16 / 16
春色
しおりを挟む「辻―、夏目―、来たよー」
三月の終りの東京で、すばるは志村を迎えに出た。流星と一緒に暮らすことになったマンションの一室だ。
それぞれ無事に東京の大学に合格し、慌ただしく引っ越しを終えたところだった。
「与えられたものを活用するのは別に罪じゃないのよ」
と流星の姉は言って、辻家所有のマンションの中からゴージャスなものを斡旋してくれようともしたのだが、すばるのほうで断って、ちゃんと将来的に返せる範囲の家賃のところに落ち着いた。
志村は都下の親族の家に居候するそうで、二人よりも一足早く上京していた。大学に通いやすく家賃も手頃なマンションを見つけることができたのは、志村が相談に乗ってくれたおかげでもある。今日集まったのは、その礼と、部屋のお披露目が目的だった。
◇ ◇ ◇
あれから、両親につがいの契約がが上書きされたことを報告した。
すばるにはためらいがあったのだが、流星が「ちゃんとしたほうがいい。受験もあるし、すっきりしたほうがいいだろ」と言ってくれたからだ。
「おれ、あのことがあって、一生ひとりぼっちだと思ってた。でも流星がいてくれた。いい加減な気持ちじゃなくて、これから、ずっと一緒に生きてくつもりだから」
意外にも、その報告を聞いた母は泣き崩れた。
「……どうしたらいいかわからなかったの……どうしたらいいかわからない間に、周りの人は怒るし、噂も立つし、気持ちが追いつかなくて……ごめんなさい……もっと早くちゃんと話をしなきゃいけなかった。でも、大事なときにすばるを守れなくて、傷ついてるかと思うと、なにを言うのも赦されない気がして……」
噛まれて以来、初めて母の本当の気持ちを聞いた気がする。
仕方のないことだったのだと、すばるはあらためて思った。
あの頃は今よりはるかに偏見が強かった。想定外の出来事に見舞われて、誰もどうしたらいいかわからなかったのだ。
険しい顔つきで黙り込む父にしても、それは同じだったろう。
「お父さん」
噛まれて以来、初めて自分からまっすぐ父親を見つめた。
「お父さんに、おまえが誘惑したんじゃないだろうなって言われて、おれ、凄く苦しんだ。……だから、すべてをなかったことにはできない」
両親と対峙したテーブルの下で、気がつくと流星がすばるの手を握ってくれていた。
すばるもまた、その手をぎゅっと握り返す。
「でも〈これ以上お互い傷つけ合わない〉ことはできると思うんだ」
父親は微動だにしないまま目頭を押さえ、声もなく泣いた。
それから叔父にも連絡した。
引き離されてから初めて、ネットでの対面だった。
運命のつがいに上書きされたのだと話したら、叔父はたっぷり一分間沈黙し、それから大号泣した。
大号泣したのに、泣き止んだあと「ふたりのことを絵本にしてもいいかな」なんて言うから、苦笑してしまった。
身バレしないようにしてくれるなら、と返事してある。
◇ ◇ ◇
志村は「まだ料理とか大変だろうから、駅前で色々買ってきたよ」と惣菜を広げていく。
今日はそんないい奴志村にも今までのことをすべて話すつもりだった。志村のことだから、うっすらとなにかを感じてはいるだろうが、筋は通したい。
始めは付き合っているというのは嘘だったということ。
それから、流星がアルファであること。
それぞれが家族にどんな仕打ちを受けてきたかということ。
買ってきた唐揚げを頬張るのも忘れた様子で聞き入っていた志村の第一声は「最初嘘だったとか、全然気がつかなかった」だ。
「ほんとに? 気を遣ってくれてたわけじゃなくて?」
やっと我に返った志村は、むぐむぐと唐揚げを咀嚼して、ウーロン茶で流し込むと、二つ目に手を伸ばしながら言った。
「いや、だって辻って夏目のこと見るときいっつもやさしい顔してたし。いつだっけ、そう、花火大会の日だって、はぐれたふりでふたりきりにし」
流星が急に咳払いして、志村はなぜかその話をやめてしまった。
「えっとじゃあ運命だって言ってたときは、お互い運命のつがいだって、知らなかったってこと?」
なぜ花火大会の話をやめたのか気になりつつも、すばるは頷く。
「うん」
「ああ」
流星の声は苦々しい。けれど志村は、またしても我がことのようにぱあっと顔を輝かせる。
「それこそ凄い運命じゃん!」
すばるが流星と顔を見合わせていると、志村が声を上げた。
「あ、ここ桜見えるじゃん。お得~」
窓を開けると、桜の花びらがひらひらと部屋の中まで迷い込んできた。
春だ。
一年前の今頃には、考えつきもしなかった、穏やかな春だ。
春が嫌いだった。
でも今は違う。
隣にいるだけで、流星が同じ日のことを思い出しているのがわかる。それが嬉しい。
すばるは、流星の肩にそっと身を預けた。
〈了〉20230324
0
お気に入りに追加
71
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
その空を映して
hamapito
BL
――お迎えにあがりました。マイプリンセス。
柔らかな夏前の風に乗って落とされた声。目の前で跪いているのは、俺の手をとっているのは……あの『陸上界のプリンス』――朝見凛だった。
過去のある出来事により走高跳を辞めてしまった遼平。高校でも陸上部に入ったものの、今までのような「上を目指す」空気は感じられない。これでよかったのだと自分を納得させていた遼平だったが、五年前に姿を消したはずの『陸上界のプリンス』朝見凛が現れて――?
※表紙絵ははじめさま(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/830680097)よりいただいております。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!
きよひ
BL
ぼっち無愛想エリート×ぼっちファッションヤンキー
蓮は会話が苦手すぎて、不良のような格好で周りを牽制している高校生だ。
下校中におじいさんを助けたことをきっかけに、その孫でエリート高校生の大和と出会う。
蓮に負けず劣らず無表情で無愛想な大和とはもう関わることはないと思っていたが、一度認識してしまうと下校中に妙に目に入ってくるようになってしまう。
少しずつ接する内に、大和も蓮と同じく意図的に他人と距離をとっているんだと気づいていく。
ひょんなことから大和の服を着る羽目になったり、一緒にバイトすることになったり、大和の部屋で寝ることになったり。
一進一退を繰り返して、二人が少しずつ落ち着く距離を模索していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる