27 / 30
第五章 山路将監正国の最期
毛受兄弟
しおりを挟むしかし、柴田家の家老らのとどめの声もきかず、鑓をにぎった勝家のまえに、家老の一人の毛受勝介が、ずいと勝家の面前に出て言った。
「上様(勝家)はお考え違いをなされておる」
ずけりというので、勝家は面を朱に染めて怒った。
「何をいうか、勝介。臆病風に吹かれたか!」
相手が怒ろうと面罵しようと、いまの毛受勝介は、腹を括った男の顔だった。
「たしかに、むかし尾州(尾張国)でいくさに慣れ、気心の知れた者どもと戦地を駈け巡っておったころならば、いかな少数でも負ける気はいたしませなんだ」
「ほれ見たか」
「されど、でござる――」
「……ん?」
「いま我が兵の主力はいまだ上様(勝家)が手なずけておらぬ越前勢。越前兵らは負けいくさの風に吹かれて逃げおおせてしまいました。上様がつまらぬ雑兵の手に掛かって首を獲られるよりは、北ノ庄に立ち帰って、心静かに御自害召されるが最上の策と考えまする」
「勝介。そちはわが勢の負けと申すか」
「前田さまらの加勢も見込めず、玄蕃(盛政)さまは逃げるに精一杯。おそらく秀吉の勢に捕まって四散しましょう。勝ちはひとつにもござらぬ」
「…………」
「どうぞ、御馬印と上様の兜をを私にお授けください。私が上様の御名代となってここにとどまり時をおかせぎ申しあげます。その隙に上様は北ノ庄に落ちのびてくだされ」
勝家の握った拳がぶるぶると震えた。
「口惜しいが、勝介の言はもっともなり」
勝家はいくさの進退を知る者だ。あっさりと負けを認めて北ノ庄で自刃する覚悟を決めた。
勝介と兜の交換をし、柴田軍の旗印である御幣を勝介に渡して、周りの者に言った。
「心あるものは、勝介にあやかれ」
最高の褒め言葉である。
(上様……)
勝介は心の内で泣いた。
「さらばだ勝介。えにしがあれば地獄で鬼退治でもしよう」
そう言い残して、少数のお供と轡をならべ、馬腹を蹴った勝家だった。
勝介は、本陣ちかくの空き砦を見つけ、ここに三百余人で立て籠った。
砦に入った勝介は、おのれの老母や妻子たちへの形見の品をひとりの兵士に渡し、届けてくれるよう頼んだ。
頼まれた兵士は、はじめ、勝介と共にいたいとむずがったが、勝介が懇々と説くと、納得して砦を出ていった。
砦の中では、酒を汲みかわして、やんやの宴会が繰り広げられたが、それも一時だった。
秀吉の兵らが砦にひるがえる御幣の馬幟をみて、
「あれな、柴田の馬幟! この砦に柴田修理が駐まっておる。逃がすなよ」
秀吉の兵らが一重、二重と囲むや、勝介が砦の中から大音声に名乗った。
「我こそが、天下にかくれもなき鬼柴田よ!」
砦を出て鑓を薙ぐと、怖れをなした秀吉軍の兵らは、二間(約四メートル)余りもぱっと間隔を開けた。
そのころ、柴田軍の殿にいた勝介の実兄の毛受茂右衛門が勝介を見留めて、
(あれは弟の勝介ではないか。上様(勝家)の身代りとなったのか?)
