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アドヴェントカレンダー
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少し早いですが、アドヴェントカレンダー的な小話を。
アドヴェントカレンダーがとても好きなのです。
**********************************
「死にそうな顔で待ってるからなにかと思えば、そんなことか」
ネクタイを解きながら、龍郷は言う。しおんは寝台の上で正座した腿の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。
「そ、そんなことってなんだ」
急速に復興に向けてあちこちで普請が続く帝都の霜月も末。明日から師走で巷はますます忙しくなくなっていくことだろう。勿論龍郷は店や財界の仕事で、しおんは頼まれたチャリティーコンサートでと飛び回り、それをひしひしと感じている。
龍郷は絹の寝巻きに着替え、しおんの隣に寝そべり、きゅっと握ったしおんのこぶしをほぐすように触れてくる。 「言葉が足りなかったな。……そんな可愛いことだと思わなかった」
「ッ……!いいから、なんかないのか」
気障な仕草が照れ臭く、振り払いながら促すと、龍郷はそんな反応さえ楽しんでいるかのように笑うから、しおんは「……くそ、」と苦々しく呟くことしかできない。
師走といえばクリスマスだ。
明治の初めに伝わったその風習は、西洋の文化を積極的に取り入れて列強に追いつこうという機運の中、あっという間に定着した。日本には元々歳末に贈り物をする歳暮があったため、受け入れやすかったとも言われている。クリスマスセールは、今やどこの百貨店も取り組んでいる定番行事だった。
今年は本店があんなことになった関係で大々的なセールこそ出来ないものの、仮店舗で出来るだけのことをする他、華族会館でのチャリティーコンサートに少年音楽隊を派遣するなど、龍郷百貨店でも準備に追われ始めたところだ。
で、だ。
しおんにとってクリスマスといえば、教会を母体とした孤児院で、お祈りをさせられる日でしかなかった。 親しい者や世話になった者同士、贈り物をし合う日などということは、今年初めて知ったのだ。
――だったら俺は、龍郷になにかやらなきゃいけないんじゃないか。
だから帰りの遅い男を待ち「クリスマス、あんたはなんか欲しいものないのか」と訊ねてみたというのに龍郷ときたら先のような態度。その上逆に訊ねてくる。
「そういうおまえはなにかないのか?」
「俺はもう、」
もらってる。充分過ぎるくらい。足枷でしかないこの容姿が役に立つということ、歌うこと、暖かくて清潔な寝床。生きていていいと毎日思いながら過ごすこと。それら全部こいつからもらったもの。
「……俺はいい。店だって大変なときだし。それよりおまえだ」
素直に口にするのは気恥ずかしくてそう告げれば、龍郷はうーむと考え込む振りをした。
「俺はなにもかも持っているからな……美男で頭脳明晰でおまけに金持ちでなおかつ仕事が出来る」
「――はいはい」
ばかばかしくなって背を向ける。そのまま寝台に潜り込もうとしたところを、腕を掴んで引き寄せられた。
「すぐ拗ねる可愛い恋人も」
「拗ねてねーー」
おまえが真剣に取り合わないからだろう、という抗議は、口づけに絡め取られてしまう。初めは触れる程度だったのに、誘うように舌先で唇を撫でられると、自然と濡れた口腔まで受け容れてしまう。戸惑いが形になる前に龍郷の熱を持つ舌はしおんのそれをねぶった。
「ん……」 泉のように溢れ出る唾液と一緒に沸いた快楽をすすられる。
かと思えば、龍郷のほうから注がれる唾液もまたとろりと熱を持っていて、しおんは、女中頭の作ってくれるレモネードに添えられた蜂蜜を思い浮かべた。行儀悪くそれだけを先に口に含むと、癖のある甘さでむせそうになる。 「は……っ」
今まさにむせかえりそうになって、しおんは腕を突っ張ると、龍郷の抱擁の中から逃れた。
「つれない」
龍郷は呟くが、もちろん本気の拒否でないことくらいわかっているだろう。
「今日はだめだ。というか、当分だめだ」
しおんは龍郷の声に滲む期待に気がつきながら、ぴしゃりと告げた。
プレゼントに、なにか欲しいものがないのかと訊ねると同時に、言おうと思っていた。 しばらく〈そういうこと〉はなしだ、と。
なんでも涼しい顔をしてこなしてしまうから、つい見過ごしてしまいそうになるが、震災以降、龍郷は一日も休みを取っていなかった。 仮店舗での営業をいち早く始めたとはいえ、新店舗の普請を進めながらとなると、儲けなどないに等しい。それでも龍郷は千人からいる従業員をひとりも解雇していなかった。 そして従業員以上に働き、日々復興のために飛び回っている。
