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第二章 大怪我を負う

北条攻め──韮山城を攻める

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 秀吉の天下統一事業は、今や達せられた。
 関東かんとう北条ほうじょう奥州おうしゅうは、完全に掌握しょうあくしたわけではないが、秀吉は、関白かんぱくという立場の優越ゆうえつでもって、北条に対して「関東惣無事令かんとうそうぶじれい」を発した。関東において、いくさをしてはならぬという命令である。当然こうした命令をくだす秀吉は、関白という権威のみならず、その命令を担保する強大な兵力を有している。
 北条とてそれは重々承知している。秀吉の威光いこうを、その出生しゅっしょう下賤げせんであるということをはらのうちで笑いつつも、かしこみけねばならなかった。
 北条は初代伊勢いせ新九郎しんくろう(通称北条ほうじょう早雲そううん)から百年のあいだ関東にあってその土地を守ってきた。当然この土地を失いたくはなかったはずである。
 しかし、北条氏は、真田氏さなだしとのあいだで領地争りょうちあらそいを起こし、心ならずも秀吉が発した「関東惣無事令」を破る結果となった。
 北条氏にはおおいに悔恨かいこんがあったはずである。
 それは秀吉が関東への出陣を決めたことで、北条家の関東における領国支配権りょうごくしはいけん剝奪はくだつされるという恐怖をもともなっている。しかし、北条氏側の思惑おもわく如何いかんを問わず、関白の命令をきかなかったとして、豊臣秀吉とよとみひでよしは兵をもよおした。

 天正てんしょう十七年(一五八九)十一月、秀吉は諸大名に小田原おだわらへの出陣命令を出した。
 翌天正十八年二月、ついに小田原征伐の開始である。関東の北条氏を担当していた徳川家康とくがわいえやすを筆頭に、全国各地の大名が出陣した。もちろん福島正則ふくしままさのりとその家臣である長尾一勝ながおかずかつも出陣した。
 三月、秀吉は自身の旗本はたもとをひきいて京都を出陣し、二十八日に秀吉は伊豆いず長窪ながくぼで各大名の持ち場をつたえた。
 これにより、福島正則は織田おだ信雄のぶかつを大将とする伊豆方面軍、具体的には伊豆いず韮山城にらやまじょう攻めの中央軍ちゅうおうぐんに組み込まれた。旧陸軍参謀本部きゅうりくぐんさんぼうほんぶ編纂へんさんした『小田原戦史おだわらせんし』によれば、このときの韮山城攻撃軍の陣立じんだては以下の通りだった。


韮山城攻撃軍 陣立


     │織田信包   三千二百人│ 
右備 │蒲生氏郷   四千人      │   計 八千四百人 
     │稲葉貞通   千二百人   │ 

     │筒井定次   千五百人   │ 
     │生駒親正   二千二百人│ 
中備 │蜂須賀家政  二千五百人│ 計 九千七百人  
     │福島正則   千八百人   │ 
     │戸田勝隆   千七百人   │ 

     │長岡忠興   二千七百人│ 
     │森忠政    二千一百人│ 
左備 │中川秀政   二千人      │ 計 九千人     
     │山崎片家                       │ 
     │    等  二千二百人│ 
     │岡本良勝                   

旗本  織田信雄   一万七千人

      合計     四万四千一百人
                                                                以上


 織田信雄は三月初旬に三島みしま以南の地にすでに移っており、二十八日に韮山城にらやまじょう攻撃の命を秀吉より受けて、翌二十九日払暁ふつぎょう麾下きかの兵をれいしてこれに向かった。


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