砦の周りの兵らを追い払いつつ、砦内に潜りこんだ茂右衛門だった。
思いがけない援軍と、その中にあった兄・茂右衛門の顔をみて、勝介はうれしかった。
しかし、嬉しさとは別に、勝介は兄に対して筋目論を言った。
「兄上。こたびの来軍、まことにありがたく存じます。しかしながら、この場で多くの命を失ったにしても、この敵兵の数、状況をくつがえすことはできますまい。されば、兄上は、この場を退かれて、我らの老母に孝養をつくされたい」
と、茂右衛門の両手を包みつつ、勝介の右の手のひらでさすって訴えた。
茂右衛門は燃えるようなまなじりで言った。
「老母への孝行。なるほど道理がある。しかしながら、いま、その方を見捨て、この場を退いたならば、われに一生汚名がついてまわるだろう。さらに我らが母は義理好みであられる。わしがいま、お前への義理を捨てて母のもとに走ったならば、母のお心に違わないだろうか。それをわしは恐れる。だから、わしにお主への義を通させてほしい」
ここまで兄に言われて勝介も兄を受け入れる以外にはなかった。
兄弟ともに忠死せんと意を決したころ、秀吉側は新手を送ってきて、波状的に攻めてきた。
毛受兄弟と、砦の兵士達の奮戦で、なんとかもちこたえてはいたが、それでも、次第に負傷者、戦死者ともに増えて、砦ももはや落ちかけ寸前になった。
そのとき、右の二の腕を鑓に突かれ、刀も持てなくなってしまった勝介が兄に言った。
「上様(勝家)が退却されて一刻(二時間)にはなりましょう。口はばったいようだが、我らの奮闘で、上様も安心してお退きなされたと存ずる」
茂右衛門はうなずき、
「うむ、もっともだ」
「わが腕はこのようになってしまい、もう戦えませぬ。われはここで腹を切らん」
右腕を負傷した勝介がそういうと、茂右衛門も、
「そなたひとりで地獄巡りはしんどかろう。我もついていかん」
と、従容とふたり腹を切った。
そして、指揮官である将を失った砦はすぐに落ちた。
秀吉は、毛受兄弟が守った砦のところまで進出したが、その砦に勝家がいなかったことに腹をたてず、身代りとなって死んでいった勝介と、勝介を助けて命を断った兄茂右衛門の毛受兄弟を大いに讃えたという。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
吼えよ! 権六
林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。
がむしゃら三兄弟 第一部・山路弾正忠種常編
林 本丸
歴史・時代
戦国時代、北伊勢(三重県北部)に実在した山路三兄弟(山路種常、山路正国、長尾一勝)の波乱万丈の生涯を描いてまいります。
非常に長い小説になりましたので、三部形式で発表いたします。
第一部・山路弾正忠種常編では、三兄弟の長兄種常の活躍を中心に描いてまいります。
戦国時代を山路三兄弟が、どう世渡りをしていったのか、どうぞ、お付き合いください。
(タイトルの絵はAIで作成しました)
がむしゃら三兄弟 第三部・長尾隼人正一勝編
林 本丸
歴史・時代
がむしゃら三兄弟の最終章・第三部です。
話の連続性がございますので、まだご覧になっておられない方は、ぜひ、第一部、第二部をお読みいただいてから、この第三部をご覧になってください。
お願い申しあげます。
山路三兄弟の末弟、長尾一勝の生涯にどうぞ、お付き合いください。
(タイトルの絵は、AIで作成いたしました)
異・雨月
筑前助広
歴史・時代
幕末。泰平の世を築いた江戸幕府の屋台骨が揺らぎだした頃、怡土藩中老の三男として生まれた谷原睦之介は、誰にも言えぬ恋に身を焦がしながら鬱屈した日々を過ごしていた。未来のない恋。先の見えた将来。何も変わらず、このまま世の中は当たり前のように続くと思っていたのだが――。
<本作は、小説家になろう・カクヨムに連載したものを、加筆修正し掲載しています>
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・地名とは一切関係ありません。
※この物語は、「巷説江戸演義」と題した筑前筑後オリジナル作品企画の作品群です。舞台は江戸時代ですが、オリジナル解釈の江戸時代ですので、史実とは違う部分も多数ございますので、どうぞご注意ください。また、作中には実際の地名が登場しますが、実在のものとは違いますので、併せてご注意ください。
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
【完結】月よりきれい
悠井すみれ
歴史・時代
職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。
清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。
純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。
嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。
第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。
表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる