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第四章 秀吉、激怒す
御免状
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そうこう話すうち、ふたりは大物城についた。
令和の現在、大物城は別名尼崎古城とも呼ばれている。
なぜかというと、現在尼崎城と呼ばれている城は、江戸時代の初期に建てられたものであり、また大物城とは位置が異なるため、同じ尼崎にある城とはいえ、〝古城〟と呼びならわされている。
佐々成政はこの尼崎にある大物城に事実上軟禁されていた。
軟禁状態にあるため、佐々成政は外部からの接触は禁止されていたが、茶々が書状を認め、外部との接触を一時的にゆるすよう書いて半介たちに渡したのである。
そう茶々の文とは、御免状であった。
半介はさっそくその御免状を大物城の門番の兵士長にみせると、兵士長は顔色を急に変えて、もう一方の門番の兵士に、固くここを守っているよう命じると、すぐ城内に消えた。
力がいぶかって半介に問うた。
「なんかまずいことでも起こったんでしょうか?」
半介はにこにこと、
「いや、城の責任者に問い合わせに行ったのでしょう。御免状を書いたぬしがぬしだけに」
「とすると、茶々さまが書いた御免状がなければ、この城に入ることも許されないということで?」
半介はうなずいて、
「しかり」
四半刻(やく三十分)門外で待たされていたふたりの前に、兵士長に伴われて、白髪まじりの小肥りで、上下、裃袴という正装で現れた男が、この城の責任者とみられた。
男は半介たちの前で一礼すると、
「当城の城代をうけたまわっておる中島靱負と申します」
中島にならって、半介と力も自己紹介した。
中島は、念を押してきた。
「この御免状、たしかに茶々さまの手によるものでしょうな?」
力はちから強く、
「まちがいございません。浅井茶々さまの手によるもの(直筆)にございます」
中島は眉をへの字にまげて、大きくため息をついた。
「それは参りましたな……。佐々陸奥守さまにはどなたも会わせるな、と関白殿下のきついお達しです。たとえ茶々さまのご命令でも、関白殿下に背くわけにはいきませぬ」
力は拝むように、
「そこをお許しありたい」
と何度も点頭した。
中島は迷惑そうに、
「困ります。それがしが責任を取らされます」
それはそうだ――、と半介も思った。
「力どの」
――ここはあきらめて、復りましょう。
と言おうとふり返ると、力のいるその背後に、いつの間にか、風のかすみが立っていた。
服装は、いつもの忍び装束ではなく、町娘風の艶やかな小袖に腕をとおしている。
「これは、かすみ様!」
半介が驚いて声をかけると、力もふり返り、
「かすみ様、お怪我はもうおよろしいので?」
かすみは、会釈して、
「痛み入ります。まだ傷みますので跳んだりはねたりはいまだいたしかねます」
「左様で」
「ですが、あのときは本当にありがとう存じました」
屈託のない笑顔で力は礼を申しのべた。
「して、この場に何の用で?」
半介の問いは、中島も含めたこの場に居合わせたみなの総意である。
「はい、あるじからこれを城代さまにお届けするよう言づかってきました」
そう言って胸もとから、これも〝かすみのあるじ〟の書いたと思われる御免状を出してきた。
かすみはずいぶんとけわしい顔をしている。
かすみ自身はこの御免状の中身を知っていて、そのうえで、意に染まぬ使いに出された――そう半介は読み取った。
中島城代が新たな御免状に目を通して、眉根をひきつらせたあと、
「おふたかた、佐々陸奥守との面談を許す」
といって、城中に帰った。
半介と力は飛び上がらんがばかりに喜んだ。
で、かすみに感謝を述べようとすると、もうかすみは姿を消していた。
「誰なんでしょうね、かすみどのの〝あるじ〟様って」
「ふむ……」
力の問いに答えをもたぬ半介だった。
「ただ、かすみどのの出身が風魔でないことだけはたしかとなった。風魔の御免状で、佐々様との目どおりがかなうとは思えぬ」
「たしかに」
半介の推量に力も同意した。
半介と力は、中島が寄こした案内役を先導に、二の丸館の奥まった一室に通された。
その部屋は書院造りで、八畳間であった。
そこの上座に、髷を落とした老齢の男が座っている。
佐々成政だ。
「よろしくお話しをおきかせください」
半介が声をかけると、成政は、
「気がむいたら話してやる」
と、前途多難を思わせた。
ふたりは、自己紹介して、このたびの訪問の目的を話した。
「ふん、柴田権六の話など……気に染まぬ!」
「そこをなんとか」
力が懇願すると、
「お前たちは土産ももたずにこのおれにはなしだけしろというのか? 勝手が過ぎるのではないか?」
半介は茶々から、
『上等の酒を瓢に入れてもっておいきなさい』
と言い含められていたので、酒の入った瓢をうやうやしく成政に捧げた。
成政は、ニッカと笑い、
「おお、よく判っておるな! これだよこれ!」
と言って奪うように瓢を手にすると、がぶがぶと酒を胃に流し入れた。
そして飲み終えると、げっぷを吐き出しながら、満足の意を示した。
「うむ、澄み酒だったな。味も悪くなかった。上等の酒を用意してきたな。この城に押し込められてからというもの、酒を断たれてくさくさしておったところよ。よしよし、おれも気分が乗ったから、権六オヤジの話をしてやろう」
