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第四章 関ヶ原合戦

関ヶ原開戦

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 石田三成いしだみつなりは、雨よけのみのを着、蓑笠みのがさをかぶって馬上の人であった。
 隣には、三成が大禄たいろくをはたいて仕官しかんを要請したという嶋左近しまさこんの顔がある。
殿との、随分予定と狂ってしまいましたな」
 濡れそぼる雨を顔に受け、それをぬぐうでもなく、濡れっぱなしになっている三成だ。
左様さようさな。はじめは尾張おわり三河みかわの境界線ぐらいに防衛線を張るつもりであったが、近江おうみ京極高次きょうごくたかつぐに足止めを喰らってしまったうえに、江戸に同心どうしんする者どもが、ずいぶんとはやい動きをみせて、岐阜城ぎふじょうを落してしまった。まったく予想どおりに事は運ばぬというしき例じゃな」
 しかし、何事にもそつの無い石田三成ゆえ、戦場の構築という点では抜かりがなかった。ともかく、小早川秀秋こばやかわひであき向背こうはいは定まらぬが、上方軍の一員でいてくれるという予断をもっていわゆる鶴翼かくよくの陣を布いた。
 対する関東軍(東軍)は魚鱗ぎょりんの陣で、どうみても上方軍(西軍)に分があった。

 家康に事の次第を告げた一勝かずかつ正則まさのりの陣に帰って来ると、陣中が騒がしかった。
「何事が起きているのか」
 一勝が問うと、兵のひとりが、
「今日は悪日あくびだそうで」
「なに? 悪日?」
 どの戦国大名も、いくさの前に占いをする。そのときのをもって、戦うべきか方針を決めるのだが、今回の占いでは、今日が出勢しゅっせいには悪日なので、取り止めよ、ということらしい。
 占い師はいう。
「占いの趣きは、本日、いくさに出たならば、ふたたび国に戻ることかなわじ」
 正則も顔色がない。占いがこう出ると、仮に無理にいくさに出ても、兵たちの士気しきが保てない。とても戦場でたたかうどころではなくなってしまう。
 すると、一勝が前に出て声を張った。
「いやいや、これは大吉日だいきちじつにてそうろう。思ってもみよ、みなの者。われらはいまから天下を分ける大いくさに行く。我らがあるじ左衛門大夫さえもんだいぶさま(福島正則ふくしままさのり)は、それはそれは大活躍されるであろう。さすれば、われらがあるじ大国たいこくふうぜられることになる。つまり、もとの国に帰ることは叶わないという事じゃ。ああ、これ、大吉日だいきちじつにて、そうらわんや?」
 屁理屈へりくつである。道理どおりのとおった屁理屈なのである。これに正則も乗った。
「みなのしゅう勘兵衛かんべえの説はなるほどもっともなり。だとすれば、これから我らのすることは、戦場で、敵の首をいくつ奪ってくるかということだ。さあ、ときをあげよ! われらが向かうは恩賞おんしょうの場ぞ!」
「おぉーっ!」
 あたりの雰囲気は一変した。兵らは皆々、やってやるぞ、と勇舞ゆうぶした。
 福島軍は先陣の任を負っている。急いで戦場に向かわねばならない。
 日付は変わって九月十五日の未明――。
 雨は止んだ。
 しかし、あたり一面に霧がかかり、前方は確認ができない。
 福島隊は、それ以前の軍議ぐんぎの席で、先鋒せんぽうを任されていた。
 侍の世界では、先陣を切ることを無上の誉れとしてる。しかし、ここで有名な井伊の抜け駈けがなされるのだが、井伊いい直政なおまさ婿むこ松平忠吉まつだいらただよし巡検じゅんけんであるといつわって、先陣を切ったため、連れてきた兵数は圧倒的に少なかった。ために、功名話としてはたしかに井伊直政と松平忠吉が霧のなか先陣を切ったと言われるが、実際のたたかいの主戦は、関東軍では福島隊、上方軍では宇喜多隊うきたたい衝突しょうとつこそが真なる先陣であった。
 まだ霧の濃いなか、福島隊と宇喜多隊は、鉄炮てっぽうの撃ち合いをして、相手との距離を測った。
 また鉄炮に続いて、弓から放たれた矢が双方を行き来した。
 やがて、そうこうしているうち、霧も晴れてきた。
 上方軍の主力の宇喜多隊の隊長は、明石全登あかしたけのりといって、世にきこえたごうものであった。
 明石の奮戦で、福島隊は大いに兵を損じた。
 そして、霧が晴れてきたことで、自軍と敵軍との兵数も明らかとなった。
 福島軍の損害は正則の思う以上に大きく、福島軍が潰乱かいらんするのではないかというほど甚大じんだいなものであった。
 そのとき、福島正則は怒髪どはつを逆立てて、陣頭じんとうに立ち、兵らに対して、
退く者は、このわしがる」
 と、怒号一声どごういっせい呼ばわったので、兵らも落ち着きを取り戻して、全壊ぜんかい回避かいひされた。
 その一喝いっかつで、なによりも「将ら」が落ち着きを取り戻したのであった。将士のなかの一人である長尾一勝ながおかずかつも正則の例にならって、兵らを叱咤しったし、兵らもよくその叱咤に応えて奮闘ふんとうした。

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