早川の裏切りの報で、潰乱の兆しを見せた。
三成は、本陣で指揮をとっていたが、味方の敗勢を目の当たりにし、身ひとつで撤退した。
あとには、有名な島津勢の退き口戦(退却戦)が展開され、いっとき関東軍も混乱したが、大勢には影響はなかった。島津隊は戦うことではなく、逃げることに集中していたからである。
戦い終って、家康は藤川台あたりに本陣を置いた。この藤川台は大谷吉継(刑部)が本陣を置いたところに位置し、令和の現在では平塚為広の碑が立っている。
家康は、戦いが終わっても兜を脱がず、逆に兜の緒を締めなおして、有名な「勝って兜の緒を締めよ」の逸話を体現した。
これには、その場にいあわせた諸将は、みな大いに感激して、感に打たれたという。
しかし、これは徳川史観に裏打ちされた作り話臭がふんぷんとする。
ともあれ、その場で、首実検が行われたのち、家康は諸将の労苦をねぎらって、その奮闘に報いた。
本多忠勝が家康にかわってその言葉を伝えた。
まずはじめに、黒田長政が賞賜に預かった。これは、かれが中心となって小早川秀秋の裏切り工作に関わっていたため、勲功第一と見なされたことによる。
つぎに福島正則が呼ばれた。
「本日の大功、左衛門大夫とその配下の将兵、いずれもその働き、万民の目を驚かしぬ」
と、最大級の賛辞を送られた。
正則は、家康のこの言葉に対して、言葉を伝えた本多忠勝を褒めた。
「本多殿の鑓働きには、ほとほと頭が下がり申す」
すると忠勝は、「あまりに敵が弱くて、歯ごたえがござらなんだ」と、白い歯を見せた。
家康も、この光景に一枚嚙みたくなったのか、めずらしく言葉を継いで、
「中務(忠勝)の大言は、今に始まったことではないからなあ」
と言って笑うと、忠勝は、
「大言にあらず、本心でござる」
とむくれた。
これには正則も上機嫌で笑った。
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