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第四章 賤ヶ岳合戦
駑馬(どば)に劣る
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信孝の裏切りが鮮明となったいま、今度こそ完全に信孝を除こうと思い至った秀吉は、かれの母らを磔した翌日の四月十七日、本隊を岐阜にむけた。
まず十六日、信孝や山路兄弟の人質を磔にした。その報告で人質の処分を確認したのち、秀吉はすぐさま兵をまとめて東に進んだ。
秀吉を裏切った山路正国は、いち早く秀吉の岐阜行の情報を摑み、佐久間盛政にあらたなる策を示した。
「ただ今、秀吉は岐阜に向け長浜より兵を発したようにございます。木之本にある本隊を動かしたのでございましょう。神明山とその前線に位置する堂木山は非常に堅固な砦でございますが、それらの南に位置する大岩山砦は防備の普請(工事のこと)もいまだ完了しておらず、また第二線に位置するので将兵にも油断がございます。いま我らが中入り(軍隊を敵中に押し出すこと)をして、大岩山砦を落せば、賤ヶ岳砦や岩崎山砦の攻略も容易に進められましょう」
正国の献策に佐久間盛政は酔ってしまった。
「ほぉ。もし山路どののその言が真ならば、これほどの好機はあるまい!」
息荒く、顔を紅潮させて、盛政は言った。
「物見を放たれませ。それがしの言が噓でないことを裏付けましょう」
「うむ。それが良いな」
放たれた数名の偵察兵は、二刻(四時間)ほどで次々かえってきた。
物見は、
・秀吉は岐阜攻めに向かい、長浜を留守にしている。
・大岩山砦は見張りもいい加減で、兵たちは弛緩している。
――と、告げた。
現在、柴田と羽柴の双方見合って膠着しているこの戦場に、突破口をひらく好機であると盛政は思った。
「よし! 大岩山に攻め入ろう!」
しかし、盛政の一存で兵は動かせない。総大将の勝家の許可を得なければならない。
物見からの報告を待ったので、やや時間を取られたのはいたしかたない。
日付はすでに翌十九日になっていた。
佐久間玄蕃允盛政は正国と数名の従者を連れて、内中尾山にある勝家の本陣をおとずれた。
「おう、玄蕃ではないか。こんな夜遅くに何の用だ」
勝家の口調はちょっと尖っていた。
「じつは、耳寄りな報せをもって参った」
盛政はすぐ裁可を受けられるとおもって、心逸った。
そして、盛政は自身の口ではなく情報源の正国に説明をさせた。その方が言葉に真実味が出ると判断したからだ。
すぐ裁可されると思っていた盛政だったが、正国からの話を聞いた勝家は「うーむ」とうなって、腕をくみ、瞑目した。
「なにか不満でもあるのか? 叔父御」
盛政は必死だった。
その盛政の気持ちに応えてやるように、勝家は告げた。
「たしかに中入りというこの策は魅力的だ。秀吉が留守のいま、奇襲攻撃をすれば、相手も混乱しよう。さらにこの一挙が成功すれば、三七さま(信孝)への援護になる。秀吉をふたたび岐阜から引っぺがし、北近江に釘づけに出来るだろう」
嬉々と盛政がさらに言葉をかぶせた。
「秀吉をさらに攪乱できるし、なにより味方の士気を鼓舞できる!」
喜色満面の盛政に対し、一方、憂悶するは勝家。
「だがなぁ玄蕃(盛政)よ。大岩山は敵陣深くにある砦ぞ。しっかりした段取りを踏まえねば、押し出した兵は敵に囲まれてしまい、勝機を失う危険性が高い」
策略に長けた正国が発言する。
「敵中へ攻め入るには、強力な後巻(後詰)が必要でござる。それを修理さま(勝家)にお願いしたい」
また、勝家は深くため息をつく。
「将監(正国)。そちは強力な後巻というが、後巻が強力であろうがなかろうが、これはどう考えても博奕ぞ。危険が大きすぎる」
勝家は、肯んじない。
あまりの勝家の慎重さに、盛政は、かっと腹が立った。
「剛勇をもって名だたる勝家も、老いぼれたものよ! 老驥(老いた駿馬)も駑馬(鈍い馬)に劣るというが、鬼柴田も腰が抜けおったな!」
咄嗟にでた言葉だったが、これには勝家も堪えた。
「駑馬か……。いいだろう、玄蕃。それまでいうのならば、この中入り策、やってみせい。されど、大岩山砦を陥したのちはすぐさま兵を返し、もとの陣に戻ること。よいな?」
盛政は喜色一面で、「応!」と答えた。
ただちに陣触れがなされ、不破直光ら八千の奇襲部隊が構成された。後詰には、勝家、前田利家・利長父子、盛政の実弟の柴田勝政の諸隊が支援することとした。
その支援する先は、勝家隊七千は、今市の狐塚まで進出して、東野山の堀秀政と中之郷北の小川祐忠を牽制する。前田隊二千は神明山西方の茂山に布陣して、神明山と堂木山の敵兵を監視すると同時に、塩津方面の警戒にもあたるというもの。
佐久間盛政隊のうち、勝政隊三千を切り離して、賤ヶ岳西方の飯ノ浦切通しまで進出させ、賤ヶ岳砦の敵兵を監視・威圧させる――。
作戦に投入する総兵力は一万七千。残余の兵は自陣にとどまる。
軍議は、勝家のきびしい訓令をもって決した。
「大岩山砦の攻略がなったのちは、すみやかに自陣へ撤収すべし! これは絶対命令である!」
「応!」
ここに諸隊の部署と任務が決定した。
