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15日目【腰:束縛】
しおりを挟む龍郷が酒に酔うことはまずない。
社交の場で慣れていることもあるが、人前で自制をなくした様を見せるのが嫌なのだろうと思う。だいたい、冷静な思考が出来なくなれば、帰ってから仕事の続きが出来なくなる――くらいのことは考えていそうだ。
しかし今日、日付の変わるギリギリに帰って来た龍郷は、しおんの目にもわかるほど酔っ払っていた。
上着を脱いで胸元を寛げながら寝台に伏せる。かろうじていつもの紙片をひとつ摘み上げたところで、そのまま身動きもしなくなってしまった。
「おい、龍郷。りゅうごー?」
よほど断れない席だったのか。こんなとき、一緒に行けないことをあらためてもどかしく思う。
とにかく水でも飲ませるか。 水差しの乗ったテーブルまで移動しようと寝台の上で立ち上がったとき、不意に足首を掴まれた。
「――、!」
均衡を失った体はあっさりと沈む。寝台の上だったから良かったようなものの、固い床ならどうなっていたか。
「おい、酔っ払い!」
怒鳴りつけるが、龍郷は無言のまましおんの上にのしかかってきた。
「え――」
うつ伏せに伏せられ、寝間着の裾を捲られる。その拍子、龍郷の手から離れた紙片には「腰」という文字が記されていた。
「りゅ、龍郷、りゅうごう」
戸惑いながら寝台の頭の方へと這って逃げた。足首を掴む龍郷の手はひどく熱を持っていて、怯んだ隙に引き摺り戻される。
手荒な扱いを腹立たしく思いながらしおんは、心臓が期待に跳ねるのを感じてもいた。
龍郷と出会って、世界はなにもかも色を変えた。変えられてしまった。
特に強くそれを感じるのはこんなときで、ずくずくと血の一滴ずつが弾けるような感覚を、止めることが出来ない。
思えばもう半月も〈そういうこと〉をしていない。それ以前は三日と空けずだったのだ。 正直〈当分しない〉とだけ告げて、日限を切らなかったことを悔いている。どうせ龍郷のことだ、すぐになし崩しにされてしまうと思っていた。 そうしてそれを期待してもいた。
――本当に自分は龍郷の手で作りかえられてしまった。誰かになにかを期待するなんて。しかもそれが色恋沙汰なんて。
「 嫌だ」と自分の唇を割って出る声音が湿っていることを、隠し通せなくなるなんて。
うつ伏せに押さえつけられる力に、正気のときはどれだけ気遣われていたのかを知る。――そのくせ、乱暴な扱いに甘美な震えが止まらない。 龍郷の体温が近づいてきて、腰の窪みに濡れた唇が触れる。
「は……ッ、」
不意の風が草原の草葉を鳴らす。その中にぽつんと立って感じるような畏れと快感が、長く焦らされた皮膚の上を走っていった。 そこは元々弱い場所で、好む場所でもあった。じわじわと日を費やして巧みに追い立てられていった罠がひと息に閉ざされたようだった。
「りゅ……ご……、」
もう、約束などどうでもいい。このまま虚勢の奥底で燻る熾火を暴かれてしまっても。
「――龍郷?」
嵐に飲み込まれることを覚悟したのに、それは一向に襲ってこなかった。
「りゅうごう……?」
起き上がって見てみれば、龍郷はうつ伏せのまま、ぴくりともしない。
――ね、寝てる。
糸の切れた操り人形のように頭から布団に伏せて寝入る百貨店王の姿は、貴重と言えば貴重だが、今はひとつも有り難くない。 「……のやろう……っ!」
毒づいて布団をひっかぶる。
――思い直して再び布団からもぞもぞ抜け出すと、苦労して龍郷の下から掛布団を抜き出し、布団の中に収めてやった。怒りさえ長続きしない。こいつに出会ってからは。
「……この野郎」
ぽすっと布団越しその体を叩いて落ちる呟きは、自分でも聞いたこのない響きをしていた。
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