そう言って、鼻を赤らめながら、話し始めた成政だった。
そうこう話すうち、ふたりは大物城についた。
令和の現在、大物城は別名尼崎古城とも呼ばれている。
なぜかというと、現在尼崎城と呼ばれている城は、江戸時代の初期に建てられたものであり、また大物城とは位置が異なるため、同じ尼崎にある城とはいえ、〝古城〟と呼びならわされている。
佐々成政はこの尼崎にある大物城に事実上軟禁されていた。
軟禁状態にあるため、佐々成政は外部からの接触は禁止されていたが、茶々が書状を認め、外部との接触を一時的にゆるすよう書いて半介たちに渡したのである。
そう茶々の文とは、御免状であった。
半介はさっそくその御免状を大物城の門番の兵士長にみせると、兵士長は顔色を急に変えて、もう一方の門番の兵士に、固くここを守っているよう命じると、すぐ城内に消えた。
力がいぶかって半介に問うた。
「なんかまずいことでも起こったんでしょうか?」
半介はにこにこと、
「いや、城の責任者に問い合わせに行ったのでしょう。御免状を書いたぬしがぬしだけに」
「とすると、茶々さまが書いた御免状がなければ、この城に入ることも許されないということで?」
半介はうなずいて、
「しかり」
四半刻(やく三十分)門外で待たされていたふたりの前に、兵士長に伴われて、白髪まじりの小肥りで、上下、裃袴という正装で現れた男が、この城の責任者とみられた。
男は半介たちの前で一礼すると、
「当城の城代をうけたまわっておる中島靱負と申します」
中島にならって、半介と力も自己紹介した。
中島は、念を押してきた。
「この御免状、たしかに茶々さまの手によるものでしょうな?」
力はちから強く、
「まちがいございません。浅井茶々さまの手によるもの(直筆)にございます」
中島は眉をへの字にまげて、大きくため息をついた。
「それは参りましたな……。佐々陸奥守さまにはどなたも会わせるな、と関白殿下のきついお達しです。たとえ茶々さまのご命令でも、関白殿下に背くわけにはいきませぬ」
力は拝むように、
「そこをお許しありたい」
と何度も点頭した。
中島は迷惑そうに、
「困ります。それがしが責任を取らされます」
それはそうだ――、と半介も思った。
「力どの」
――ここはあきらめて、復りましょう。
と言おうとふり返ると、力のいるその背後に、いつの間にか、風のかすみが立っていた。
服装は、いつもの忍び装束ではなく、町娘風の艶やかな小袖に腕をとおしている。
「これは、かすみ様!」
半介が驚いて声をかけると、力もふり返り、
「かすみ様、お怪我はもうおよろしいので?」
かすみは、会釈して、
「痛み入ります。まだ傷みますので跳んだりはねたりはいまだいたしかねます」
「左様で」
「ですが、あのときは本当にありがとう存じました」
屈託のない笑顔で力は礼を申しのべた。
「して、この場に何の用で?」
半介の問いは、中島も含めたこの場に居合わせたみなの総意である。
「はい、あるじからこれを城代さまにお届けするよう言づかってきました」
そう言って胸もとから、これも〝かすみのあるじ〟の書いたと思われる御免状を出してきた。
かすみはずいぶんとけわしい顔をしている。
かすみ自身はこの御免状の中身を知っていて、そのうえで、意に染まぬ使いに出された――そう半介は読み取った。
中島城代が新たな御免状に目を通して、眉根をひきつらせたあと、
「おふたかた、佐々陸奥守との面談を許す」
といって、城中に帰った。
半介と力は飛び上がらんがばかりに喜んだ。
で、かすみに感謝を述べようとすると、もうかすみは姿を消していた。
「誰なんでしょうね、かすみどのの〝あるじ〟様って」
「ふむ……」
力の問いに答えをもたぬ半介だった。
「ただ、かすみどのの出身が風魔でないことだけはたしかとなった。風魔の御免状で、佐々様との目どおりがかなうとは思えぬ」
「たしかに」
半介の推量に力も同意した。
半介と力は、中島が寄こした案内役を先導に、二の丸館の奥まった一室に通された。
その部屋は書院造りで、八畳間であった。
そこの上座に、髷を落とした老齢の男が座っている。
佐々成政だ。
「よろしくお話しをおきかせください」
半介が声をかけると、成政は、
「気がむいたら話してやる」
と、前途多難を思わせた。
ふたりは、自己紹介して、このたびの訪問の目的を話した。
「ふん、柴田権六の話など……気に染まぬ!」
「そこをなんとか」
力が懇願すると、
「お前たちは土産ももたずにこのおれにはなしだけしろというのか? 勝手が過ぎるのではないか?」
半介は茶々から、
『上等の酒を瓢に入れてもっておいきなさい』
と言い含められていたので、酒の入った瓢をうやうやしく成政に捧げた。
成政は、ニッカと笑い、
「おお、よく判っておるな! これだよこれ!」
と言って奪うように瓢を手にすると、がぶがぶと酒を胃に流し入れた。
そして飲み終えると、げっぷを吐き出しながら、満足の意を示した。
「うむ、澄み酒だったな。味も悪くなかった。上等の酒を用意してきたな。この城に押し込められてからというもの、酒を断たれてくさくさしておったところよ。よしよし、おれも気分が乗ったから、権六オヤジの話をしてやろう」
そう言って、鼻を赤らめながら、話し始めた成政だった。
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