がむしゃら三兄弟  第二部・山路将監正国編

林 本丸

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第二章 柴田勝豊家老・山路将監

柴田勝豊の苦衷

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 清須会議きよすかいぎの翌日、六月二十八日、秀吉は清須をでて長浜ながはまにむかい、勝家への城地じょうち引き渡しの手続きをおこなった。かれはもう、つぎの一手にでていた。
 いっぽう、勝家は自身の養子である勝豊かつとよを清須によびよせた。
伊賀いがどのに新恩しんおん(新しい領地)の長浜を任せようと思っている」
 勝家は、養子とはいえ自分の子の勝豊を受領名ずりょうめいで読んだ。なんともよそよそしい感じをその場にいた者たちも感じたのだから、本人である勝豊が一番それを感じていたであろう。
 その場には山路正国やまじまさくにもいて、正国も、なんともしっくりこない印象をうけた。
 勝家は自分は北陸ほくりくにあって、冬場は雪に閉ざされてしまうこと。また、そのために長浜が北陸と京都をつなぐ結節点けっせつてんであり、また、攻めかかるさいの橋頭堡きょうとうほとなることなどを勝豊にこんこんと説いたが、当の勝豊はなにを聞いても茫洋ぼうようとしていて、それが勝家にはなんとも歯がゆかった。
 正国は、勝豊の様子を心配がった。
(我がとの(勝豊)は大丈夫であろうか。御気分でもすぐれぬのか?)
 七月七日になって、勝豊は正国ら家老をともなって長浜に越してきた。
 引越が一段落すると、正国は勝豊の私室の書院によばれた。
将監しょうげん(正国)、大儀たいぎである」
「はっ、おそれいりまする」
「将監は、先日の親爺おやじどのとわしの対面をどうみたか?」
「どうみたかと申されましても……」
 口ごもる正国を無視して、勝豊はやや尖った口調でいった。
「わしはな、親爺どのがきらいだ!」
「――――!」
 正国に衝撃がはしった。子が父を嫌いであるという。そんな関係もなくはないが、しかし、これはのっぴきならぬ事態だとおもった。
「そ、それはどのような……」
 正国は自分の声が裏返るのを聞いた。あまりに正国が動揺しているので、勝豊はやや砕けて、
「まぁ、そう硬くならずとも良い」
「はぁ」
「実はな、将監。権六ごんろくどのな……、あのお方がお生まれになってから、親爺どのとギクシャクし出してな……」
 権六とは、柴田勝家の実子で、通名を権六と言った。もちろんお市とのあいだの子ではなく、勝家の側室の子である。それでも勝家とは血がつながった実の子であることにまちがいはない。
 ちなみに勝家もかつては権六を通称としており、この辺がややこしいのだが、勝家実子の権六と、勝家自身の名の権六については、そのつど断りをいれたい。読者にはわかりにくくて申し訳ないが、むかしは自身の名を嫡男に名乗らせるのは普通におこなわれていたことなので、ご了解いただきたい。例としては織田信秀のぶひで三郎さぶろうを信長も名のっていたし、徳川家康も自身の幼名竹千代たけちよを、嫡男ちゃくなんであった信康のぶやすに名のらせていたりしてむかしはこうして家督継承者かとくけいしょうしゃを明確にしていた。
 ちょっと脱線が過ぎたが、話を戻そう。
 正国は、(ははぁーん)と得心とくしんした。むかしは勝豊を可愛がってくれていた勝家が、実子が生まれると愛情が実子の権六にむかい、養子の勝豊はうとまれるようになったのだな――と。
 勝豊もそのようなことを言って、正国の予想を裏打ちした。
「し、しかし、理由わけはどうあれ、とのは修理しゅりさま(柴田勝家)のお子にはかわりございませぬ」
「うむ。それはわしも理解しておる。だが、頭では理解しておっても、心がついてこぬ。悩ましいところだ……」
(これは一大事ではないだろうか?)
 正国は、前途に薄いとばりがかかったような気がした。

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