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第一章 長尾勘兵衛一勝となる
福島正則との出会い
しおりを挟む足音の方角は間違っていないはずだが、もう人の気配はない。
山路久之丞一勝は、行方を失って、その場に座りこんだ。
座り込んで、思う――。
たしかに非道な兄である。山路正国という男は。
だが、一勝はこうもかんがえる。
一時の感情にまかせて殺してしまったが、自分のおこないに非はなかったのか?
一勝は立ちあがり頭をふった。
「悪は悪だ。死んで当然なのだ!」
何度もつぶやいてみるが、気持ちは晴れない。
遠くから、兵らの突貫のこえが聞こえる。だが、この谷間にはもう人影はない。
風がつよく吹いた。雲が足早に流れゆく。
サーッと細かな雨が降りそそぐ。
雨は一勝を濡らした。
雨は驟雨だった。
雨が止むと、夢遊病者のように、ふらふらと一勝は谷を登った。
クヌギの木の枝に一匹のリスがいて、その一勝を見まもっていたが、リスは新たな人の気配を感じてさっと木の洞に消えた。
一勝と入れ違いに、谷間に姿をあらわしたのは加藤虎之助清正だった。
「道に迷った……」
谷間は木々が四方に生い茂っており、人の方向感覚をうばう。
加藤虎之助も方向をうしない、また、元いたところに戻ってきた。
(あれは、死体か?)
さきほどの戦いの場所とも知らず、方向をうしなった加藤清正は、また元の場所に舞い戻ったのであった。
「やっ、山路将監。死んでいるのか?」
傷口はふかい。あたりに血溜まりができている。この出血量ならば、助かるまい。
虎之助は山路の顔をのぞきこむ。
顔色は土気色をしている。死相である。
「いったい誰が討ったのか? 首が付いておる。解せぬ」
疑問はつきなかったが、山路将監の首ならば、大手柄である。清正はちゅうちょなく、首を切り、大音声でさけんだ。
「山路将監、討ち取ったり!」
谷間から登ったあと、一体どの道をたどってきたのか。一勝には確たる記憶がないが、ふたたび賤ヶ岳合戦の戦場のただ中に迷い込んでしまったようである。気がつくと、野太い武者声が聞こえた。
「福島市松、見参! 我が鑓の錆となりたくなくば、先を開けよ!」
(福島市松とは何者?)
やや正気を取りもどした一勝は、その目を見張った。
福島市松となのる武人は、おのれの四囲の敵を鑓を振りまわして、次々と屠っていたのである。
(とんでもない武者だ……)
一勝のみるところ、福島市松なる武人は、一勝が幼き日に実母の扇の方より物語を聞いた、唐(中国)の古代史の三国志に描かれる英雄の呂布か張飛ではないかと思った。
ふたたび福島市松が鑓を右に左に薙ぐと、なんと旋風が巻きおこる。それに人が薙ぎ飛ばされていくのである。
福島市松正則の背後について手柄首の回収をしていた兵卒らが、一勝を見とがめた。
「やや、あやしげなる奴かな」
福島正則の旗本に引き渡された一勝は、完全に虜囚であった。
柴田勝家が前田利家の府中城を出たころ、山路一勝は、福島正則の陣に運ばれていくときであった。
一勝は、護送兵らのはなしで柴田勝家が敗走したと知った。
「柴田修理さまはお負けになったのか……」
柴田勝家にそれほどの感慨はもたなかったが、かれの養子の勝豊には兄の正国とともにおおいに世話になったことを思いおこす一勝だった。
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