とはいえ「休みを取れ」と言ったところで聞くような性格でもない。それならせめて、邸にいる間ゆっくり眠ってもらうくらいしかできないではないか。
「俺も、忙しいし、寝不足の酷い声で客をがっかりさせたくない」
用意していた言葉を紡ぐと、龍郷はひとつ瞬いた。今まで求められれば拒んだことなどなかった。心変わりを疑われたりするだろうか? それでもいい。放っておけば好きなだけ仕事にのめり込んでしまうこの男を、どこかで止めなければ――
――って、早速またなんか考え込んでんな。
目を離した隙に、龍郷はいつもの顎に指を添える仕草で物思いに沈んでいた。こうなるともうどうすることも出来ない。
じりじりしながら待つと、龍郷は不意にしかつめらしく寄せていた眉根を解いた。
「……アドベントカレンダー」
「は?」
龍郷と暮らすようになって、横文字の言葉にも随分と慣れたのだが、今度のそれは初めて耳にする。
しおんが戸惑っている間に龍郷は寝台から飛び降りた。続きの間の書斎に向かったかと思うと、万年筆と便箋を手に戻る。
「これを小さい紙片に切ってくれ」
「いいけど、なんなんだよ……」
言葉の足りなさを遺憾なく発揮する恋人にやや呆れつつ、言われた通りにしてやる。イニシャルの透かしが入った上等の便箋を切り刻むのは気が咎めたが、龍郷はそんなことを気にするようすもなくしおんの切り分けた紙片に何事か書きつけ、それをさらに半分に折り畳んだ。外からは、なにが書いてあるかわからない。
「欧米には、アドベントカレンダーといって12月の頭からクリスマスまで、毎日ひとつずつ包みを開けていく暦があるんだ。印刷されているものもあるが、親子で手作りしたりもする。中には小さなキャンディやチョコレート、人形なんかを入れる」
親子で、と言ったとき、龍郷の声音がやさしさを帯びたから、わかってしまった。英吉利時代、母との僅かな休暇をこうして過ごしたことがあるんだろう。
小さな包みを開ける度、母子で笑い合う。そんな、ささやかで幸福な時間。
すべてを用意し終えると、龍郷は紙片たちを寝台脇のテーブルに置かれていたキャンディポットの中に無造作に放り込んだ。
「これから毎日、帰ってきたらこの中からひとつ俺が選ぶ。なにが書いてあるかはわからない」
「? ああ――」
「書かれている箇所に、おまえからして欲しい」
「なにを?」
相変わらず要領を得ない言葉に先を急かすと、龍郷は不敵な笑みで口元を歪めた。
「キス、だよ」
アドヴェントカレンダーがとても好きなのです。
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「死にそうな顔で待ってるからなにかと思えば、そんなことか」
ネクタイを解きながら、龍郷は言う。しおんは寝台の上で正座した腿の上で、ぎゅっと拳を握りしめた。
「そ、そんなことってなんだ」
急速に復興に向けてあちこちで普請が続く帝都の霜月も末。明日から師走で巷はますます忙しくなくなっていくことだろう。勿論龍郷は店や財界の仕事で、しおんは頼まれたチャリティーコンサートでと飛び回り、それをひしひしと感じている。
龍郷は絹の寝巻きに着替え、しおんの隣に寝そべり、きゅっと握ったしおんのこぶしをほぐすように触れてくる。 「言葉が足りなかったな。……そんな可愛いことだと思わなかった」
「ッ……!いいから、なんかないのか」
気障な仕草が照れ臭く、振り払いながら促すと、龍郷はそんな反応さえ楽しんでいるかのように笑うから、しおんは「……くそ、」と苦々しく呟くことしかできない。
師走といえばクリスマスだ。
明治の初めに伝わったその風習は、西洋の文化を積極的に取り入れて列強に追いつこうという機運の中、あっという間に定着した。日本には元々歳末に贈り物をする歳暮があったため、受け入れやすかったとも言われている。クリスマスセールは、今やどこの百貨店も取り組んでいる定番行事だった。
今年は本店があんなことになった関係で大々的なセールこそ出来ないものの、仮店舗で出来るだけのことをする他、華族会館でのチャリティーコンサートに少年音楽隊を派遣するなど、龍郷百貨店でも準備に追われ始めたところだ。
で、だ。
しおんにとってクリスマスといえば、教会を母体とした孤児院で、お祈りをさせられる日でしかなかった。 親しい者や世話になった者同士、贈り物をし合う日などということは、今年初めて知ったのだ。
――だったら俺は、龍郷になにかやらなきゃいけないんじゃないか。
だから帰りの遅い男を待ち「クリスマス、あんたはなんか欲しいものないのか」と訊ねてみたというのに龍郷ときたら先のような態度。その上逆に訊ねてくる。
「そういうおまえはなにかないのか?」
「俺はもう、」
