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結局出番のなかった傘だが、予算内に収まったため、希望者にはお土産としてプレゼントしていた。女性参加者のほとんどは持ち帰ってくれ、そこでまた奇跡が起きた。
自由時間となった翌日は雨だったのだ。
様々なクーポンや冊子をつけていたから、飛行機の時間まで市内を散策してくれた参加者も多かった。そこで雨に降られ、傘を使った写真がSNSに投下されたのだ。
〈街コン行ってきた。船もご飯も夕日もみーんな楽しかったのに今日は雨……と思ってたら、見てこのお土産の傘! 神かな?〉
最近の若者は写真も手慣れたものだ。うまいこと城や神社の萩の花などと一緒に傘を写して呟かれたその写真は拡散され、無数の♡がつけられている。
〈どこで買えるんですか? ググってみたけどわからなくて……差し支えなければ教えてください〉
〈頂いたものなのでメーカー名とかわからないんですが、とりあえず参加したのはこれです。ここでしか作ってないとか言ってたようなないような……〉
そこが重要なんだよ、と思うが、街コンのURLを貼ってくれたのは幸いだった。
〈リンク先見てきたけど、この内容でこの値段、普通にツアーあったら行きたい〉
〈この湖って、××ってアニメのシーンに超似てる。モデル日本だったんだ〉
〈これは写真撮りたくなる~〉
どこまでも続くリプライを一通り確認し終え、どうやら悪意あるものはなさそうだと胸を撫でおろしたとき、上司が上機嫌で肩を叩いた。
「いやあ、これは大成功と言っていいんじゃないの。さすが椿くん」
「傘はやっぱり椿くんの言う通り色用意してよかったよね。あんなに好みが割れると思ってなかった。あ、まとめができてる」
誰か奇特な投稿者が、それぞれのツイートをまとめたものまで作ってくれたらしい。そこにはちゃんと梓市の所在地や交通手段まで記されていた。それで初めて梓の存在を知った人のツイートも掲載されている。
これで今すぐ観光客が爆発的に増えるということはないだろうが、初めての取り組みの反応としては確かに上々だ。
「いえ、僕は……」
なにもしていない。強いていうなら重箱の隅をつつくようにケチをつけただけだ。心の中では失敗しろと思っていた。
むしろこの手柄は――まとめを追っていくと、目指すアカウントが目に入った。観光協会のものだ。
『あずさご縁巡り街コンに参加してくださった皆様、有難うございました。皆様に良きご縁がありますように。第二回の開催時期は未定ではありますが、城祭りなどもあり、これからの梓は一番いい時期です。ぜひおいでください』
署名はないが、誰が書いたか添付された写真でわかる。あの日カフェで一緒に食べた椿の練り切りだ。
今回の立ち寄りスポットにして写真が被らないよう他の投稿者に気を遣ったのかもしれないが、よりによってこれを選ばなくても。
というか、椿。
あの日はやり場のない憤りにとらわれていて、深く考えていなかった。十種類も並んだ中からわざわざ人の名前と同じものを――考えて、ぷるぷる頭を振る。
自意識過剰だ。赤くて目を引くし。そもそも市の花だって話をしたあとだし。誰だって自然と目が行く。それだけのことだ。
ともかく梓初の街コンは無事終わった。
晴臣も観光協会に入った以上街コンの企画だけしていればいいわけでない。他の仕事にも駆り出されるはずで、あんなに頻繁に顔を合わせることはもうないだろう。
そうなればもう、晴臣と接する度、俺もゲイだと他の人にバレたらどうしよう、と心の水面がざわざわ波立つこともない。
やっと元通りの生活だ。さらば東京から来た男。
「椿くん、どうかした?」
「どう、とは?」
「なんかじっと観光協会さんの写真見てるから」
「――、」
やばい。ええと。こういうとき、なんてかわしたら――県下でも随一の進学校に通ったのだから、頭は悪くないはずだと多少の自負はある。なのに最近、とっさに巧い言葉が見つけ出せないタイプだと、思い知らされてばかりいる。
同僚女性は「あ」と口にすると、意地悪な笑みを作った。
「お腹空いてるんでしょう! 椿くん、意外と和菓子好きだもんねー。待ってて、さっきお客さんからもらったお饅頭が」
――なんだ、そっちか。
「いえ、大丈夫です」と丁重に断ったとき、スマホが鳴った。いつもならクソダサ課名を口にする前に精神統一が一拍必要なのだが、今は天佑にも思える。
「はい、梓市『ご縁巡り課』月森です。――ネットニュースさん? 取材? はい。ご連絡有難うございます」
反応は嬉しいが、正直ネットのニュースは玉石混交だ。取り上げられ方も、こちらの反応も、なにがマイナスに転ぶかわからない。「一度上司に確認してから、あらためてこちらからご連絡差し上げる形で宜しいでしょうか」と注意深く応じて、椿は通話を終えた。
上司のネットリテラシーはあてにできないからもちろん椿が精査するのだが、報告だけはしておくかと席に向かうと、上司もどこかに電話をしているところだった。
ちょうど話しを終え、椿の顔を見るやいなや満面の笑みになる。
