がむしゃら三兄弟 第三部・長尾隼人正一勝編

林 本丸

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第一章 長尾勘兵衛一勝となる

山路勘兵衛一勝となる

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 戦場で八面六臂はちめんろっぴの活躍をしめした福島正則ふくしままさのりは、自陣に戻ってきた。そのすがたは、敵兵の返り血を全身に浴びて、赤黒かった。
 戦場である、汚れを落とすこともせず、正則は「あやしい奴を捕まえた」という報告をうけたので、それを引見いんけんすることにした。
 そして正則のまえに虜囚りょしゅうとして引きだされた一勝かずかつだった。
 正則は、洗革あらいかわ黒糸くろいとおどした小具足こぐそくに、熊毛くまげを植えた丸みのある頭形ずなりかぶとをかぶっていた。
「名を名乗られたい」
 正則はうながした。
山路やまじ久之丞きゅうのじょう一勝かずかつでござる」
 ふとい正則の眉根まゆねがつり上がった。
「山路……そなた、との(秀吉)を裏切った山路将監やまじしょうげんの一族か?」
「山路将監は我が兄でござる」
 正則は眉を寄せてけわしい表情になった。
「裏切り者の弟とな……。されば、そなたも裏切者か?」
 一勝は背をえびらせて必死に訴えた。
拙者せっしゃ山路正国やまじまさくにとは絶縁ぜつえんいたしました。あのような男の血縁けつえんとは思われたくない!」
 一勝の迫真はくしんに、ことばを信じた正則ではあったが……、
「たとい、お気持ちのうえで将監から離反されようとも、貴殿には、かの者と同じ血が流れておることは否定できぬ。わしはそなたを受け入れられぬ」
 正則は、きびしく一勝を責め、
「裏切り者の弟などというやからは、生かしておいてもえきはない。すぐ首切くびきらん」
 正則が断罪だんざいすると、れた――人によっては年老いた声とおもわせる――そんな笑い声が聞こえた。
「ホッホッホ。市松いちまつよ。そう人のえにしかろんずるべからず、じゃぞ」
 あごひげ白毛しらげの交じった壮年そうねんの武者が笑ってやってきた。
「父上」
 正則は壮年の男を「父」と呼んだ。そう、かれこそ正則の実父の福島正信まさのぶなのである。
「そこなる山路久之丞どの、なかなかの面魂つらだましいよ。生かしてつかえば、ゆくゆくは我が福島家の力となろう」
 久之丞一勝は、正信のその言葉に食いついて、
「はい、必ずや、殿とのの、大殿おおとのの、力になりまする!」
 正則の父の正信は、また、「ホッホッホッ」と笑い、
「山路どのは、いつまでも過去むかしにこだわる御仁ごじんではなさそうじゃ。よしよし、わしがそなたに良い名を与えよう。今後は「勘兵衛かんべえ」を称するが良い。『山路やまじ勘兵衛かんべえ一勝かずかつ』を名乗られい」
「山路勘兵衛一勝――。有難ありがたき幸せ!」
 正則はいまだ納得いかぬという顔で、ぷいっとそっぽを向いて言った。
「裏切者の縁者えんじゃをかかえるなど……。父上も物好きな……。せいぜい父上の鑓持やりもちにでもおつかいなされ」
「いやいや、山路勘兵衛やまじかんべえはおぬし旗本はたもとにあずける。良きように導いてやってほしい」
「――なっ!」
 正則の不満は一通ひととおりではなかった。
 しかし、父のめいは絶対であった。
 正則は一勝のいましめをいてやるよう、一勝の背後に立っている鑓持やりもちの兵に目配せして命じた。
「はっ」
 兵はかるく返事して、一勝の後ろ手にしばられていた縄を解いた。
 一勝は、縛めの解かれた左右の手首を、人差し指と親指でつくった輪でかるくこすりながら、縄を解かれたことに礼をいった。
「かたじけなく存じまする」
「ふん……」
 正則は鼻でこたえて、ぷいと後ろをむいた。
「ついてこい――」
 一勝にみじかく命じた。
「はっ」
 一勝もみじかく返事して、正則の背後についていった。

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