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後日談:きみの知らないきみのひみつ
しおりを挟むいつものように旅館に入って、お風呂に入って、まあそうなれば当然致すことは致した夜。
百樹はうつ伏せに寝転がり、浴衣の足をぱたぱたさせたながらスマホを見ていた。残念ながら今回の滞在は休みの関係で一晩のみだが、次に来たときはどこへ行こうかなとこうして考えるのもまた楽しい。
そしてかたわらでは、歳上の恋人が寝転んだままの百樹の髪に、苦心しながらドライヤーを当てている。嘘みたいに甘やかされる、至福の時間だ。
すい、すい、と画面をスクロールさせて行き「ここ、綺麗だね」と口にすると、龍介がドライヤーを止めた。乾き具合をたしかめるように指を差し入れて髪をほわっと撫でたあと、どれ、と背中越し覗き込んでくる。
「ずいぶん南のほうだな」
梓と、そして隣町くらいまでならなんとか地理も掴めてきた百樹だが、龍介の声音からすると、どうも遠い場所らしい。
記事内から地図を見つけ出して表示させる。綺麗だなと思った赤い鳥居がたくさん並ぶ神社は、梓とはまったく反対側の、もはや隣県に接した辺りだった。
「あー、無理っぽい」
「無理ってことはない」
龍介はドライヤーの本体にくるくるコードを巻き付けてかたすとこともなげに言った。
「ただちょっと遠いから、そこまで行くならレンタカー借りたほうがいいだろうな」
「レンタカー?」
百樹は寝転んだまま龍介を振り仰ぐ。
「うちには社用車しかないからな。脇に社名が入ってる」
龍介の実家は漁業関係の機械メーカーで、この辺りではなかなか知られた企業らしいとは以前に聞いていた。
ーーいや大事なのはそこじゃなくて。
「龍介さん車も運転できるの?」
「そりゃな。この辺りじゃできなきゃ就活もままならない」
「えっと、じゃあなんで今までずっとバイクだったのかなって」
もちろんそれが不満ということではないのだが、単純に疑問だった。バイクより天候に左右されない分、市街地から遠く離れた空港に自分を迎えにくるのも多少は楽だったんじゃないかと思って。
百樹の言葉を聞いた龍介は、布団の上であぐらをかいたまま、固まっていた。
大きな手を口元に当てがい、険しい顔で考え事をしている。かと思うと、気まずげに顔を歪めるのだ。
自分と一緒にいるとき、龍介はたまにこんな顔をする。
まるで自覚がなかった自分の言動の意味に、今初めて気がついたみたいな顔をだ。
こういうとき百樹は「なになに?」と食いつきたいのをじっと我慢して、龍介の言葉を待つ。
「……悪い」
割と長い沈黙のあとの、いきなりの懺悔。
「バイクなら、移動の間もくっついていられるから、らしい……」
自信なさげに口にすると、その顔がみるみる上気していく。
「らしいって、ひとごと?」
そう言いって笑いはするものの、百樹は龍介のこんな反応が大好きだ。
無自覚で、無意識で、魂の近くから求められていることに喜びを感じてしまう。
七つも年上の恋人の、不器用な顔を知る度に、どんどん好きになってしまう。
百樹は重い体を布団から引き剥がし、龍介のあぐらの間に潜り込んだ。すっぽり胸に収まると、まるでここは巣みたいだと思う。
おれのための場所。どんなにいろんな人間を演じても、おれが帰ってくる場所。
「これから暑くなるし、今度からは車でーー」
「ううん、おれ、まだ全然大丈夫だよ。あとさ」
風呂の中で致して、出て致して、結局また風呂に入ることになってふらふらだったから、龍介が髪まで乾かしてくれていたのだが。
百樹は龍介の首に腕を回し、耳元で囁いた。
「もっかい、しよ?」
〈了〉
20210515
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