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山南・沖田 (心の内)前編

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沖田「どうして逃げ切ってくれなかったのですか?俺、山南さん、敬さんにはどこまでも逃げて欲しかったんですよ。なのに何故…」
  (会えたのが、こんなにも嬉しいのに…俺はどうして素直に会いたかったって言えないんだろう?馬鹿だ、俺は…)
山南「わかってるくせに…いうなよ。それを許したら新撰組が困るだろ」
  (お前が来てくれたんだ…こんなに嬉しいことはない…。いつもは人をからかって遊んでいるのに、こういう事になるとお前は真っ直ぐだな、何に対しても…)
沖田「それでも俺は…」
  (あー!こんなこと言いたいんじゃない!)
山南「諦めろ」
  (こんなにも必死になりよって…俺なんかの為に…)
沖田「だったら、わかってたんだったら、何故抜けたんですか」
  (俺が見つけた時のあの笑顔といい、俺に「戻るか」と言ったことといい…敬さんに会いたくてただただ会いたくて、逃がしたくてここまで来たのに…どうして敬さんはこんなにも穏やかな顔をしているんだろう…)
山南「俺の居場所はもうあそこにはないんだよ…」
  (そうだ…もうない…なにもかも…)
沖田「そ、そんな事」
  (い、嫌だ!)
山南「わかってるくせに…いうなよ」
  (お前にこんな辛い事言わせたくないんだが…もう…無理なようだ)
沖田「俺、敬さんの気持ちわかります。俺は、そんな事いっちゃいけないから…」
  (敬さんの真意はわからないかも知れない…先生や歳さんと揉めていたから…敬さん、居たたまれないんだ。だからってなにも言わずに行くことなんてないよ。どうして俺に相談してくれなかったの?俺では役不足なの?それでも言って欲しかったんだよ。敬さん………)
山南「なら聞くが、総司、お前は俺がずっと逃げ続けたら…屯所に戻る事なくずっと俺を追いかけるかい?」
  (嫌なことを聞くな…わかっているのに俺としたことが)
沖田「俺…」
  (本当ならそうしたい!ずっとずっと追い続けていたい。そう思ってここまで来たのに、問われると心が揺らぐだなんて…。俺って卑怯だ!)
山南「悪かった。お前には酷な問いだった…。」
  (すまんな、総司)
沖田「ち…違う!」
  (嘘じゃない!即答できなくっても一緒に居たいのは本当なんだ。だから戻らずに追いかけると決めてたんだ。なのに、どうして俺って………)
山南「いいんだよ。わかってる。わかってるから、何もいうな、忘れてくれ…」
  (苦しめちまったか…)
沖田「敬…さ…」
  (本当に、違う…のに…言えない自分がただただ嫌だ!)
山南「昔の…試衛館の頃がいちばんよかったな…戻れるものなら…いや、よそうか」
  (辛そうな顔しよって…本当にお前は…)
沖田「今からでも逃げて…」
  (俺は敬さんに会いたくて来た。それだけなんだ。逃げて欲しいと…きっと歳さんも…だから俺だけに)
山南「言うな、総司。お前が来てくれて嬉しいよ。…歳だね?」
  (こんな配慮が出来るのは土方くんしか居るまい。先生なら大勢で何がなんでも捕らえに来る筈だ)
沖田「言われなくても志願しましたよ。敬さんにはずっと俺を見ていて欲しかったのに…」
  (先生や歳さんに言えないことは、すべて敬さんに相談してた…たった一人だけ。俺が先生や歳さんの次に失いたくない人)
山南「総司。お前には近藤先生や歳もいるだろ?!」
  (お前にはあの二人がいる。大丈夫さ、お前なら)
沖田「二人は特別ですよ。わかってるくせに…ずるいですよ。敬さん」
  (先生や歳さんは、俺の身内みたいな存在。いや、それ以上の絆がある…でも敬さんは…俺にとって…初めて心許せる人)
沖田「俺になにひとつしがらみがなかったら…敬さんについて行きたいですよ」
  (これが本心なんだ…叶わないけど…。敬さんの傍はいつも優しい空間に包まれる…俺を癒してくれる人…)
山南「…総司、お前には二人を置いていけない。そうだろ?」
  (嬉しい事言うなぁ。それだけでもう十分だ)
沖田「…わかってますよ」
  (俺には先生方に恩義がある。あの時、この俺を受け入れてくれなかったら…きっと俺はここにはいない…そう、わかってるさ)
沖田「ねぇ、敬さん…」
山南「何だい…」
沖田「あの頃が…あの頃が一番楽しかった…」
  (どうして、こうなったんだろう?ただ、生きていく為、強くなる為に、京に来ただけなのに…)
山南「そうだな…」
沖田(どうして…敬さんと別れる事に…それも法度破り…考えたくない!考えたくないよ、敬さん…)
