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第三章 裏切り工作
裏切り工作
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前田利家、金森長近、不破直光の三名を北ノ庄へ送った秀吉は、宝寺城に堀秀政をむかえた。
「久太郎どの。大儀でござる」
皺まるけの顔の皺をさらにふかくして、喜面をつくった秀吉だった。
いっぽうの久太郞秀政は、若いつややかな肌をきらきらと光らせて柔面を秀吉にむけた。
「羽柴さま。お呼びでございますか」
秀政に秀吉に対してぞんざいな口調はなかった。かれはまったく秀吉の一部将のように徹した。その柔軟な処世術のなせる業である。
「うむ、勝家が人を寄こしてきてな……」
「前田さまが御越しでしたか」
「ん? わしはまだ誰が来たとは申しておらぬが、なぜ知っておる?」
秀政は破顔して、
「羽柴さまと前田さまのお仲のおよろしいのを柴田さまはよく御存知でありましょうと思いまして……」
秀政の先読みの鋭さに、秀吉もやや苦い笑みを浮かべた。
「まったく、久太郞殿の鋭い頭は大したものよ」
「いささか出過ぎました。申し訳ございません」
秀政が頭を下げると、秀吉は大仰に手をふって、
「いやいや、久太郎どののような有能なお方がわが方にお力をお貸しいただけておること、この筑前、感謝にたえませぬ」
「痛み入りまする」
「うむ」
羽柴筑前守秀吉は自身の座を改めて、立ったままの秀政に席を与え、座らせた。
二人は遅い朝餉を摂り始めた。
湯漬けをかきこみながら、秀吉は秀政にかたった。
「勝家の養子の勝豊な、あれ、取りこめそうじゃ」
秀政も湯漬けをかきこみながら、気のない返事をした。
「左様でござりまするか」
秀政にとってはさほど興味のない話、という印象を持たせた。
「勝豊にな、最近、山路正国という家老がついてな。そこら辺から突けぬか、とおもっておる」
「我が手でやれと?」
抑揚のない反問だが、自分に向けられた話だと理解している秀政だった。
「うむ。話が早くて助かる。勝家と勝豊の仲の悪いのはあまり知られておらぬが、我が草(忍者)の報せによれば、たしからしい。あの二人のあいだに楔を打って、長浜をわが手に入れ、勝家をてんてこ舞いさせてくれる」
秀政は湯漬けの椀と箸をおいて、
「では、参りまする」
やるともやらぬともいわぬが、秀吉の命は絶対とわきまえている秀政は、余計な手順を省いた。
「頼みまするぞ、久太郎どの」
去りゆく秀政の背に、秀吉は声をかけた。
秀吉が堀秀政に山路正国の調略を依頼した二日後、山路正国は、このところ訪れていなかった弟の山路久之丞一勝のところに顔をだした。
正国と一勝は、古市与助の手紙の内容をめぐって、ぎくしゃくした関係となっていた。
自然、一勝が正国を避けるようになっていた。正国は正国で、ときが解決するとおもい、一勝の好きにさせていたのだが、さすがにこたびのことは、自身で抱えておられぬ事態であった。
一勝のもとに顔を出した正国の表情は、非常にかたかった。
「おう、兄者ではないか。久しいな」
一勝の見る正国の顔色は、あきらかにすぐれなかった。手紙のことを蒸し返してやろうかとも思ったが、そんなことがいえないような正国のようすだったので、それはおのれの胸のうちに飲みこんだ。そして、一勝は兄にことばを発せられるよう、うながした。
「千手兄。どうした、冴えぬ顔をして」
「うむ。実はな……」
正国の言葉尻の歯切れも悪かった。
「あわてずともよい。ゆっくりでよい」
一勝にうながされ、ようやく気を取り直して、正国はいった。
「……湯浅と名のる者から、羽柴方に同心せぬかといわれてな……」
それを聴いて、一勝の表情が険しくなった。
「との(柴田勝豊)に返り忠(裏切り)しろというのか」
正国はかぶりを振った。
「いや、殿ともども、柴田修理さま(勝家)を裏切れということなのだ」
一勝はふかいため息をついた。正国は言葉をつづける。
「殿と修理さまのお仲のお悪いことは、おぬしにも以前話したとは思う。羽柴方はどこからかその話を聞きつけて、お二方のあいだに楔を打つつもりなのだ。わしは新参ながらも家老ゆえ、むこうが渡りをつけてきたようだ」
「なるほどな。となると、ほかの家老衆にも?」
「うむ。そう踏んでおる」
「──して、兄者はどう動く?」
「殿に御相談申しあげる」
一勝はきっ、と目をむいた。
「殿に返り忠をそそのかすのか?」
正国は大仰に手をふって、
「さにあらず、さにあらず。されど、わしひとりでは抱えきれぬ」
正国の返答に、ふっと表情を和らげる一勝であった。
