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第一章 長尾勘兵衛一勝となる
山路勘兵衛一勝となる
しおりを挟む戦場で八面六臂の活躍をしめした福島正則は、自陣に戻ってきた。そのすがたは、敵兵の返り血を全身に浴びて、赤黒かった。
戦場である、汚れを落とすこともせず、正則は「あやしい奴を捕まえた」という報告をうけたので、それを引見することにした。
そして正則のまえに虜囚として引きだされた一勝だった。
正則は、洗革を黒糸で縅した小具足に、熊毛を植えた丸みのある頭形の兜をかぶっていた。
「名を名乗られたい」
正則は促した。
「山路久之丞一勝でござる」
ふとい正則の眉根がつり上がった。
「山路……そなた、との(秀吉)を裏切った山路将監の一族か?」
「山路将監は我が兄でござる」
正則は眉を寄せてけわしい表情になった。
「裏切り者の弟とな……。されば、そなたも裏切者か?」
一勝は背をえび反らせて必死に訴えた。
「拙者と山路正国とは絶縁いたしました。あのような男の血縁とは思われたくない!」
一勝の迫真に、ことばを信じた正則ではあったが……、
「たとい、お気持ちのうえで将監から離反されようとも、貴殿には、かの者と同じ血が流れておることは否定できぬ。わしはそなたを受け入れられぬ」
正則は、きびしく一勝を責め、
「裏切り者の弟などという輩は、生かしておいても益はない。すぐ首切らん」
正則が断罪すると、枯れた――人によっては年老いた声とおもわせる――そんな笑い声が聞こえた。
「ホッホッホ。市松よ。そう人の縁を軽んずるべからず、じゃぞ」
鬚に白毛の交じった壮年の武者が笑ってやってきた。
「父上」
正則は壮年の男を「父」と呼んだ。そう、かれこそ正則の実父の福島正信なのである。
「そこなる山路久之丞どの、なかなかの面魂よ。生かしてつかえば、ゆくゆくは我が福島家の力となろう」
久之丞一勝は、正信のその言葉に食いついて、
「はい、必ずや、殿の、大殿の、力になりまする!」
正則の父の正信は、また、「ホッホッホッ」と笑い、
「山路どのは、いつまでも過去にこだわる御仁ではなさそうじゃ。よしよし、わしがそなたに良い名を与えよう。今後は「勘兵衛」を称するが良い。『山路勘兵衛一勝』を名乗られい」
「山路勘兵衛一勝――。有難き幸せ!」
正則はいまだ納得いかぬという顔で、ぷいっとそっぽを向いて言った。
「裏切者の縁者をかかえるなど……。父上も物好きな……。せいぜい父上の鑓持ちにでもおつかいなされ」
「いやいや、山路勘兵衛はお主の旗本にあずける。良きように導いてやってほしい」
「――なっ!」
正則の不満は一通りではなかった。
しかし、父の命は絶対であった。
正則は一勝の縛めを解いてやるよう、一勝の背後に立っている鑓持ちの兵に目配せして命じた。
「はっ」
兵はかるく返事して、一勝の後ろ手にしばられていた縄を解いた。
一勝は、縛めの解かれた左右の手首を、人差し指と親指でつくった輪でかるくこすりながら、縄を解かれたことに礼をいった。
「かたじけなく存じまする」
「ふん……」
正則は鼻で応えて、ぷいと後ろをむいた。
「ついてこい――」
一勝にみじかく命じた。
「はっ」
一勝もみじかく返事して、正則の背後についていった。
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