がむしゃら三兄弟  第二部・山路将監正国編

林 本丸

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第五章 山路将監正国の最期

毛受兄弟

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 しかし、柴田家の家老らのとどめの声もきかず、やりをにぎった勝家のまえに、家老の一人の毛受めんじゅ勝介しょうすけが、ずいと勝家の面前に出て言った。
上様うえさま(勝家)はお考え違いをなされておる」
 ずけりというので、勝家はおもてあけに染めて怒った。
「何をいうか、勝介。臆病風おくびょうかぜに吹かれたか!」
 相手が怒ろうと面罵めんばしようと、いまの毛受めんじゅ勝介しょうすけは、腹をくくった男の顔だった。
「たしかに、むかし尾州びしゅう尾張国おわりのくに)でいくさに慣れ、気心きごころの知れた者どもと戦地を駈け巡っておったころならば、いかな少数でも負ける気はいたしませなんだ」
「ほれ見たか」
「されど、でござる――」
「……ん?」
「いま我が兵の主力はいまだ上様(勝家)が手なずけておらぬ越前勢えちぜんぜい越前兵えちぜんへいらは負けいくさの風に吹かれて逃げおおせてしまいました。上様がつまらぬ雑兵の手に掛かって首を獲られるよりは、北ノ庄きたのしょうに立ち帰って、心静かに御自害召されるが最上の策と考えまする」
「勝介。そちはわがせいの負けと申すか」
前田まえださまらの加勢かせいも見込めず、玄蕃げんば盛政もりまさ)さまは逃げるに精一杯。おそらく秀吉の勢に捕まって四散しましょう。勝ちはひとつにもござらぬ」
「…………」
「どうぞ、御馬印おうまじるしと上様のかぶとをを私におさずけください。私が上様の御名代ごみょうだいとなってここにとどまり時をおかせぎ申しあげます。そのすきに上様は北ノ庄に落ちのびてくだされ」
 勝家の握ったこぶしがぶるぶると震えた。
口惜くちおしいが、勝介のげんはもっともなり」
 勝家はいくさの進退しんたいを知る者だ。あっさりと負けを認めて北ノ庄で自刃じじんする覚悟を決めた。
 勝介と兜の交換をし、柴田軍の旗印はたじるしである御幣ごへいを勝介に渡して、周りの者に言った。
「心あるものは、勝介にあやかれ」
 最高の褒め言葉である。
(上様……)
 勝介は心の内で泣いた。
「さらばだ勝介。えにしがあれば地獄で鬼退治でもしよう」
 そう言い残して、少数のお供とくつわをならべ、馬腹うまばらった勝家だった。
 勝介は、本陣ちかくの空きとりでを見つけ、ここに三百余人で立て籠った。
 砦に入った勝介は、おのれの老母や妻子たちへの形見の品をひとりの兵士に渡し、届けてくれるよう頼んだ。
 頼まれた兵士は、はじめ、勝介と共にいたいとむずがったが、勝介が懇々こんこんくと、納得して砦を出ていった。
 砦の中では、酒を汲みかわして、やんやの宴会が繰り広げられたが、それも一時だった。
 秀吉の兵らが砦にひるがえる御幣ごへい馬幟うまじるしをみて、
「あれな、柴田の馬幟! この砦に柴田修理しばたしゅりとどまっておる。逃がすなよ」
 秀吉の兵らが一重、二重と囲むや、勝介が砦の中から大音声だいおんじょうに名乗った。
「我こそが、天下にかくれもなき鬼柴田おにしばたよ!」
 砦を出てやりぐと、怖れをなした秀吉軍の兵らは、二間にけん(約四メートル)余りもぱっと間隔を開けた。
 そのころ、柴田軍の殿しんがりにいた勝介の実兄の毛受めんじゅ茂右衛門もえもんが勝介を見留めて、
(あれは弟の勝介しょうすけではないか。上様うえさま(勝家)の身代りとなったのか?)
 とりでの周りの兵らを追い払いつつ、砦内にもぐりこんだ茂右衛門だった。
 思いがけない援軍と、その中にあった兄・茂右衛門の顔をみて、勝介はうれしかった。
 しかし、嬉しさとは別に、勝介は兄に対して筋目論すじめろんを言った。
「兄上。こたびの来軍らいぐん、まことにありがたく存じます。しかしながら、この場で多くの命を失ったにしても、この敵兵の数、状況をくつがえすことはできますまい。されば、兄上は、この場を退かれて、我らの老母に孝養こうようをつくされたい」
 と、茂右衛門の両手を包みつつ、勝介の右の手のひらでさすって訴えた。
 茂右衛門は燃えるようなまなじりで言った。
「老母への孝行こうこう。なるほど道理どうりがある。しかしながら、いま、その方を見捨て、この場を退いたならば、われに一生汚名おめいがついてまわるだろう。さらに我らが母は義理ぎりごのみであられる。わしがいま、お前への義理を捨てて母のもとに走ったならば、母のお心にたがわないだろうか。それをわしは恐れる。だから、わしにお主へのを通させてほしい」
 ここまで兄に言われて勝介も兄を受け入れる以外にはなかった。
 兄弟ともに忠死ちゅうしせんと意を決したころ、秀吉側は新手あらてを送ってきて、波状的はじょうてきに攻めてきた。
 毛受兄弟と、砦の兵士達の奮戦ふんせんで、なんとかもちこたえてはいたが、それでも、次第に負傷者、戦死者ともに増えて、砦ももはや落ちかけ寸前になった。
 そのとき、右の二の腕をやりに突かれ、刀も持てなくなってしまった勝介が兄に言った。
「上様(勝家)が退却されて一刻いっこく(二時間)にはなりましょう。口はばったいようだが、我らの奮闘ふんとうで、上様も安心してお退きなされたと存ずる」
 茂右衛門もえもんはうなずき、
「うむ、もっともだ」
「わが腕はこのようになってしまい、もう戦えませぬ。われはここで腹を切らん」
 右腕を負傷した勝介がそういうと、茂右衛門も、
「そなたひとりで地獄巡りはしんどかろう。我もついていかん」
 と、従容しょうようとふたり腹を切った。
 そして、指揮官である将を失った砦はすぐに落ちた。
 秀吉は、毛受兄弟が守った砦のところまで進出したが、その砦に勝家がいなかったことに腹をたてず、身代りとなって死んでいった勝介しょうすけと、勝介を助けて命を断った兄茂右衛門もえもん毛受兄弟めんじゅきょうだいを大いにたたえたという。

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