「左様さな。この久之丞も同席しようか?」
「いや、一人で行く」
勝豊のもとに向かう正国の背が小さく見えた一勝だった。
「久太郎どの。大儀でござる」
皺まるけの顔の皺をさらにふかくして、喜面をつくった秀吉だった。
いっぽうの久太郞秀政は、若いつややかな肌をきらきらと光らせて柔面を秀吉にむけた。
「羽柴さま。お呼びでございますか」
秀政に秀吉に対してぞんざいな口調はなかった。かれはまったく秀吉の一部将のように徹した。その柔軟な処世術のなせる業である。
「うむ、勝家が人を寄こしてきてな……」
「前田さまが御越しでしたか」
「ん? わしはまだ誰が来たとは申しておらぬが、なぜ知っておる?」
秀政は破顔して、
「羽柴さまと前田さまのお仲のおよろしいのを柴田さまはよく御存知でありましょうと思いまして……」
秀政の先読みの鋭さに、秀吉もやや苦い笑みを浮かべた。
「まったく、久太郞殿の鋭い頭は大したものよ」
「いささか出過ぎました。申し訳ございません」
秀政が頭を下げると、秀吉は大仰に手をふって、
「いやいや、久太郎どののような有能なお方がわが方にお力をお貸しいただけておること、この筑前、感謝にたえませぬ」
「痛み入りまする」
「うむ」
羽柴筑前守秀吉は自身の座を改めて、立ったままの秀政に席を与え、座らせた。
二人は遅い朝餉を摂り始めた。
湯漬けをかきこみながら、秀吉は秀政にかたった。
「勝家の養子の勝豊な、あれ、取りこめそうじゃ」
秀政も湯漬けをかきこみながら、気のない返事をした。
「左様でござりまするか」
秀政にとってはさほど興味のない話、という印象を持たせた。
「勝豊にな、最近、山路正国という家老がついてな。そこら辺から突けぬか、とおもっておる」
「我が手でやれと?」
抑揚のない反問だが、自分に向けられた話だと理解している秀政だった。
「うむ。話が早くて助かる。勝家と勝豊の仲の悪いのはあまり知られておらぬが、我が草(忍者)の報せによれば、たしからしい。あの二人のあいだに楔を打って、長浜をわが手に入れ、勝家をてんてこ舞いさせてくれる」
秀政は湯漬けの椀と箸をおいて、
「では、参りまする」
やるともやらぬともいわぬが、秀吉の命は絶対とわきまえている秀政は、余計な手順を省いた。
「頼みまするぞ、久太郎どの」
去りゆく秀政の背に、秀吉は声をかけた。
秀吉が堀秀政に山路正国の調略を依頼した二日後、山路正国は、このところ訪れていなかった弟の山路久之丞一勝のところに顔をだした。
正国と一勝は、古市与助の手紙の内容をめぐって、ぎくしゃくした関係となっていた。
自然、一勝が正国を避けるようになっていた。正国は正国で、ときが解決するとおもい、一勝の好きにさせていたのだが、さすがにこたびのことは、自身で抱えておられぬ事態であった。
一勝のもとに顔を出した正国の表情は、非常にかたかった。
「おう、兄者ではないか。久しいな」
一勝の見る正国の顔色は、あきらかにすぐれなかった。手紙のことを蒸し返してやろうかとも思ったが、そんなことがいえないような正国のようすだったので、それはおのれの胸のうちに飲みこんだ。そして、一勝は兄にことばを発せられるよう、うながした。
「千手兄。どうした、冴えぬ顔をして」
「うむ。実はな……」
正国の言葉尻の歯切れも悪かった。
「あわてずともよい。ゆっくりでよい」
一勝にうながされ、ようやく気を取り直して、正国はいった。
「……湯浅と名のる者から、羽柴方に同心せぬかといわれてな……」
それを聴いて、一勝の表情が険しくなった。
「との(柴田勝豊)に返り忠(裏切り)しろというのか」
正国はかぶりを振った。
「いや、殿ともども、柴田修理さま(勝家)を裏切れということなのだ」
一勝はふかいため息をついた。正国は言葉をつづける。
「殿と修理さまのお仲のお悪いことは、おぬしにも以前話したとは思う。羽柴方はどこからかその話を聞きつけて、お二方のあいだに楔を打つつもりなのだ。わしは新参ながらも家老ゆえ、むこうが渡りをつけてきたようだ」
「なるほどな。となると、ほかの家老衆にも?」
「うむ。そう踏んでおる」
「──して、兄者はどう動く?」
「殿に御相談申しあげる」
一勝はきっ、と目をむいた。
「殿に返り忠をそそのかすのか?」
正国は大仰に手をふって、
「さにあらず、さにあらず。されど、わしひとりでは抱えきれぬ」
正国の返答に、ふっと表情を和らげる一勝であった。
「左様さな。この久之丞も同席しようか?」
「いや、一人で行く」
勝豊のもとに向かう正国の背が小さく見えた一勝だった。
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