憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

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後日談:その名前でぼくを呼んで

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 本編に入りきらなかったエピソードです。
「しっちん」については「雨さえやさしく」の小話「空が明るくなるように」も併せてご覧いただけると楽しめるかと思います。

https://estar.jp/novels/25563457?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=viewer



◇◇◇



「探してくれたの? ありがとう! あっちのアンテナショップだともう在庫なくてさ。さすが本場は違うね」

  七つ歳下の可愛い恋人は、龍介の差し出した小さな袋を受け取ると、瞳を輝かせた。
 いつものように休暇を兼ねて手配した、旅館の一室でのことだ。
「こんなものに本場もなにもないだろ」
 苦笑する龍介をよそに百樹はさっそく包みを開ける。中から取り出されたのは、梓市のゆるキャラーー「しっちん」のマスコットだ。

 頭は湖で獲れるしじみ。常に片目をつぶるいわゆるウィンクで、出水管を舌のように出している、てへぺろスタイル。
 胴体はしじみの殻を表す縞模様。
スズキの奉書焼きをイメージした白いベスト。
 首元にはマフラー代わりにうなぎの「うなちゃん」が巻き付いている。
 足はモロゲエビ。
 左手は白魚、右手はアマサギ。
 口癖の「梓に来い来い!」でやはり名産の鯉を表現。
 全七種類の名産「七珍」で「しっちん」というわけだ。

 実に面妖な姿だが、百樹はキーホルダーになったそれを見つめ「母さんもクリスさんも喜ぶよ」などとやさしく目を細めるのだった。

 なんでも昨年末に観光課と観光協会が東京まで市のアピールに出向いたときたまたま誰かに撮られた動画がYouTubeにアップされ、以来しっちんは「謎の動きをする謎のゆるキャラ」として密かな人気なのだという。

 調子に乗った観光課の課長がマスコットまで作らせたということを、龍介は百樹に言われて始めて知った。
 なんにでも、どこにでも物好きな層というのはいるものだ。
 幸い、観光課には椿がいる。訊ねてみたら、実になんとも言えない顔をしながらそれでも在庫を探して来てくれた。

「百果が動画を気に入っちゃって。見せると泣き止むんだって。だからマスコットあったらいいかなって」

「百果」とは百樹の二十歳も離れた妹だ。
 生まれてくるまでは色々とあったのだが、今では百樹は梓に来るたび彼女へのお土産を楽しそうに見繕っている。
 神社を見つければ「御守り買ってく!」とはじから飛び込むのだ。一度など、受験守りを買おうとしていたから「それはまだちょっと早いんじゃないか」と流石に止めた。

 完全なる妹ハイ。

 龍介にも妹がいるが、歳が離れていなかったせいか、ここまででろでろに可愛がったことはない。
 まあ、仔猫やら仔犬やら赤ん坊やらの可愛らしさに抵抗できる人間もそういない。ましてや少しずつ「人間」に近づいてくる生き物だ。興味は尽きないだろう。

「もかがね、最近おれのことちゃんと認識してるみたいで、帰るって言うと寂しそうな顔するんだよ!」

「困っちゃうよね」と続ける言葉とは裏腹に、まったく困った様子でなくやにさがっている。「もか」は「百果」の愛称だろう。妹ハイがMAXに達し、家族間での呼び名がつい口をついてしまったらしい。

「もか、って可愛いな。ももが考えたのか?」

 未だかすかに幼さの残る百樹の声に、そのなんだかまるっこい響きの呼び名はハマりすぎだ。聞いてるこっちまで微笑ましい気持ちになる。
 そんな思いでふと口にしただけなのに、百樹は「え」と声を漏らすと、しっちんマスコットをぽとりと取り落とした。
 その顔が、みるみる赤く染まっていく。

 過剰な反応に、こっちが「え」だ。

「……俺はなにかおかしなこと言ったか?」
「う、ううん!」
  腕で顔を覆い隠しながらーーもうとっくに手遅れなのだがーー百樹は力強く否定する。
「ももだとおまえとかぶるし、いい呼び名だろ?」
「それもあるんだけど。……母さんとクリスさんはおれのこと百樹って呼ぶし、轍っちゃんは普段からセンって呼ぶし、稽古場だと役名で呼ばれることが多くて」
「うん?」
 今は百果の話をしていたはずだ。
 訝しむ龍介に、百樹はなぜか正座して居住まいを正すと、腿の上でぎゅっと手を握りしめた。意を決するように。

「……龍介さんから〈もも〉って呼ばれるの、おれだけにしときたいって、ちょっと下心ありで考えた、から……っ!」

 まるで罪を告白するように吐き出す。

 少しの沈黙のあと、龍介は、うつむいたその頬に手を伸ばした。

「もも」

「……き、きもいよね? おれ頭おかしいのかも。別に呼び名くらいなんだっていいのに」

 ますます体を縮こませる百樹の耳を甘噛みしながら、龍介はもう一度呼ぶ。
「ーーもも」
「ん……っ!」
 百樹が漏らす吐息は、もう甘くしめっていた。

「心配しなくても、俺にはおまえが世界一可愛い」

 かつての自分だったら、けして口にはしなかっただろう言葉も、自然に湧き出てしまうほど。

「もも」

 もも、と何度もくり返しその名を呼ぶ。甘く囁く。囁くごとに龍介は口づけを深くしていった。





               〈了〉
              20210429
 
 




 
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