もらってる。充分過ぎるくらい。足枷でしかないこの容姿が役に立つということ、歌うこと、暖かくて清潔な寝床。生きていていいと毎日思いながら過ごすこと。それら全部こいつからもらったもの。
「……俺はいい。店だって大変なときだし。それよりおまえだ」
素直に口にするのは気恥ずかしくてそう告げれば、龍郷はうーむと考え込む振りをした。
「俺はなにもかも持っているからな……美男で頭脳明晰でおまけに金持ちでなおかつ仕事が出来る」
「――はいはい」
ばかばかしくなって背を向ける。そのまま寝台に潜り込もうとしたところを、腕を掴んで引き寄せられた。
「すぐ拗ねる可愛い恋人も」
「拗ねてねーー」
おまえが真剣に取り合わないからだろう、という抗議は、口づけに絡め取られてしまう。初めは触れる程度だったのに、誘うように舌先で唇を撫でられると、自然と濡れた口腔まで受け容れてしまう。戸惑いが形になる前に龍郷の熱を持つ舌はしおんのそれをねぶった。
「ん……」 泉のように溢れ出る唾液と一緒に沸いた快楽をすすられる。
かと思えば、龍郷のほうから注がれる唾液もまたとろりと熱を持っていて、しおんは、女中頭の作ってくれるレモネードに添えられた蜂蜜を思い浮かべた。行儀悪くそれだけを先に口に含むと、癖のある甘さでむせそうになる。 「は……っ」
今まさにむせかえりそうになって、しおんは腕を突っ張ると、龍郷の抱擁の中から逃れた。
「つれない」
龍郷は呟くが、もちろん本気の拒否でないことくらいわかっているだろう。
「今日はだめだ。というか、当分だめだ」
しおんは龍郷の声に滲む期待に気がつきながら、ぴしゃりと告げた。
プレゼントに、なにか欲しいものがないのかと訊ねると同時に、言おうと思っていた。 しばらく〈そういうこと〉はなしだ、と。
なんでも涼しい顔をしてこなしてしまうから、つい見過ごしてしまいそうになるが、震災以降、龍郷は一日も休みを取っていなかった。 仮店舗での営業をいち早く始めたとはいえ、新店舗の普請を進めながらとなると、儲けなどないに等しい。それでも龍郷は千人からいる従業員をひとりも解雇していなかった。 そして従業員以上に働き、日々復興のために飛び回っている。
とはいえ「休みを取れ」と言ったところで聞くような性格でもない。それならせめて、邸にいる間ゆっくり眠ってもらうくらいしかできないではないか。
「俺も、忙しいし、寝不足の酷い声で客をがっかりさせたくない」
用意していた言葉を紡ぐと、龍郷はひとつ瞬いた。今まで求められれば拒んだことなどなかった。心変わりを疑われたりするだろうか? それでもいい。放っておけば好きなだけ仕事にのめり込んでしまうこの男を、どこかで止めなければ――
――って、早速またなんか考え込んでんな。
目を離した隙に、龍郷はいつもの顎に指を添える仕草で物思いに沈んでいた。こうなるともうどうすることも出来ない。
じりじりしながら待つと、龍郷は不意にしかつめらしく寄せていた眉根を解いた。
「……アドベントカレンダー」
「は?」
龍郷と暮らすようになって、横文字の言葉にも随分と慣れたのだが、今度のそれは初めて耳にする。
しおんが戸惑っている間に龍郷は寝台から飛び降りた。続きの間の書斎に向かったかと思うと、万年筆と便箋を手に戻る。
「これを小さい紙片に切ってくれ」
「いいけど、なんなんだよ……」
言葉の足りなさを遺憾なく発揮する恋人にやや呆れつつ、言われた通りにしてやる。イニシャルの透かしが入った上等の便箋を切り刻むのは気が咎めたが、龍郷はそんなことを気にするようすもなくしおんの切り分けた紙片に何事か書きつけ、それをさらに半分に折り畳んだ。外からは、なにが書いてあるかわからない。
「欧米には、アドベントカレンダーといって12月の頭からクリスマスまで、毎日ひとつずつ包みを開けていく暦があるんだ。印刷されているものもあるが、親子で手作りしたりもする。中には小さなキャンディやチョコレート、人形なんかを入れる」
親子で、と言ったとき、龍郷の声音がやさしさを帯びたから、わかってしまった。英吉利時代、母との僅かな休暇をこうして過ごしたことがあるんだろう。
小さな包みを開ける度、母子で笑い合う。そんな、ささやかで幸福な時間。
すべてを用意し終えると、龍郷は紙片たちを寝台脇のテーブルに置かれていたキャンディポットの中に無造作に放り込んだ。
「これから毎日、帰ってきたらこの中からひとつ俺が選ぶ。なにが書いてあるかはわからない」
「? ああ――」
「書かれている箇所に、おまえからして欲しい」
「なにを?」
相変わらず要領を得ない言葉に先を急かすと、龍郷は不敵な笑みで口元を歪めた。
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