山南「そんな顔するな、総司。お前は笑顔の方が似合うんだから」
  (泣きそうな顔をしよって…そうさせたのは俺か…)
沖田「………」
山南「懐かしいなぁ~道場で皆と汗を流した日々…」
山南「酒を呑み交わしながら、この先の将来について誰しも分け隔てなく討論しあった日々…余りにも昔になった…」
  (ついこの前の出来事だと思っていたが、余りにも時代の流れが早すぎる。たった数年があっという間に感じるとは…)
山南「総司、お前を初めて見た時、鳥肌が立ったよ。お前は別格だと。お前の傍だけ空気が違った。」
  (あれは…忘れられないな…)
沖田「………」
  (敬さんと初めて会った日かぁ…)
山南「誰にもない風、お前だけが身に纏っていた。そんなお前がふと見せる淋しさに俺はいつしか心奪われた」
沖田(寂しさ?そんな…気付かれてただなんて…)
  「やだな…買いかぶりすぎですよ」
山南「俺は感じたままを言った。初めてだがな」
  (生涯言うつもりなんてなかったが…最後になるだろうからな)
沖田「嬉しくないですよ…」
  (本当は…俺、嬉しいんだ。やっぱり敬さんだ)
山南「最後なんだから諦めろ。好きに、好きに言わせてくれ」
沖田「いやですよ」
  (俺、こんなにも嘘つきになってる…嬉しくて嬉しくてしょうがないんだ。こんな時だっていうのに…)
山南「お前を見るだけであの頃を思い出せる…お前は道場で木刀をふるい、真剣ではただ強者を求め、子供らとは楽しく無邪気に遊ぶ…そんな無垢なお前がいちばん好きだな、俺は…」
  (誰がなんと言おうが総司は殺戮者ではない。ただただ剣の道が好きで、そして子供らと共に遊んで過ごすのが大好きなごく普通の少年なんだ)
沖田「敬さんもよく一緒に遊んでくれましたよ」
  (俺は子供らに交じって遊ぶのが好きで好きでたまらなかった…俺にはなかった時間だったから…敬さんと新さんは非番になるとよく子供らと一緒になって遊んでくれた…そう、俺と遊んでくれてたんだ)
山南「そうだった、そうだった………総司…」
沖田(改まって…何を言うんだろう…)
山南「己より弱者を十、二十人抜刀するよりもただ一人の猛者と抜刀したい…お前はもう、それさえ叶わなくなるんだな」
  (お前の剣に心がなくなる…出来れば何とかしてやりたい…何とか…総司、辛いだろうに…
沖田「仕方ないです。でも齊藤さんが本気で遊んでくれたら叶うんですけどね」
  (命令に従って斬る…当然の事。何も考えない。頭を空っぽにして淡々と動き全うする。俺の意思なんて…これっぽっちも関係ない。あったらあったで邪魔になる…何があったって、皆といられれば…俺の居場所、それさえあれば十分だ。そう…十分なんだ…)
山南「ははは…無理だな」
  (一か…奴なら対等に剣を交えてくれるだろう。総司の心を救って…いや、察してくれても、それはないか…)
沖田「やっぱりそう思います?」
  (一さんは上手く俺の頼みをかわすんだよね)
山南「必ず勝つ相手じゃないと己からは仕掛けないさ」
沖田「そんな事ないですよ。俺を倒す秘策持ってますよ、齊藤さんはね。俺にはわかるんです。」
  (皆は俺が天才剣士だとかいうけれど、その先が見える齊藤さんのような男こそが天才なのに…齊藤さんは、そんな素振り、誰にも見せやしない…もしかして、俺だけが理解してるって事?)
沖田「なのにひた隠しにするんだから。その先を知りたい俺にそんな意地の悪いことを…俺はその先の高みをどうしても知りたいのに…」
  (そう…齊藤さんを倒した先にある何かを………)
山南「その先の高みか?!今でも十分天賦の才に恵まれてるじゃないか?」
  (剣に対して真摯に向き合う、この姿こそ総司だな、嬉しいよ)
沖田「何不思議なこと言うんですか…俺がその先があるってわかるのに信じてくれないだなんて…やっぱり…」
  (俺は、俺がいちばんだなんて自惚れてはいない。俺より強者に出会ってないだけ)
山南「総司…お前はどこまでも剣には純粋で貪欲だな」
  (そのままでいさせてやりたいが…この動乱の流れの中では…無理だろうに…)
沖田「俺にはそれしか生きる術がなかったんですから…仕方ないですよ………」
  (生きていく為だけの剣が俺を支えてくれた。俺に剣がなかったら生きていけなかった…それ程俺にとってはなくてはならない存在)
山南「そんな顔するな」
  (何を思い出しているのか、手に取るようにわかる。辛そうな顔なんかしよって…誰にも見せやしないお前が、こんなにも気弱な姿を見せるなんてな…)
沖田「敬さんだから素直になれるんですよ」
  (俺、変だ。いつもの俺らしくない…こんなにも沢山の想いが溢れてとまらないだなんて…俺らしくない、でも今はそれがこのひとときがいとおしく思えるんだ!)
