憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

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後日談:しるしを刻んで

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 それは、初めて梓の温泉地で龍介と休暇を過ごしたときのこと。

「んっ……」
 中居さんが去るなり、どちらからともなく見つめあって、キスをした。
 ついばむようなそれだけで、体がかっと熱を持つ。まるで、今までずっと眠っていた体中の器官が、一斉に目覚めるようだった。末端の隅々まで血が行き渡るような痺れーー

 一旦東京へ帰ったあと、毎日連絡は取り合っていたものの、やっぱりどこかに不安はあった。淋しさがあった。

 欠けていた部分を埋め合わせるようなキスはやがて激しさを増して、耳、そして首筋へと移動していく。

 濡れた舌が触れたとき、百樹は甘い痺れに震えながら、龍介の胸板をそっと押し返した。
「ま、待って龍介さん。おれ、シャワー浴びたい」
「別にかまわない」
 唸るように龍介が言い捨てる。完全に雄の気配を出して、自分を狩ろうとしているその顔にうっかり見惚れそうになり、百樹はぶんぶんとかぶりを振った。
「あの、おれ日焼け止め塗ってるから。舐めると美味しくないでしょ….…?」
「日焼け止め……」
 いきなり超現実的な言葉が飛び出したからか、龍介は狐につままれたような顔をする。
「うん。どんな役がきてもいいように、気をつけなくちゃいけないから」

 2.5次元俳優といえば、当然漫画やゲームから抜け出てきたような美しさが要求される。もちろん多少の粗があろうとヘアもメイクもプロがばっちり仕上げてくれるのだが、気をつけるに越したことはない。同じカンパニーの仲間は、特に主役級のメンバーは、化粧水も寝る前のパックもかかさない。

「あ、あのだから……キスマークとかも、ちょっと困る」
 言ってしまってから、しまったと思った。 
 一ヶ月ぶりの再会、一ヶ月ぶりの生身の触れ合い。その初っ端にあれもだめこれもだめと注文をつけるなんて。

 鬱陶しいと思われるに決まってる。

 案の定龍介は「そうか」と呟いたきり、難しい顔で黙り込んでしまった。
 機嫌損ねた? 
 でも舞台は自分に居場所を与えてくれた、大事な大事なものだ。それはこの先もきっとずっと変わらない。だったら最初に言って、ちゃんと理解してもらったほうがいい。

 だってずっと一緒にいたいから。

「りゅ、龍介さん、あのね」
 なんとか言葉を尽くそうとしたとき、ずっと思案顔だった龍介の表示から、険しさが消えていった。

「ーー見えなければいいんだな?」

「えっ、ひゃっーー」
 訊ねる間もなく体が浮いた。龍介のたくましい腕が膝裏に差し込まれて、軽々と運ばれてしまう。
 今日の宿は、和風旅館だが、寝室はベッドになっていた。ヘッドボードに丸く飾り窓のような意匠が施されていて、和の雰囲気を損ねないようになっている。
 二つ並んだその片方にももを降ろすと、龍介は深く口づけを落とした。
 そうしながら、シャツの胸をまさぐり、やがてその手はじょじょに下にむかう。
 清潔なシーツの匂い。
 衣ずれの音。
 その合間に舌を吸われて口腔をいいように蹂躙される濡れた音が混ざると、もうなにも考えられなくなってしまう。
 気づいたら、下着ごとパンツを剥ぎ取られていた。
 ぐっと膝を割られ、もう物欲しげに首をもたげていたものを舐め上げられる。

「ひゃん……っ!」

 漏れ出た声が恥ずかしくて、思わず両手で口を押さえた。
 その瞬間、足の付け根の一番柔らかなところに、龍介の唇が触れた。
「んん……っ!」
 びくん、と腰が浮く。龍介はそれを咎めるように腿をさらに押し広げた。
 じゅっと音を立てて吸う。
「やぁ……っ!」
 灼けつくような感触と、微かな痛み。
 そしてそれを上回る快感が、柔らかな箇所から全身を駆け抜けていった。


◇◇◇
「はい、オッケー。どう? 動きにくいとかないです?」
 今日は衣装の最終チェックだ。百樹はなにやらデコラティブな衣装を身につけたままま、くるっと一周してみる。殺陣の型をひとつとってみる。手首に針山をつけた衣装さんが「おお~」と声を上げながら、拍手してくれた。
「大丈夫です。衣装さんてほんと凄い」
「SENさんいつも褒めてくださるから、やりがいありますよ。じゃ、また脱いでもらって」
「はい」
 数人がかりで脱がしにかかる。線の出ない下着をつけているから、恥ずかしさはない。いや、ないはずだった。今までなら。

 でも今日は、龍介につけられたキスマークがあるんだと思うだけで落ち着かない。

 脚の付け根なんて、絶対に見えるわけはない。見えるわけはないのに気になってしまう。
 そこに、特定の男の所有の証があるのだと。
 それをこの人たちは知らないのだと思うと。

「はい、お疲れ様でした~。……あれ、SENさんなんか顔赤くないです?」
「えっ。あ、ああ、ここ窓ないからちょっと暑い……かな、はは……お疲れ様でした!」
 元気よく告げて、逃げるようにその場を後にした。暑い部屋を出たはずなのに、顔はどんどんほてってくる。

 ーー龍介さんめ。

 ひと気のない廊下の片隅で、百樹は壁にもたれた。ひんやりとして気持ちがいい。それでも脚の付け根はーーあの日龍介が印を刻んだ箇所だけは、いつまでも熱が去らない。

 ーーキスマークなんて、今まで〈困る〉としか思ったことなかったのに。

 今は別の意味で困っている。
 早くまたつけて欲しくて。





               〈了〉
              20210505
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