憑依型2.5次元俳優のおれが、ビッチの役を降ろしたまま見知らぬイケメンと寝てしまった話

あまみや慈雨

文字の大きさ
上 下
5 / 37

5.掴まれた腕

しおりを挟む
 写真? やばい――気づかれた? 俺がSENだって。

 原作の知名度を舐めていただろうか。どうしよう。どう答えたら〈SEN〉の、いや関わった作品のイメージを傷つけない?
 目まぐるしく考える頭上で「どうぞ」と声がした。

 ――え?

 見れば、彼女たちの視線は百樹をとらえてなどいなかった。嬉々としてスマホを向けるその対象は龍介だ。

 彼女たちは入れ替わり立ち代わりツーショットを撮ると、最後に三人で龍介を取り囲んだ。
「すみません、撮ってもらっていいですか?」
 スマホを渡され、呆気に取られたままシャッターを押す。「ありがとうございます~」という間も、彼女たちの誰も〈SEN〉などに気づきもしない。
 百樹の手から奪うように受けとったスマホを覗き込んでは「超盛れた~」「最悪、目、つぶった~!」などと大いに盛り上がっている。

「××時×分初のお堀巡りに乗船の方、桟橋までどうぞ~」
 別の船頭が声を張り上げ、彼女たちは龍介に「ありがとうございました~」と頭を下げると、再び危なっかしい足取りで桟橋へと移動していく。

 嵐のように彼女たちが去ったあと、待合所の壁に雑誌の切り抜きが何枚も貼られているのに百樹は気がついた。

 そのすべてに城を背後に堀を行く小舟が載っているが、いくつかは船頭をクローズアップしている。船頭――龍介だ。

 誌面には〈イケメン美声の船頭さんと、まったりお堀一周五十分♡〉などの見出しが躍っている。中には簡単なプロフィールまで載せているものまであった。

〈岡さんは県内の強豪校で副主将を務め、甲子園出場も果たした元高校球児。小唄を披露する美声は応援で培われたもの〉

 なるほど、機能的な筋肉は野球で培われたものだったらしい。

 ――しかも甲子園出たことあるなんて、めちゃくちゃ凄い。

 以前、人気高校野球アニメ原作の舞台に出させてもらったことがある。意識の共有ということで、スタッフが原作のモデルになった甲子園常連校の見学に連れて行ってくれた。

 そこで学んだことだが、何度も甲子園に出るような学校は、朝は五時から夜は十時まで、休日も正月の二日間のみで、あとはずっと練習をしているらしい。

 もちろん、そこまでやっても甲子園にまで出られるのはほんの一握りの人間だ。青春のすべてをかけても、たった一試合負けただけで戦いは終わる。素直に凄いと思ったし、芝居の上でも役立ったから、今も覚えている。

 記事から察するに、どうやら龍介はここの看板船頭ということだろう。旅行者が滅多に着ない和服など着たら、一緒に写真を撮ってSNSに投稿したいと思わずにはいられないような。
「……凄い人気」
 思わず呟くと、頭上から、否定するかのような苦笑がかぶさってくる。
「旅先でテンションが上がってるだけだよ」
 その言葉で我に返った。そうだった。自分もおかしなテンションでやらかしてしまったひとりだ。
 財布は無事手元に戻った。長居は無用だ。
「じゃあ」

 それだけ告げて踵を返したとき、不意に腕を掴まれた。

 ――え?
 掴んでいるのは龍介だ。その骨ばった感触は、昨夜の逢瀬を思い出させた。ぶるっと体が震えて、振り払いたいのに振り払えない。

 おかしなことに、呆気に取られた様子なのは龍介も一緒だった。切れ長の目が今は大きく見開かれ、自分で自分の行動に戸惑っているように見えた。
 腕を掴まれたまましばし見つめ合ってしまう。

 次の舟を待つ団体客がどやどやとやって来なければ、もうしばらくそのままだったかもしれない。

 弾かれるように通路の両脇に逃れて、どこぞの老人会の一行を見送る。
 今度こそ立ち去らなければ、と思っていると、龍介は髪をかき上げながら言った。
「ちょうど昼時だし、昼飯、一緒にどうだ?」
 突然の申し出に面食らう。

 な、なんで?

 一晩限りの相手とずるずるしたっていいことなんてないとわかりきっている。

 断らなくちゃ。

 そう思ったのに、なぜか頷いてしまっていた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...