がむしゃら三兄弟  第二部・山路将監正国編

林 本丸

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第五章 山路将監正国の最期

前田利家の裏切りの報、届く

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 秀吉から放たれた福島市松正則ふくしまいちまつまさのりは、賤ヶ岳の戦場を駈け、目の前にいたきらびやかな兵装の武者を見つけた。
 正則はまず名乗りからと思ったが、相手がそれをゆるさず、すぐ打ちかかってきた。
 正則はそうした相手のせっかちにいらつき、
「まず、名を名乗れい!」
 とおめいて、やりを横なぐりに振った。
 鑓先が相手の首を両断して、首が三尺(約一メートル)ほど飛んだ。
「首、獲ったり!」
 それがその日の一番鑓であった。
 軍忠状ぐんちゅうじょうをもらうべく、本陣に駈けもどろうとする正則。その姿は賤ヶ岳合戦図屏風しずがたけかっせんずびょうぶに、敵陣に攻めゆく友軍の反対へ、自軍に戻る姿として描かれたほどである。
 一番首の報告に向かうため、友軍とは逆方向へ走る正則は、同輩の加藤嘉明かとうよしあきらと出会い、もめ事を起こした。
 加藤嘉明は、「やれやれ福島市松。いくさがこわくて逃げやるか」と揶揄やゆした。
 それに怒った福島正則は、首を加藤孫六まごろく嘉明よしあきらに投げつけ、
「孫六! ぬしは、これを本陣へ持って帰って、我が功を御殿おんとの(秀吉)に伝えよ!」
 顔をしゅに染めて、福島正則はまた敵陣に入っていった。

       ※       ※       ※

 やや時は巻き戻る。
 佐久間さくま玄蕃允げんばのじょう盛政もりまさが中入りに成功し、勝ちに乗じているとき、勝家の心配は一通りではなかった。
「玄蕃はすぐに退くだろうか……」
 中入りの成功は疑わなかったが、その後の盛政の身の処し方には不安がつきまとっていた。
 すると、注進ちゅうしんがはいった。
「わが勢、中川なかがわ瀬兵衛せえべえを討ち取った由にございます」
 勝家の周囲をかためる将兵は、どっといた。
 軍内の高揚こうようをよそに、勝家はけわしい表情を崩さず、注進にやってきた兵にむかって言った。
「悪いが、すぐ玄蕃(佐久間盛政)のもとに立ちもどり、すぐ兵を退くようわがめいを伝えてもらいたい」
かしこまってそうろう
 だがその兵は行ったままかえってこなかった。
 不安は不安を呼ぶ。
 その他にも使者を何度となく立てて盛政に退くように矢の催促さいそくをおこない続けた勝家だった。
 しかし、どの使者も行ったきり還ってこなかった。
玄蕃げんば……いくさの駈け引きを知らぬ愚者ぐしゃよ。まったく軍略に暗い愚将ぐしょうよ」
 勝家は陣中でさんざんに盛政をののしった。
 やがて、そうやって腹を立てているいとまもなくなった。
 どうやら秀吉が大垣から帰ってきたらしいという物見ものみからの報せが入ってきた。
 すると余呉よごの湖あたりで、鉄炮てっぽうの音がはなばなしく鳴り響き、兵らの喊声かんせいが、勝家の耳にも遠雷えんらいのように届いた。
 そんなころ、物見に送った者が、ようやくひとり、かえってきて驚愕きょうがくの情報をもたらした。
前田まえださま、金森かなもりさま、不破ふわさま、兵を越前えちぜんに向け、退いたようにございます」
「……なっ!」
 勝家は言葉を失った。完全なる敵前逃亡てきぜんとうぼうである。
 勝家の老臣ろうしんたちは、慌てだした。
 やがて秀吉がかえってきたという雑説ぞうせつ(うわさ)は、軍中に自然に広まって大騒ぎとなり、臆病おくびょうな兵らは一目散に逃げ出すありさまで、勝家も落ちつきを失っていった。
 いよいよ陣中も騒がしくなったころ、水野みずの小右衛門尉しょうえもんのじょうの飛脚がきた。
 ――佐久間玄蕃(盛政)さま、ただいま退却の最中さなかなれど、敵兵が後備うしろぞなえにぴたりと付いて大変危険な状況にございます。
 報告を聞いた勝家は、怒気どきをまなじりにたたえて、
「さもありなん。わしが行って追い払ってくりょう」
 勝家かついえやりをしごいて豪語ごうごしたが、家老たちは、
「三千にも満たない今の兵数で勝ちに乗じた多勢たぜいに向かうことは死を望むようなものでございます。ここは隠忍自重いんにんじちょうあって、こらえてくだされ」
 と勝家を押しとどめた。

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