山南「お前はいつも素直だよ」
  (可愛いな…総司よ)
沖田「やめてください。恥ずかしい…。いつも以上に素直ですよ…」
  (きっと、敬さんだから…俺はこんなにも敬さんに甘えたいんだ。いつまでもきっと…)
  「こんなに話出来るの、もう…最後なんですから…」
  (そう…忘れてはいけない。これが最後だと)
山南「そうだな。屯所までに語り尽くせばいいか…」
  (まだ時間はある…屯所までは…二人きりの時間が………)
山南「総司、お前が俺を『敬さん』って呼ぶ時は、お互い非番で子供らと遊んでる時だけだよな。屯所ではただ一度たりともなかった…」
  (お前はお前で区別をしっかりつけてたんだろう)
沖田「………」
  (新撰組の俺。非番の俺。同じ俺だけどやっぱり違うから…)
山南「お前は俺を捕まえに来た筈なのに…相変わらず、純な奴だな…」
  (こんな俺を見つけて逃がそうと必死になりおって…お前の優しさが切ないよな…)
沖田「敬さんこそ、逃げないじゃないですか…どうなるか、わかってても…」
  (まるで俺を、俺だけを待っていたかのような…そんな気がしたんだよ…敬さん………)
山南「これでも大好きだったさ…近藤先生、歳、新さん、源さん…名前を挙げるときりがない…」
  (皆の顔が思い浮かぶよ…まるで走馬灯のように…)
山南「総司と平助は特別だな…俺はお前が一番可愛かった」
  (平助と総司は違う危うさを持っておる。それぞれ個々の生い立ちによるものだろう…目が放せない二人だった。特に本当の感情を表に出さないお前が…)
沖田「………」
  (俺のこと、こんなにも好きでいてくれたんだ…なのに、俺は失うんだ…敬さんを…どうしたらいい?諦めきれないよ…)
山南「居場所が無いと悟った以上、俺は何処に居ればいいと云うんだ?直訴しても俺の言葉は届かない。」
  (見捨てる事になってしまった…許せ、平助…わかっておくれ…総司)
山南「思想がたがってしまったらどうしようもない。どれだけ仲間を愛していようがな。そして俺は裏切れない。」
  (そう…こんなにも仲間を友を愛してる…ずっと共に過ごせると思っていた。だが、少しずつ歪みが起こり狂っていった…少しの歪みがもう、取り返しのつかない、埋められない…仕方が…ない)
山南「もう、これ以上心の痛みに耐えられんのだよ…許せ、総司…」
  (俺は裏切れない、だから身も心も新撰組の為に使う…新撰組に置いていく…)
沖田「敬さん………」
  (だから…こんなにも辛そうなのに穏やかでいられるんだ…こんなにも俺たちを愛してるって言っているように聞こえるのに。なのに俺って耐えられない、許せって、敬さんに言わせている…俺ってなんて馬鹿なんだろう?敬さんと話せて嬉しいのに、こんなにも辛いことを、俺は喋らせてる…)
山南「どうせなら刀を向き合って闘って果てたかった。叶うなら仲間に斬られてもいい。出来れば…お前と剣を交えたいものだが、やっぱり嫌か?」
  (真剣で闘えたら…。いつのまにか総司に越えられてた。今のこの身では総司が強すぎて足元にも及ばないとわかっていても、聞いてしまうな。俺はこんな体になっても闘いたいのだ)
沖田「嫌ですよ。無理なこと言わないでくださいな。俺にはそんな事…できるわけがない…」
  (もし…もし闘って、手傷を負わせれば、そうすれば…歳さんの言うように連れて帰らなくても…。いや、敬さんは納得しない。どんなことになっても敬さんは俺と共に戻ると言う…だって、敬さんだもの。闘いに手なんか抜けない…敬さんとは真摯でいたい…)
山南「ははは…わかってる。お前と命のやり取りをお前が求めてないことぐらい…」
  (いってみたかっただけなんだよ…総司…)
山南「江戸に戻った所で何もありはしない…だから抜けて死罪になることを選んだんだ」
  (俺の身体は…まだ使い道が残ってる…)
沖田「『死罪』………」
  (なんて冷たくて重い言葉なんだろう…悲しみも苦しみも何もありはしない…)
沖田「最初っから決めていたんですね」
  (こんなにも揺るぎない覚悟…俺なんかがとめられる筈ないよ…なのに、俺を見た時、あんなに笑顔で…俺が迎えに来るのを…本当に待っていた…?)
山南「最後ぐらい、な」
  (寂しそうな声だな…総司)
沖田「そこまで腹くくってたなんて…俺にはもう、何もできやしない…悔しいな、本当、悔しいですよ、敬さん…」
  (どんなに懇願しても、覆ることなんてない…どうすることも出来ない…敬さんを失ってしまう…敬さんを…。俺はこの先を耐えていけるのだろうか…)
山南「言うな…」
  (言わせているのは俺か………)

前編  了
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