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第二章 大怪我を負う
一勝、意識を取り戻す
しおりを挟む秀吉は四月に入り、韮山城を調略で落とそうと考えるにいたり、四月五日、織田信雄、織田信包、蒲生氏郷、長岡(細川)忠興の四将は小田原軍に合流させ、蜂須賀家政、福島正則ら、そのほかの諸将は、韮山にとどめて、前野長泰を駿府より合流させて、韮山城の援路を断たせ、周囲を固めた。
六月に入ると、秀吉は韮山城将の北条氏規と昵懇の徳川家康をつかって「すみやかに開城して宗家のために講和を図るべし」と説かせた。
これには氏規も考えるところがあったようで、韮山城の開城を決意し、六月二十四日に家康の小田原の陣営に赴いた。
ここに韮山城は陥ちたのであった。
七月三日になって秀吉は韮山を攻囲していた諸隊を小田原に収めたが、福島正則は断って長窪に行くことを請い、認められた。
正則は一勝が気になっていた。
(あれだけの傷を顔にうけては……)
万一のことも考えながら、長窪に向かった。
正則を、一勝の妻の千代が出迎えた。
「勘兵衛の様子はいかがじゃ?」
「熱は下がりましたが、相変わらず意識が戻りませぬ」
千代は涙も見せず、気丈に振る舞った。
「うむ。見舞っていこう」
眼と口の端の部分を抜かして、包帯で頭をぐるぐる巻きにされている一勝は、意識なく眠っている。
「口に傷を負っているので、なかなか食べ物を受け付けず、瘦せ衰えるばかりにございます……」
千代ははじめて眼をうるませた。
正則はじっと一勝を見つめていたが、
「大事ない。剛毅な男だ」
と、言って、千代を励ました。
「はい」
千代を励まして、病床を去ろうと正則がしたとき、
そのときである――。
「と……と、の」
何と三ヶ月ぶりに一勝は意識を取り戻したのであった。
「おお! 勘兵衛! きづいたか!」
正則の喜びは一通りでなかった。
「あなたさま、よくぞ!」
千代の顔にも笑みが戻った。
正則は一勝の右手を両手で包むように握って言った。
「勘兵衛、あのな。徳川様が、お主のことを聞き知られてな、『この隼人は士の中の士である』と仰しゃられて、わしをはげまして下さったのよ。お主にも伝えておこう」
包帯が巻かれていない一勝の目の端から涙がこぼれた。
「勘兵衛、早う元気になれ。わしも待っておる。小田原はもう落ちた。いくさも仕舞いじゃ」
こくりと一勝はうなずいた。
場を去るとき、正則は千代に言った。
「意識が戻れば、とりあえず、大事はすぎた。口の傷が治れば、飯も食べられよう。次に見舞いに来るときは、勘兵衛の元気な姿がみられると信じておるぞ」
「お殿様。ありがとう存じます。ありがとう存じます」
「うむ、そなたも看病で疲れておろう。時を見つけて休まれるが良い」
「お殿様……」
正則の気遣いに、千代は目頭が熱くなった。
天正十八年(一五九〇)七月五日、北条家家督の五代北条氏直は降参し、小田原城は落ちた。
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