吼えよ! 権六

林 本丸

文字の大きさ
上 下
15 / 35
第三章 織田筆頭家老権六

青山宗勝ものがたる その3

しおりを挟む
                                     4

 実は気がはやって、加賀は天正八年には一揆が鎮圧されたとは話したが、越前の一揆を平定したのちも、加賀が一揆の国であったことは言わずもがなと思う。
 実は、この加賀は越中を支配していた上杉謙信の隣の国で、この上杉謙信が加賀の織田軍の活動を邪魔していたのだ。
 ……たしか……それが天正四年のころ……だったな、うん。
 記憶がもうひとつはっきりしておらぬが、まちがいあるまい。
 越後の主である上杉謙信は能登国を支配下に置くべく、二万の兵でもって侵攻した。この能登七尾城の攻防は、翌年の天正五年につづいた。
 能登は領主の畠山氏の国だったが、当主の春王丸はるおうまるが幼年であったため、家老のちょう続連つぐつら・長綱連つなつら父子が国政をみていた。
 七尾城は堅城だったため、すぐには落ちず、そうこうしているうち、関東の北条氏政うじまさが関東での動きを活発化させると、関東の諸大名や諸豪族は、関東管領である謙信に助け船を出して欲しいと願い、それを受けて謙信も能登から兵を退き、春日山城に一時撤兵した。
 これを契機として、長続連は能登の城々を回復していったため、謙信は関東ではなく能登に兵を集中することを決め、兵をすすめたため、長続連は七尾城に撤退した。
 長続連は上杉軍への対抗として、侍のみならず百姓や町人を城内に収容して、たたかっていたが、し尿処理に困り、城内各所で糞尿が放置された。ために、疫病が城内で蔓延してな、当主の春王丸までもが疫病のために病死するに至り、七尾城は内から崩壊するやにみられた。
 これに対して、長続連はかねてよりよしみを通じていた織田信長公に援軍を求めるべく、長連龍つらたつを使者として安土城に派遣すると、(信長)公とて謙信の伸張はのぞむところではなかったので、即座に援軍の派遣を決められたのだ。
 この援軍は、越前国主の柴田権六どのとその与力の府中三人衆(前田・佐々・不破)、滝川一益、関白殿下(羽柴秀吉)、丹羽長秀さまをはじめ、若狭衆による四万におよぶ大軍勢で、八月八日に能登に向け出陣した。
 ところが、織田軍到着前の九月十五日、長続連が実権を握っていることに不満をつのらせていた遊佐ゆさ続光つぐみつ温井ぬくい景隆かげたから親上杉派の畠山家臣が、上杉方に内応して謀叛をおこし、長続連をはじめとする長一族を鏖殺おうさつ(皆殺し)し、七尾城は陥落した。
 上杉方は、九月十七日、加賀と能登の間に立地している末森城を攻略し、山浦やまうら国清くにきよと斎藤朝信とものぶを配置した。
 柴田どのを大将とする織田軍は、七尾城の落城を知らぬまま兵をすすめ、梯川かけはしがわを渡河し、小松村、本折村、阿多賀、富樫を焼き討ちにした。
 ところが、この行軍の途中、常日ごろ柴田どのとそりの合わなかった関白殿下(羽柴秀吉)は、勝手に離陣して信長公の逆鱗に触れられるなど、悲喜こもごもの様相があった。
 ちなみに関白殿下がどう信長公にゆるされたかというと、なんと長浜城に帰って、毎日どんちゃん騒ぎの宴を開かれたという。
 関白殿下がおっしゃるに、内に籠もって蟄居などしていると、かえって信長公に叛逆を疑われる。むしろ、あけすけに宴など開いて、なんも考えておりませぬ、といった態度を見せるべきじゃ。さすれば上様(信長)にも赤心せきしん(まごころ)を認められよう、と。
 まこと関白殿下は、なんとも図抜けたご器量をお持ちよな。
 で、また、このような法外な手段が成功するから、「ひとたらし」などと言われておる関白殿下の面目躍如といえような。
 木下どのはどうおもわれるか?
 ふふふ、なかなか言いづらいものもあるわな。
 さて、柴田どのの話しに戻るかね。
 織田軍の接近を知った謙信は、すぐさま七尾城を出撃し、手取川付近の松任城に入城した。
 一方、柴田どのは、全軍が手取川の渡河を終えた時点で、はじめて七尾城の落城と謙信軍の松任城入城を知り、あわてて軍を返すよう命令されたのだが、その反転の途中、謙信の攻撃に遭い、千人ほどの戦死傷者を出し、さらに増水していた川を渡っていた不幸から、多数の溺死者を出す大敗だった。
 これにより、能登への織田軍の影響力は失われ、上杉軍が能登を治めることになった。
 さらに柴田どのは加賀からも兵を退き、越前に籠もった。
 このとき、柴田どのは加賀と越前の境界付近にある大聖寺城だいしょうじじょうと、その支城である御幸塚城ごこうづかじょうの普請をおこない、その配下の軍勢が入っている。
 ちなみに大聖寺城は、権六どのの甥の佐久間盛政もりまさが城主となっておるよ。

 ああ、喉が乾いた。
 喋りづめなのでね。
 ちょっと酒でのどを潤させてもらおう。
 お二方も、酒をすすまれよ。
 おっ、いい呑みっぷりだね、渡辺どの。
 木下どのは呑まないのかね?
 えっ?
 酔うと文字がゆがむ?
 ははっ、さもあらん。
 それではもうちょっと休んで、つづけるかね。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

歴史漫才~モトヤん家の変~

歴史漫才
歴史・時代
日本歴史のパロディ漫才です。モトヤ(ボケ)ソウマ(ツッコミ)の日常をお楽しみください。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

あやかし娘とはぐれ龍

五月雨輝
歴史・時代
天明八年の江戸。神田松永町の両替商「秋野屋」が盗賊に襲われた上に火をつけられて全焼した。一人娘のゆみは運良く生き残ったのだが、その時にはゆみの小さな身体には不思議な能力が備わって、いた。 一方、婿入り先から追い出され実家からも勘当されている旗本の末子、本庄龍之介は、やくざ者から追われている途中にゆみと出会う。二人は一騒動の末に仮の親子として共に過ごしながら、ゆみの家を襲った凶悪犯を追って江戸を走ることになる。 浪人男と家無し娘、二人の刃は神田、本所界隈の悪を裂き、それはやがて二人の家族へと繋がる戦いになるのだった。

富嶽を駆けよ

有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★ https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200  天保三年。  尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。  嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。  許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。  しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。  逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。  江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。

がむしゃら三兄弟  第一部・山路弾正忠種常編

林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。 非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。 第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。 戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。 (タイトルの絵はAIで作成しました)

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

処理中です...