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第四章 賤ヶ岳合戦
一勝、離叛
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こうした羽柴側の不信感をさらにあおるできごとがあった。
四月四日に勝家は、神明山砦を攻撃した。しかし、遠巻きに銃撃戦をおこなうのみであり、本格的な戦いには発展しなかった。
さらに勝家の軍は、翌五日の卯ノ下刻(午前六時ごろ)に堀秀政の守る左禰山城を攻撃した。
この日も遠巻きに、銃撃戦をくりかえし、白兵戦には至らなかった。
未ノ下刻(午後二時ごろ)になって、勝家側は銃撃をやめ、隊をととのえて、本陣に引き揚げた。
秀吉は勝家の行動に不審なものを感じた。
(なぜ、あのような散発的な行動に終始するのか? もしや、内応者が呼応するのを待っておるのか?)
秀吉の勘が電雷のように走った。
かれの脳裏に、大金藤八郎や木下一元、山路正国らの、長浜衆の顔がゆらゆらと揺らめいた。
(どうにも信用できぬ……)
秀吉は堀秀政に使いをやって、神明山砦を出て左禰山にいた木下昌利(将監)を堂木山に入れ、長浜衆の三名を監視させることとした。木下昌利はふたたび堂木山砦に移ることになった。
秀吉からの書状は、堀秀政へ、長浜衆が信用できないと、切々と訴えていた。
堀秀政から書状を見せられた木下昌利は、秀吉の苦衷をおもって心を痛めた。
「との(秀吉)がこれほど苦しまれておるとは……」
「将監どの(木下昌利)。なにとぞよしなに」
「久太郎さま(堀秀政)、それがしにお任せください。
秀政は木下昌利の両手を包むようにして、握り、ぎゅっと、力を込めた。
それに応えるように、木下昌利も、力強くうなずいた。
秀吉と堀秀政の意向を受けて、木下将監昌利が堂木山砦にやってきた。
将監昌利が口をひらいた。
「堂木山が手薄と聞いたので助力に参りました。どうぞ、よしなに」
大金はとても喜んで、木下昌利を迎え入れた。
「どうぞ、よしなに」
「おお、大金どの。こちらこそ、よしなに願います」
なごやかな空気を一変させたのは、正国だった。
「木下将監どのは、われらの目付(見張り)としてやってきた。そう理解してよろしいか?」
冷たい口調だ。
にこにこと柔面で木下昌利は答えた。
「しかり」
木下は、席を立って、
「ちと、用足しに行ってきますよ」
木下の抜けた席で、正国は怒りを隠さなかった。
「木下を見ただろう。奴はわれらの監視役なのだ。はなから疑ってかかっておるのよ」
一勝もそれに異論はない。しかし、ここで爆発してどうするというのか。
「兄者。しかし、ここは落ち着くのも大事ぞ」
「木下を派遣したのは、木村常陸じゃ。木村の我らへの仕打ちには、もう我慢がならぬ!」
正国は憤懣をぶちまける。
「羽柴さまに返り忠(裏切り)するおつもりか?」
ズバリと久之丞一勝は訊いた。
正国は否定せず、言葉をかえした。
「久之丞、おぬしはどう考える?」
「軽挙妄動はつつしまれよ、兄者。われらの母上や、兄者のお子らや兄嫁さまも証人(人質)として筑前さま(秀吉)へ差し出しておる。兄者は、かの人びとのお命を軽んじてはおられぬか?」
「われらの矜持はどうなのだ。筑前どののお考えはようわからぬが、さりとて、木村はいつまでもわれらを裏切者として扱おう。そんな状況を坐視できるのか」
「いつまでも、ということはございますまい。時が解決しますよ。われらが筑前さまに奉公を尽くせば、至誠は届きましょう」
「…………」
「そういえば兄者。このあたりで囁かれている風聞(うわさ)では、柴田修理さま(勝家)が、使を送って勝豊さまの宿老衆へ褒美をもって誘っていると言われているようだ。そは、真か?」
「否定はしない」
「──‼」
兄の口から真実を聞かされて、一勝は少なからず衝撃を受けた。
ややあって、気持ちをととのえ、つぎの句を継いだ。
「──兄者。聞くえらく、兄者は、勝豊さまの旧領である越前の丸岡十二万石で誘いをかけられているとか? それは噓だよな?」
正国は、是、とも、否、ともいわず、
「左様さな。返り忠の恩賞としては妥当かな」
とうわさの値踏みをした。
それに対して、一勝は、顔に険をつくった。
「ひとごとのように誤魔化さないでいただきたい。是、ですか? 否、ですか?」
一勝は正国の切れ長の目をのぞき込むように問うた。
「是、じゃ。大名になれる好機ぞ。逸せぬ」
答えを聞いて、一勝は、ふぅーっと息を吐いた。
「けっきょく、利を喰らわせられたということですか」
「そう思いたければ思うがいい」
「失望したぞ! 兄者!」
一勝は、席を蹴って、その場を去った。
四月四日に勝家は、神明山砦を攻撃した。しかし、遠巻きに銃撃戦をおこなうのみであり、本格的な戦いには発展しなかった。
さらに勝家の軍は、翌五日の卯ノ下刻(午前六時ごろ)に堀秀政の守る左禰山城を攻撃した。
この日も遠巻きに、銃撃戦をくりかえし、白兵戦には至らなかった。
未ノ下刻(午後二時ごろ)になって、勝家側は銃撃をやめ、隊をととのえて、本陣に引き揚げた。
秀吉は勝家の行動に不審なものを感じた。
(なぜ、あのような散発的な行動に終始するのか? もしや、内応者が呼応するのを待っておるのか?)
