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新たなオメガと抑制剤(2)
しおりを挟むこっちの世界に来てから一番くらいに胸を高鳴らせて、おれは走っていた。
抑制剤になるものが、こっちの世界にもあった。
もちろん、たった一回効いたくらいで、これがアルファにも効くかどうかまではわからない。でもまったく救いがなかった今までよりは、あいつの心が軽くなるはずだ。
「あ、おい」
アスランの執務室に向かう途中で、警備兵に呼び止められた。
アスランが全員に褒美を配ってからは、こいつらの間でもおれは顔パスで、ほとんど呼び止められたことなんかなかった。でもこのときのおれはメヤンを見つけた興奮で、それを気に留める余裕はなかった。
「アスラ――」
レースのような文様の彫刻が施された扉を勢い任せに開いて、部屋に飛び込む。
そこに、美しい男が跪いていた。
「あ、えと……ごめん、取り込み中だった?」
「いえ」
男は短く応じると、隙のない仕草で立ち上がった。軍人のようにも見えるけど、おれとすれ違いざますっと目を伏せた様子なんかは、中性的で、男か女かわからない美しさがある。
そいつが去ってから、部屋の中にいつもいるはずの小姓がいないことに気がついた。つまり、下がらせて、ふたりきりだったわけだ。あの綺麗な顔の男と。
こそこそと――
と考えて、思い当たった。
もしかしてさっきの奴、オメガ?
探させてたのが、見つかったんだろうか。
発情でもしていない限り、オメガ同士はお互いにそれとわからない。でも、向こうの世界では、オメガは中性的なタイプが多いと言われていた。さっきの美形はまさに――
もう発情は収まったはずなのに、胃の底がぐっと不快になる。
「どうした? 急に」
アスランが訊ねてくる。
今のって、見つかったオメガ?
どうしてか、そう訊くことはできず、おれは懐からメヤンの包みを取り出した。
「なんだそれは。草の根……?」
「メヤンだよ。庶民の甘味料。おれ、さっきバザールで発情して」
「なに?」
アスランの顔が険しくなる。おれは慌てて続けた。
「偶然これで作ったジュース飲んで、収まったんだ。たぶん、抑制剤になると思う。だから、これがあれば、もうおまえも暴れたりしなくなる。呪いなんて誰からも言われなくなる。――オメガと、交わらなくてもいいんだ」
「そう、か」
アスランの表情はなぜか晴れなかった。
もう〈呪い〉なんて呼ばせない。そのための薬になるものがみつかったってのに、嬉しくないのか?
やっぱり、せっかく見つけてきたさっきのオメガと、そういうことをしたかったんだろうか。考えると、また、腹の辺りにもやもやが蠢いた。
アルファがオメガを求めるのは当たり前のことだし、こっちの世界のオメガなら、おれよりも相性がいい可能性だってある。なにより、こいつは王様だ。
そしておれはただの厨房奴隷。アスランには、好きにする権利がある。
アスランは執務机の椅子にゆっくりと腰をおろした。
「……私からもおまえに話があって、ちょうど呼びにやろうとしていたところだ」
「え?」
立ち尽くすおれに、アスランは言った。
「砂糖祭りでの活躍に対する褒美だ。ウミト――後宮を出て、街に店を持つことを許可する」
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