「椿くん、こんなにうまくいったんだから、やるよ、打ち上げ。温泉で! 今観光協会の早坂君にも連絡しといたから!」
自由時間となった翌日は雨だったのだ。
様々なクーポンや冊子をつけていたから、飛行機の時間まで市内を散策してくれた参加者も多かった。そこで雨に降られ、傘を使った写真がSNSに投下されたのだ。
〈街コン行ってきた。船もご飯も夕日もみーんな楽しかったのに今日は雨……と思ってたら、見てこのお土産の傘! 神かな?〉
最近の若者は写真も手慣れたものだ。うまいこと城や神社の萩の花などと一緒に傘を写して呟かれたその写真は拡散され、無数の♡がつけられている。
〈どこで買えるんですか? ググってみたけどわからなくて……差し支えなければ教えてください〉
〈頂いたものなのでメーカー名とかわからないんですが、とりあえず参加したのはこれです。ここでしか作ってないとか言ってたようなないような……〉
そこが重要なんだよ、と思うが、街コンのURLを貼ってくれたのは幸いだった。
〈リンク先見てきたけど、この内容でこの値段、普通にツアーあったら行きたい〉
〈この湖って、××ってアニメのシーンに超似てる。モデル日本だったんだ〉
〈これは写真撮りたくなる~〉
どこまでも続くリプライを一通り確認し終え、どうやら悪意あるものはなさそうだと胸を撫でおろしたとき、上司が上機嫌で肩を叩いた。
「いやあ、これは大成功と言っていいんじゃないの。さすが椿くん」
「傘はやっぱり椿くんの言う通り色用意してよかったよね。あんなに好みが割れると思ってなかった。あ、まとめができてる」
誰か奇特な投稿者が、それぞれのツイートをまとめたものまで作ってくれたらしい。そこにはちゃんと梓市の所在地や交通手段まで記されていた。それで初めて梓の存在を知った人のツイートも掲載されている。
これで今すぐ観光客が爆発的に増えるということはないだろうが、初めての取り組みの反応としては確かに上々だ。
「いえ、僕は……」
なにもしていない。強いていうなら重箱の隅をつつくようにケチをつけただけだ。心の中では失敗しろと思っていた。
むしろこの手柄は――まとめを追っていくと、目指すアカウントが目に入った。観光協会のものだ。
『あずさご縁巡り街コンに参加してくださった皆様、有難うございました。皆様に良きご縁がありますように。第二回の開催時期は未定ではありますが、城祭りなどもあり、これからの梓は一番いい時期です。ぜひおいでください』
署名はないが、誰が書いたか添付された写真でわかる。あの日カフェで一緒に食べた椿の練り切りだ。
今回の立ち寄りスポットにして写真が被らないよう他の投稿者に気を遣ったのかもしれないが、よりによってこれを選ばなくても。
というか、椿。
あの日はやり場のない憤りにとらわれていて、深く考えていなかった。十種類も並んだ中からわざわざ人の名前と同じものを――考えて、ぷるぷる頭を振る。
自意識過剰だ。赤くて目を引くし。そもそも市の花だって話をしたあとだし。誰だって自然と目が行く。それだけのことだ。
ともかく梓初の街コンは無事終わった。
晴臣も観光協会に入った以上街コンの企画だけしていればいいわけでない。他の仕事にも駆り出されるはずで、あんなに頻繁に顔を合わせることはもうないだろう。
そうなればもう、晴臣と接する度、俺もゲイだと他の人にバレたらどうしよう、と心の水面がざわざわ波立つこともない。
やっと元通りの生活だ。さらば東京から来た男。
「椿くん、どうかした?」
「どう、とは?」
「なんかじっと観光協会さんの写真見てるから」
「――、」
やばい。ええと。こういうとき、なんてかわしたら――県下でも随一の進学校に通ったのだから、頭は悪くないはずだと多少の自負はある。なのに最近、とっさに巧い言葉が見つけ出せないタイプだと、思い知らされてばかりいる。
同僚女性は「あ」と口にすると、意地悪な笑みを作った。
「お腹空いてるんでしょう! 椿くん、意外と和菓子好きだもんねー。待ってて、さっきお客さんからもらったお饅頭が」
――なんだ、そっちか。
「いえ、大丈夫です」と丁重に断ったとき、スマホが鳴った。いつもならクソダサ課名を口にする前に精神統一が一拍必要なのだが、今は天佑にも思える。
「はい、梓市『ご縁巡り課』月森です。――ネットニュースさん? 取材? はい。ご連絡有難うございます」
反応は嬉しいが、正直ネットのニュースは玉石混交だ。取り上げられ方も、こちらの反応も、なにがマイナスに転ぶかわからない。「一度上司に確認してから、あらためてこちらからご連絡差し上げる形で宜しいでしょうか」と注意深く応じて、椿は通話を終えた。
上司のネットリテラシーはあてにできないからもちろん椿が精査するのだが、報告だけはしておくかと席に向かうと、上司もどこかに電話をしているところだった。
ちょうど話しを終え、椿の顔を見るやいなや満面の笑みになる。
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