吼えよ! 権六

林 本丸

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第三章 織田筆頭家老権六

越前に下る

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 青山宗勝あおやまむねかつから、柴田権六について、ものがたりしてもよいという返書が届いたので、さっそく、半介と力は、青山の在地、越前二万石に向けて足を進めた。
 京都から越前丸岡まで、およそ四日を見なければならない。
 また秀吉の妨害があるかと、戦々恐々のふたりだったが、行きはよいよい、案ずるより産むが易し、四日を無事踏破し、越前丸岡の城下町に入った。
 越前丸岡城は、福井平野にあり、その市街地から東に位置する小高い丘陵に築かれた平山城である。
 丸岡の城下町に入った力は、すこし肩のちからが抜けた。
「けっきょく、邪魔は、はいりませんでしたね」
「さようさね」
 半介も、すこし気がぬけた。
「こんな街中で騒ぎは起こせぬ、すぐ城に向かうとしよう」
 半介にうながされ、力もうなずいた。
「もし、そこの旅のお方はもしや、木下半介さまとお連れの渡辺力さまでは?」
 城下町から城に向かう途中、ふたりは声をかけられ、びくっ、と驚いた。
 力が腰の大刀に手をかける。
 殺気がみなぎった。
 しかし声をかけた者は、大慌てで、
「しばらく、しばらく。わたしは青山宗勝家臣、坂井備後と申します。あるじに言われておふたりをお迎えに来ました」
 力はそう聞かされて刀にかけた手をはなし、殺気をおさめた。
「……さようにござりましたか」
 半介もちからが抜けた。
 坂井備後がいうには、
「実は、故あって、あるじは『城では会えぬ。町のそば屋で待つ』とのお達しにございます」
 力は、眉尻をひくつかせ、
「それはなにゆえでしょうか」
 力のいらだちを見た備後は、
「まあ、そうした問答は、直接あるじにお訊きください。あるじの待っている店に案内いたします」
 備後に連れられて半介と力は、青山が待っているというそば屋に入った。
 店は貸し切りらしかった。
 店内はがらんとしており、ひとりの三十がらみの男性が、酒をちびりちびりやっていた。
 その男が、青山宗勝であろう。
「との、お連れしました」
 備後が男に告げる。
「備後大儀。店前で何者かの邪魔が入らぬか見張っておれ」
「御意」
 言って坂井備後は店を出た。
 半介と力は立ちつくしている。それを見かねてか、男がふたりに席を与えた。
「まあ、座られよ。無礼講である」
「ありがとう存じます」
 ふたり声を合わせて、席についた。
「女将(おかみ)、酒をふたりにも」
「あい!」
 と小気味いい返事が返って来る。
 女将と呼ばれた女が徳利ふたつとおちょこふたつをそれぞれ半介と力の前に出すと、女将の女は裏へ下がった。
「まず一献」
 男が酒の満たされた徳利の口をもって半介にうながした。
 半介も、
「ありがたく」
 と受けた。
 ぐっ、と飲み干した。
「おお、いい呑みっぷりだね」
 男は喜んだ。
「つぎに」、たしか――渡辺力どのだったかな? さあ一献」
「痛み入ります」
 力も呑んだ。
 半介は男がまだ「殿」と呼ばれたのみで、自己紹介もまだなので、人物が特定できていないことを率直に「男」に告げた。
 男は笑って、
「この越前の地で『との』と呼ばれるのは、『青山宗勝』のみよ。それで名乗りはよいかね?」
 青山のぶっきらぼうな自己紹介をふたりも受け入れるよりほかなかった。
 力は青山の態度に腹立たしさも覚えたが、半介の方は、さほど気にしている風もなかった。
 半介は手もとの猪口を空けると、青山に徳利を向けて、
「青山さまも」
 酒の満たされた徳利をもって、青山宗勝の猪口に酒をそそいだ。
「すまぬな」
 青山もすぐ猪口を空けた。

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