がむしゃら三兄弟  第二部・山路将監正国編

林 本丸

文字の大きさ
上 下
29 / 30
第五章 山路将監正国の最期

気が済んだか

しおりを挟む
 我々は再び視線を賤ヶ岳しずがたけの戦いの最中さなかにもどす。
 ここに賤ヶ岳七本鑓しずがたけしちほんやりのもう一人を紹介する。
 加藤虎之助清正かとうとらのすけきよまさである――。
 身長は六尺六寸(およそ二メートル)という大男で、虎之助の母が秀吉の母の大政所おおまんどころ従妹いとこというえんで、幼い頃から秀吉とその妻のおね(のちの北政所きたのまんどころ)の世話を受け、秀吉夫妻の子ども同然に育てられた。清正の元服げんぷくのときの烏帽子親えぼしおやは秀吉という、まさしく子飼こがいの武将である。
 賤ヶ岳の戦いのときも、清正は長烏帽子形ながえぼしなりかぶとをかぶり、当世具足とうせいぐそくに身を固め、長大なやりをひっさげて戦場をけた。
 もはや軍隊の形状を失った佐久間さくま盛政もりまさ隊の将卒しょうそつらは、さんみだして逃げまどっていた。
 その兵らを叱咤しったしてまとめようとしていたのが山路正国やまじまさくにで、かれは自身の馬のくらに四つの兜首かぶとくびをひっさげて、おのれの力を誇示していた。
 一方でこちらもよき将首しょうくびを探していた加藤清正。山路正国を認めて駈け寄った。
「やいやい、我こそは羽柴筑前守はしばちくぜんのかみ(秀吉)の組下くみしたにこの人ありと怖れられし加藤虎之助である。命が惜しくなくば、我が鑓のさびとなれ」
 正国まさくに口辺こうへんに笑みを浮かべておめいた。
「ようよう、良き武者かな。加藤虎之助とな? 名は知らぬが、ひとかたの大将とお見受けする。この山路やまじ将監しょうげん正国まさくに、お相手いたす」
「おう、お主が噂の裏切者の山路将監。ここであったがお主の不幸。裏切り首、我が手に渡せ」
「言わせておけば!」
 イラッとして正国は、短い馬上鑓ばじょうやりをしごいて突きかかった。
 身を当世具足で固めた清正だが、その重厚長大じゅうこうちょうだいな身体のどこにその俊敏しゅんびんがあるかというほど、軽やかな動きでよけた。
「なるほど、これほどなじんに会えたが我が幸福。我が手柄となれ」
 正国は久しぶりの好敵手こうてきしゅに、笑みが絶えなかった。
 徒立かちだちの清正は長大な鑓を、天から叩きつけるように、正国の頭上から叩き伏せた。
「なんの」
 これまた正国も、馬を自在じざいに乗りこなして、清正の打撃を軽やかに避け、清正は空振りの反動で、よろめいた。
 そのすきを見逃さなかった正国は、「やっ」と馬をおり、鎧通よろいどおしを抜いて、清正の脇を襲おうとした。そのとき――。
「兄者!」
 叫ぶ者がいる。声の方を正国が見やると、かれとたもとを分かった弟の久之丞きゅうのじょう一勝かずかつだった。
「久之丞ではないか!」
 木々の狭間はざまで立ちつくす一勝。
 それをみて呆気あっけにとられる正国。
 ここが逆襲の時と思い至った清正。
 時が止まったかのような、三者三様の一瞬のとき――。
 これを一番はじめにやぶったのは加藤清正だった。清正も鎧通しを抜いて、正国の足の甲に刺した。
「あっ、つうっ!」
 足を押さえてころがる正国、「ここでとどめ!」と打刀うちがたなを抜いた清正。
「兄者、危ない!」
 石ころを清正に投げつける久之丞。
 それをよける清正。だが、その刹那せつなりょうかいなで、清正の両脚をすくった正国。
 正国と清正、二人とも地に倒れ、もつれからみ合い、両者は深い谷間に転がり落ちた。
 二人が落ちた谷底をのぞきこむ一勝。
「大丈夫か? 兄者ぁー」
 だが二人の激しい息づかいは聞こえても、その姿を認めることはできない。
 一勝は目をらした。
 ときおり、刀が陽にひらめいて、きらきらと一勝の目に入ってくる。
「兄者を助けねば」
 とっさに崖を駈け下った。
 あたりに羽柴軍も柴田軍の残存兵ざんぞんへいも双方の兵らの姿はない。崖下はまったくの戦場外であった。
 一勝が、耳をすませていると、激しい剣戟けんげきの音が聞こえる。
 下手な者どうしの戦いではないことは、一勝自身が腕に覚えがあるので、理解できた。
(なかなかの使い手同士の戦いとみた)
 下手な者どうしは、剣を振り合ってめちゃめちゃな破調はちょうをもよおすが、使い手同士の剣戟は、音が同調どうちょうし、よろしき音調おんちょうがある。
「兄者たちであろう」
 音のする方へ近寄ると、やり合う者どうしの言葉も聞こえるほどになった。
「おう、裏切者の山路将監。裏切り首、早や、我が手に渡せ」
「言わせておけば、背ばかりが大きいなりの小僧武者こぞうむしゃが!」
(間違いない。あの声は、兄者!)
 一勝が正国の姿を認めると、正国は、脇差わきざしで清正を襲っていた。
 清正もそれを察して、さっと身をかわす。
 正国は足の痛みも忘れている。必死の攻防戦だが、清正の方が少し腕は上であったようだ。けんけんと正国は打刀うちがたなで打ちすえられ、劣勢れっせいになった。
「兄者、危ない!」
 とっさに打刀を抜いて、正国の加勢にはいった一勝だった。
「やっ、新手あらて!」
 清正は自身の不利を悟り、その場を逃げた。
「やっ、待て!」
 正国は呼ばわったが、足が痛くてもう追いかけられない。
「久之丞、加藤虎之助を追え」
「かしこまった!」
 一勝は加藤清正の後を追ったが、清正は谷間のどこをどう逃げたのか、もう姿を認められなかった。

