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第五章 山路将監正国の最期
柴田勝家と織田信孝の最期
しおりを挟む一方、そのころ、勝家は、越前の府中城に着いた。
越前府中城は、前田利家の居城である。
こたびの戦いの分岐点ともなった前田利家の退却。むろん、勝家も聞き及んでいる。
勝家は、城中にまねかれると、座敷に通された。
襖の向う側から、利家の声がする。
「親爺どのにあわせる顔がない……」
泣き声のような湿った声だった。
勝家は利家の心情を思いやり、襖をへだてて、ひとり、話し始めた。
「秀吉に手痛くやられ申した。ハハハ」
からりと笑うと、襖のむこうで、利家が鼻をすすった。
「腹が減り申した。御迷惑でなければ、湯漬けを所望したいが」
勝家が誰ともなく(じっさいは襖の向こうの利家に対して)そういうと、しばらく経って湯漬けをもってきたのは、利家だった。
顔をくしゃくしゃにして涙と鼻水とでくちゃくちゃだった。
「…………」
言葉を発せられる状況ではなかった利家は、無言のまま、湯漬けを勝家に差し出した。
「ありがたく」
勝家は一礼して、湯漬けを豪快にかきこんだ。
椀を食膳に置き、また一礼した。
「勝家、生涯でこれほどうまい湯漬けははじめてござる」
その言葉を聞いた利家は、食膳を払いのけ、土下座した。
「お許しください……親爺さま。お許しください……」
柔和な顔で、伏している利家の背中を見ていた勝家は、ぽんぽんと肩を叩いて、利家の身体を起させた。
「そなたと筑前(秀吉)とは、昔から昵懇の間柄である。わしへ奉公してくれたその気持ちのまま、筑前に尽くされたい。きっとそなたの立つように筑前も配慮してくれよう。そなたの至誠はきっと筑前にも通じるはず――」
そういうとやや間があって、「馬を一頭所望したい」と勝家はのぞんで府中城を去った。
馬に乗り、少数の供まわりを率いて、ふたたび勝家は北上して北ノ庄城に向かう。
その道すがら、一人の供が言った。
「上様がお一人で府中城にお行きになられて、ひやひやしました」
「なぜか」
勝家が問うと、お供は、
「一度裏切った前田又左。城中で、上様を闇討ちにして、秀吉への手みやげといたすのではないかと思いまして……」
勝家はその言葉に、からりと笑って、
「又左がそれほどな小者ならば、昔から世話など焼いておらぬ。あの者は至誠を通す、義理堅い男なのだ」
勝家のことばに承伏しかねるという顔で、そのお供の兵はことばを重ねた。
「ですが、前田又左は上様を裏切りました」
勝家は、前田利家を責めることばは一切発さず、
「わしに運がなかったということだ……」
それのみ言って、馬の首を北ノ庄へ向けた。
天正十一年(一五八三)四月二十四日、北ノ庄城において正妻のお市の方と柴田勝家は自刃した。
柴田勝家という最大の後ろ楯を失った織田信孝は、岐阜城を秀吉軍に囲まれ、開城した。
秀吉は、信孝を排除するのに、自分の手を汚したくはなかったので、信長の次男の織田信雄に信孝の処刑を任せた。
つまり、信雄の命によって、尾張内海の大御堂寺へ移送された信孝は、そこで、切腹した。享年は二十六であった。
その最期は壮絶で、切った腹から出てきた内臓をつかんで、座敷の掛軸に投げつけ、その腹立ちざまを表現したという。
令和のいまでも、信孝の切腹の部屋は保存されており、信孝が内臓を投げつけたといわれる掛軸には、血の跡が付いているという。
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