諸隊はただちに奇襲攻撃の準備をはじめた。
作戦開始予定時刻は、四月二十日丑ノ上刻(午前一時)。
将も兵も、緊張感で張りつめた。
まず十六日、信孝や山路兄弟の人質を磔にした。その報告で人質の処分を確認したのち、秀吉はすぐさま兵をまとめて東に進んだ。
秀吉を裏切った山路正国は、いち早く秀吉の岐阜行の情報を摑み、佐久間盛政にあらたなる策を示した。
「ただ今、秀吉は岐阜に向け長浜より兵を発したようにございます。木之本にある本隊を動かしたのでございましょう。神明山とその前線に位置する堂木山は非常に堅固な砦でございますが、それらの南に位置する大岩山砦は防備の普請(工事のこと)もいまだ完了しておらず、また第二線に位置するので将兵にも油断がございます。いま我らが中入り(軍隊を敵中に押し出すこと)をして、大岩山砦を落せば、賤ヶ岳砦や岩崎山砦の攻略も容易に進められましょう」
正国の献策に佐久間盛政は酔ってしまった。
「ほぉ。もし山路どののその言が真ならば、これほどの好機はあるまい!」
息荒く、顔を紅潮させて、盛政は言った。
「物見を放たれませ。それがしの言が噓でないことを裏付けましょう」
「うむ。それが良いな」
放たれた数名の偵察兵は、二刻(四時間)ほどで次々かえってきた。
物見は、
・秀吉は岐阜攻めに向かい、長浜を留守にしている。
・大岩山砦は見張りもいい加減で、兵たちは弛緩している。
――と、告げた。
現在、柴田と羽柴の双方見合って膠着しているこの戦場に、突破口をひらく好機であると盛政は思った。
「よし! 大岩山に攻め入ろう!」
しかし、盛政の一存で兵は動かせない。総大将の勝家の許可を得なければならない。
物見からの報告を待ったので、やや時間を取られたのはいたしかたない。
日付はすでに翌十九日になっていた。
佐久間玄蕃允盛政は正国と数名の従者を連れて、内中尾山にある勝家の本陣をおとずれた。
「おう、玄蕃ではないか。こんな夜遅くに何の用だ」
勝家の口調はちょっと尖っていた。
「じつは、耳寄りな報せをもって参った」
盛政はすぐ裁可を受けられるとおもって、心逸った。
そして、盛政は自身の口ではなく情報源の正国に説明をさせた。その方が言葉に真実味が出ると判断したからだ。
すぐ裁可されると思っていた盛政だったが、正国からの話を聞いた勝家は「うーむ」とうなって、腕をくみ、瞑目した。
「なにか不満でもあるのか? 叔父御」
盛政は必死だった。
その盛政の気持ちに応えてやるように、勝家は告げた。
「たしかに中入りというこの策は魅力的だ。秀吉が留守のいま、奇襲攻撃をすれば、相手も混乱しよう。さらにこの一挙が成功すれば、三七さま(信孝)への援護になる。秀吉をふたたび岐阜から引っぺがし、北近江に釘づけに出来るだろう」
嬉々と盛政がさらに言葉をかぶせた。
「秀吉をさらに攪乱できるし、なにより味方の士気を鼓舞できる!」
喜色満面の盛政に対し、一方、憂悶するは勝家。
「だがなぁ玄蕃(盛政)よ。大岩山は敵陣深くにある砦ぞ。しっかりした段取りを踏まえねば、押し出した兵は敵に囲まれてしまい、勝機を失う危険性が高い」
策略に長けた正国が発言する。
「敵中へ攻め入るには、強力な後巻(後詰)が必要でござる。それを修理さま(勝家)にお願いしたい」
また、勝家は深くため息をつく。
「将監(正国)。そちは強力な後巻というが、後巻が強力であろうがなかろうが、これはどう考えても博奕ぞ。危険が大きすぎる」
勝家は、肯んじない。
あまりの勝家の慎重さに、盛政は、かっと腹が立った。
「剛勇をもって名だたる勝家も、老いぼれたものよ! 老驥(老いた駿馬)も駑馬(鈍い馬)に劣るというが、鬼柴田も腰が抜けおったな!」
咄嗟にでた言葉だったが、これには勝家も堪えた。
「駑馬か……。いいだろう、玄蕃。それまでいうのならば、この中入り策、やってみせい。されど、大岩山砦を陥したのちはすぐさま兵を返し、もとの陣に戻ること。よいな?」
盛政は喜色一面で、「応!」と答えた。
ただちに陣触れがなされ、不破直光ら八千の奇襲部隊が構成された。後詰には、勝家、前田利家・利長父子、盛政の実弟の柴田勝政の諸隊が支援することとした。
その支援する先は、勝家隊七千は、今市の狐塚まで進出して、東野山の堀秀政と中之郷北の小川祐忠を牽制する。前田隊二千は神明山西方の茂山に布陣して、神明山と堂木山の敵兵を監視すると同時に、塩津方面の警戒にもあたるというもの。
佐久間盛政隊のうち、勝政隊三千を切り離して、賤ヶ岳西方の飯ノ浦切通しまで進出させ、賤ヶ岳砦の敵兵を監視・威圧させる――。
作戦に投入する総兵力は一万七千。残余の兵は自陣にとどまる。
軍議は、勝家のきびしい訓令をもって決した。
「大岩山砦の攻略がなったのちは、すみやかに自陣へ撤収すべし! これは絶対命令である!」
「応!」
ここに諸隊の部署と任務が決定した。
諸隊はただちに奇襲攻撃の準備をはじめた。
作戦開始予定時刻は、四月二十日丑ノ上刻(午前一時)。
将も兵も、緊張感で張りつめた。
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