 加藤虎之助の追跡をあきらめた一勝は正国のもとに戻ると、正国は長刀ちょうとうつえ代わりにして立っていた。
「大丈夫か、千手兄せんじゅあに?」
 正国はうれしそうに一勝を見た。
「やはりわしのもとにかえってきてくれたのだな」
 一勝は、急に真顔まがおになって、問うた。
「ちがう! わしは兄者に意趣いしゅを返しに来たのだ」
 ギクリと表情をこわばらせる正国。
「な、何を言うか、久之丞。何の意趣か?」
「兄者。亀若兄かめわかあに長兄ちょうけい種常たねつねのこと)をおとしいれたのはあんただろう」
 正国はしどろもどろになって、
「な、なにを……。わしはしらぬよ。亀若兄は、三七さんしちさま(織田信孝のぶたか)の手討てうちになったのよ」
「世間一般の話と違いますな。山路弾正やまじだんじょうは切腹したのではありませんか?」
 ハッとする正国。
「やはりな。(古市ふるいち与助よすけが知らせてくれたことはすべて真実だったということだ。亀若兄者をおとしいれ、神戸かんべ三七郎さんしちろう(信孝)に手をくだす手引きをしたのは、山路将監。おぬしだな!」
「知られたうえには、おぬしも冥途めいどに送ってくれる!」
 正国は、正気しょうきを失って杖にしていた長刀で一勝に襲いかかった。
見損みそこなったぞ。山路将監やまじしょうげん!」
 正国の一撃を体をひるがえしてかわした一勝は、体の戻る反動でもって、腰の佩刀はいとうを抜いて、一刀いっとうのもとに正国をせた。
 がっ、と正国は血を吐いた。
「気、が、すんだ、か……」
 正国の最期の言葉だった。
 そのとき、かさかさと草を踏み、その場を駈けていく足音を聞いた久之丞一勝だった。
(やっ、何者かに見られたか?)
 気になって足音の方角へ走り出した一勝だった。
 正国の死体はその場に置き去りとなった。