秀吉の勘が電雷のように走った。
かれの脳裏に、大金藤八郎や木下一元、山路正国らの、長浜衆の顔がゆらゆらと揺らめいた。
(どうにも信用できぬ……)
秀吉は堀秀政に使いをやって、神明山砦を出て左禰山にいた木下昌利(将監)を堂木山に入れ、長浜衆の三名を監視させることとした。木下昌利はふたたび堂木山砦に移ることになった。
秀吉からの書状は、堀秀政へ、長浜衆が信用できないと、切々と訴えていた。
堀秀政から書状を見せられた木下昌利は、秀吉の苦衷をおもって心を痛めた。
「との(秀吉)がこれほど苦しまれておるとは……」
「将監どの(木下昌利)。なにとぞよしなに」
「久太郎さま(堀秀政)、それがしにお任せください。
秀政は木下昌利の両手を包むようにして、握り、ぎゅっと、力を込めた。
それに応えるように、木下昌利も、力強くうなずいた。
秀吉と堀秀政の意向を受けて、木下将監昌利が堂木山砦にやってきた。
将監昌利が口をひらいた。
「堂木山が手薄と聞いたので助力に参りました。どうぞ、よしなに」
大金はとても喜んで、木下昌利を迎え入れた。
「どうぞ、よしなに」
「おお、大金どの。こちらこそ、よしなに願います」
なごやかな空気を一変させたのは、正国だった。
「木下将監どのは、われらの目付(見張り)としてやってきた。そう理解してよろしいか?」
冷たい口調だ。
にこにこと柔面で木下昌利は答えた。
「しかり」
木下は、席を立って、
「ちと、用足しに行ってきますよ」
木下の抜けた席で、正国は怒りを隠さなかった。
「木下を見ただろう。奴はわれらの監視役なのだ。はなから疑ってかかっておるのよ」
一勝もそれに異論はない。しかし、ここで爆発してどうするというのか。
「兄者。しかし、ここは落ち着くのも大事ぞ」
「木下を派遣したのは、木村常陸じゃ。木村の我らへの仕打ちには、もう我慢がならぬ!」
正国は憤懣をぶちまける。
「羽柴さまに返り忠(裏切り)するおつもりか?」
ズバリと久之丞一勝は訊いた。
正国は否定せず、言葉をかえした。
「久之丞、おぬしはどう考える?」
「軽挙妄動はつつしまれよ、兄者。われらの母上や、兄者のお子らや兄嫁さまも証人(人質)として筑前さま(秀吉)へ差し出しておる。兄者は、かの人びとのお命を軽んじてはおられぬか?」
「われらの矜持はどうなのだ。筑前どののお考えはようわからぬが、さりとて、木村はいつまでもわれらを裏切者として扱おう。そんな状況を坐視できるのか」
「いつまでも、ということはございますまい。時が解決しますよ。われらが筑前さまに奉公を尽くせば、至誠は届きましょう」
「…………」
「そういえば兄者。このあたりで囁かれている風聞(うわさ)では、柴田修理さま(勝家)が、使を送って勝豊さまの宿老衆へ褒美をもって誘っていると言われているようだ。そは、真か?」
「否定はしない」
「──‼」
兄の口から真実を聞かされて、一勝は少なからず衝撃を受けた。
ややあって、気持ちをととのえ、つぎの句を継いだ。
「──兄者。聞くえらく、兄者は、勝豊さまの旧領である越前の丸岡十二万石で誘いをかけられているとか? それは噓だよな?」
正国は、是、とも、否、ともいわず、
「左様さな。返り忠の恩賞としては妥当かな」
とうわさの値踏みをした。
それに対して、一勝は、顔に険をつくった。
「ひとごとのように誤魔化さないでいただきたい。是、ですか? 否、ですか?」
一勝は正国の切れ長の目をのぞき込むように問うた。
「是、じゃ。大名になれる好機ぞ。逸せぬ」
答えを聞いて、一勝は、ふぅーっと息を吐いた。
「けっきょく、利を喰らわせられたということですか」
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一勝は、席を蹴って、その場を去った。
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