吼えよ! 権六

林 本丸

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終章 吼えよ! 権六

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 あたりが静寂に包まれる中、低い嗚咽が広がった。
 茶々である。
 母の最期を聞き、涙が禁じえなかった。
 すすり泣く茶々は、最後に、
「母様……」
 といって、目を閉じた。

       ※      ※      ※

 利家と秀吉による物語は終わった。
 みな余韻を引きずりつつも、どこかふっきれた思いが強かった。
 そのとき、一番末席の晴隆が声をあげた。
「関白殿下にお願い申し上げます」
 秀吉をはじめ、その場にいたみなの視線が晴隆に集まった。
「それがしは自身の勝手な思い込みにより、父を貶めるばかりか、その生命いのちを奪おうとするという過ちを犯しました。その親不孝をこの場で詫びるとともに、詫びる証として腹を切りたいと思います」
 半介がぎょっとして、
「ならぬ! ならぬぞ! 晴隆!」
 そして、立ち上がり、秀吉に向かって、
「関白殿下にお願い申し上げます! 晴隆の木下家への家督相続をお認めいただき、わたくしの隠居願いをお聴き届けいただきたく存じます!」
 晴隆は半介をみた。
「父上……」
 秀吉は、半介のことばを聴き、
「うむ、晴隆。おぬしのまちがいのもとはわしのわがままから出ていることもある。よって、おぬしの切腹は認めぬ。かわってそなたの木下家の相続を認める。このさきは木下家の当主として豊臣家を盛り立ててもらいたい」
「殿下……。あ、ありがとう存じます。殿下……」
 半介が畳に伏した。
 晴隆もそれに釣られるように、畳に伏し、
御諚ごじょう、承りましてございます」
 そして、秀吉が続けたのは、
「半介、家督は晴隆に譲らせるが、そちの隠居はまだ認めぬ。わしが認めるまで、右筆を務めよ」
「ははっ」
 半介は平伏して受けた。
「はじめはどうなるか思ったけれども、丸く収まったわね」
 茶々の人ごとのような言に、半介は、
「茶々姫っっっ!」
 叫ぶ半助の様子があまりに面白かったのか、力が痛む胸をおさえつつ、笑った。

     ※      ※      ※

 この騒ぎののち、茶々は聚楽第から安威あい了佐りょうさが城主をつとめる茨木城に移っていた。

 時は流れ、翌天正十七年を迎えていた。

 五月にはいると、秀吉も茨木城を毎日訪れるようになっていた。
 そして、二十七日――。

 大野氏大蔵卿局が秀吉のもとにまろび込んできた。
「で、殿下。おめでとう存じます! 若君に存じます!」
 秀吉は大きな猿まなこを、ますます大きくさせて、
「ま! まことか! でかした、茶々!」
 秀吉は茶々のもとに走った。
 茶々は汗もしとどに、衰弱していた。
 御産がたいへんだったのであろう。
 生まれたばかりの若君は、生きている証を告げるべく、はげしく泣いてた。
「茶々どの、ようやってくれた。豊臣の若を産んでくれてありがとう」
 秀吉は何度も茶々に感謝をのべた。
 茶々はうすく笑って、
「大仰な人」
「何が大仰なものか! これは天下の僥倖ぎょうこうぞ!」

       ※      ※       ※



 関白殿下に対してかたくなだった茶々姫が、そのお心を開いたのは、まぎれもなく、関白殿下の柴田勝家どのに対するうそ偽りのないまごころを感じたからであろう。
 そしてそれが、めぐり巡って豊臣の子をす。


 人の運命はかくもはかりがたいと、史書を書くたび、いつも思うのである。
                                   』                                                                   



 ――右筆の木下半介吉隆は、末文にそう記して筆をいた。





            『吼えよ! 権六』 おわり



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