 山路やまじ将監しょうげん正国まさくに――。
 天正てんしょう十一年(一五八三)四月二十一日、実弟の山路一勝やまじかずかつ清水谷しみずだにで討ち取られる。
 享年きょうねん三十八。


                               第二部・山路将監正国編 完 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異・雨月

筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。 <本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています> ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。 ※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。

吼えよ! 権六

林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。

がむしゃら三兄弟 第三部・長尾隼人正一勝編

林 本丸
歴史・時代
がむしゃら三兄弟の最終章・第三部です。 話の連続性がございますので、まだご覧になっておられない方は、ぜひ、第一部、第二部をお読みいただいてから、この第三部をご覧になってください。 お願い申しあげます。 山路三兄弟の末弟、長尾一勝の生涯にどうぞ、お付き合いください。 (タイトルの絵は、AIで作成いたしました)

がむしゃら三兄弟  第一部・山路弾正忠種常編

林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。 非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。 第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。 戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。 (タイトルの絵はAIで作成しました)

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

あらざらむ

松澤 康廣
歴史・時代
戦国時代、相模の幸田川流域に土着した一人の農民の視点から、世に知られた歴史的出来事を描いていきます。歴史を支えた無名の民こそが歴史の主役との思いで7年の歳月をかけて書きました。史実の誤謬には特に気を付けて書きました。その大変さは尋常ではないですね。時代作家を尊敬します。

女衒の流儀

ちみあくた
歴史・時代
時は慶応四年(1868年)。 大政奉還が行われたにも関わらず、迫る官軍の影に江戸の人々は怯え、一部の武士は上野寛永寺に立てこもって徹底抗戦の構えを見せている。 若き御家人・能谷桑二郎も又、上野へ行く意思を固めていた。 吉原へ一晩泊り、馴染みの遊女・汐路と熱い一時を過ごしたのも、この世の未練を断ち切る為だ。 翌朝、郭を出た桑二郎は、旧知の武士・戸倉伊助が「田吾作」と名乗る奇妙な女衒相手に往来で刀を抜き、手も足も出ない光景を目の当たりにする。 長い六尺棒を豪快に振るう田吾作の動きは何処か薩摩・示現流を彷彿させるもので、もしや密偵か、と勘繰る桑二郎。 伊助の仇を打つ名目で田吾作に喧嘩を売るものの、二人の戦いの行方は、汐路を巻き込み、彼の想定とは違う方向へ進んでいくのだった……。 エブリスタ、小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しております。

架空戦記 隻眼龍将伝

常陸之介寛浩☆第4回歴史時代小説読者賞
歴史・時代
第四回歴史・時代劇小説大賞エントリー ♦♦♦ あと20年早く生まれてきたら、天下を制する戦いをしていただろうとする奥州覇者、伊達政宗。 そんな伊達政宗に時代と言う風が大きく見方をする時間軸の世界。 この物語は語り継がれし歴史とは大きく変わった物語。 伊達家御抱え忍者・黒脛巾組の暗躍により私たちの知る歴史とは大きくかけ離れた物語が繰り広げられていた。 異時間軸戦国物語、if戦記が今ここに始まる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー この物語は、作者が連載中の「天寿を全うしたら美少女閻魔大王に異世界に転生を薦められました~戦国時代から宇宙へ~」のように、異能力・オーバーテクノロジーなどは登場しません。 異世界転生者、異次元転生者・閻魔ちゃん・神・宇宙人も登場しません。 作者は時代劇が好き、歴史が好き、伊達政宗が好き、そんなレベルでしかなく忠実に歴史にあった物語を書けるほどの知識を持ってはおりません。 戦国時代を舞台にした物語としてお楽しみください。 ご希望の登場人物がいれば感想に書いていただければ登場を考えたいと思います。

処理中です...