みなしごと百貨の王

あまみや慈雨

文字の大きさ
上 下
32 / 50

7日目【鼻:愛玩】

しおりを挟む
 翌朝目覚めると、龍郷の姿は既になかった。なんでも、昨日残した仕事のためにいつもより早く出たのだという。
 ――昨日の今日で、大丈夫なのか?
 音楽隊の練習の間も、クリスマスのチャリティーコンサートの打ち合わせの間も、ずっとやきもきして過ごし、邸に戻る頃にはなんだかどっと疲れてしまっていた。自分が病むよりも、人が病むほうが疲れるというのは、いったいどういう理屈なんだろう。……初めての経験すぎて、戸惑う。
 「なんだかやつれてないか?」 
 遅く帰宅した男が、そんなことを言う。
 「……あんたは元気そうだな」
 「ああ、おかげさまで。昨日飛び切りきく薬をもらったからな」 「あれ、そんなに効くのか?」
 見たところ、ごく普通の頓服のようだったが。龍郷の家ともなれば特別に調合させるくらいのことはさせているのかもしれない。なんにせよ本当に一晩で良くなったらなによりだった。
 龍郷が一瞬目を見張ったあと、なにか察した様子でくつくつと愉快そうに笑っているのが気にはなるのだが。
  愉快そうな様子のまま、龍郷は今日の分の紙片を摘み上げた。 「さて、今日の分は――鼻か」
 「鼻? 」
 また、妙なところをと思いつつ、しおんは龍郷の腹を跨いだ。寝台の頭に背を預けている龍郷の鼻に口づけようとして、気づく。
 ――これ。
 唇にするのと、恥ずかしさほとんど変わらなくないか? 
 なにしろ正面から顔に迫ることになる。こっちが見つめるということは相手も見つめているということで――勿論龍郷はとうにそのことに気がついているのだろう。黒く濡れたような瞳が、悪戯な光を帯びてこちらを見ているのだった。
  ――くっそ。
  昨日は、その前に嘘をついたという後ろめたさがあった。するな、と言われるとしたくなる、奇妙な意地も働いた。
 つまるところ、勢いがあった。 その勢いのまま引き上げて、龍郷の反応を見る間もなかったから――パラフィン紙越しの口づけの感触が今頃になってよみがえってきて、胸の中が直接火でも当てられたかのように熱くなる。
 「 ……してくれないのか?」
 「するよ! してやる! ――」
  からかうように煽られ、しおんはやけくそ気味にぐっと顔を近づけた。龍郷の、日本人にしては高い鼻梁に口づける――直前で、躊躇った。
 「どうした?」
 「な、なんか、難しい」
 正面に陣取ったのが良くなかったのかもしれない。そこからぶつからないよう鼻先にだけ口づけるのは案外難しかった。龍郷が面白そうに眺めていると考えれば考えるほど、なんだか焦る。
 「ん、――」
  それでも 頬に落ちかかる髪を耳にかけ、首を傾げた。唇がどうにか鼻先をかすめる。
  龍郷の吐息が触れた。口づけとも言えないお粗末なそれに苦笑しているのがわかって、しおんはもう一度、角度を変えて唇を寄せる。 龍郷はそれを、ふいっとかわした。
 「この――、」 
 抗議の声を上げる頸を、ぐいっと引き寄せられる。
 「――、」 
 柔らかな衝撃。と、思った次の瞬間には離れ、再び重なる。重なった次の間隙にはやさしく吸われる。
 「ん……、」
 綻びの隙間から舌が入り込んできて、舌先を吸われた。
  龍郷の腹が波打つと、熱い体温が伝わってくる。 何気なく跨っていた自分の下肢が〈そういう〉熱を帯びた。
 「……ッ、は、」
  うっかり身を任せてしまいそうになる衝動を無理矢理押し留めて、唇を引き剥がす。混ざりあった唾液で、少し噎せた。
 「は、鼻、だろ……ッ!」
  咎めれば、龍郷は濡れた唇を拭いながらしゃあしゃあと言うのだ。 
「昨日は紙越しだったからな。その分だ」
 「な、……!」
 それは、あんまりにも龍郷ばかりに都合がい いのではなかろうか。
にやにやと愉快そうな顔をする龍郷に、しおんは
 ――もう二度とこいつの心配なんかしてやるか――
 と誓った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

王太子からは逃げられない!

krm
BL
僕、ユーリは王家直属の魔法顧問補佐。 日々真面目に職務を全うしていた……はずなのに、どうしてこうなった!? すべては、王太子アルフレード様から「絶対に逃げられない」せい。 過剰なほどの支配欲を向けてくるアルフレード様は、僕が少しでも距離を取ろうとすると完璧な策略で逃走経路を封じてしまうのだ。 そんなある日、僕の手に謎の刻印が浮かび上がり、アルフレード様と協力して研究することに――!? それを機にますます距離を詰めてくるアルフレード様と、なんだかんだで彼を拒み切れない僕……。 逃げられない運命の中で巻き起こる、天才王太子×ツンデレ魔法顧問補佐のファンタジーラブコメ!

勇者は魔王!?〜愛を知らない勇者は、魔王に溺愛されて幸せになります〜

天宮叶
BL
十歳の誕生日の日に森に捨てられたソルは、ある日、森の中で見つけた遺跡で言葉を話す剣を手に入れた。新しい友達ができたことを喜んでいると、突然、目の前に魔王が現れる。 魔王は幼いソルを気にかけ、魔王城へと連れていくと部屋を与え、優しく接してくれる。 初めは戸惑っていたソルだったが、魔王や魔王城に暮らす人々の優しさに触れ、少しずつ心を開いていく。 いつの間にか魔王のことを好きになっていたソル。2人は少しずつ想いを交わしていくが、魔王城で暮らすようになって十年目のある日、ソルは自身が勇者であり、魔王の敵だと知ってしまい_____。 溺愛しすぎな無口隠れ執着魔王 × 純粋で努力家な勇者 【受け】 ソル(勇者) 10歳→20歳 金髪・青眼 ・10歳のとき両親に森へ捨てられ、魔王に拾われた。自身が勇者だとは気づいていない。努力家で純粋。闇魔法以外の全属性を使える。 ノクス(魔王) 黒髪・赤目 年齢不明 ・ソルを拾い育てる。段々とソルに惹かれていく。闇魔法の使い手であり、歴代最強と言われる魔王。無口だが、ソルを溺愛している。 今作は、受けの幼少期からスタートします。それに伴い、攻めとのガッツリイチャイチャは、成人編が始まってからとなりますのでご了承ください。 BL大賞参加作品です‼️ 本編完結済み

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

処理中です...