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5.掴まれた腕
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写真? やばい――気づかれた? 俺がSENだって。
原作の知名度を舐めていただろうか。どうしよう。どう答えたら〈SEN〉の、いや関わった作品のイメージを傷つけない?
目まぐるしく考える頭上で「どうぞ」と声がした。
――え?
見れば、彼女たちの視線は百樹をとらえてなどいなかった。嬉々としてスマホを向けるその対象は龍介だ。
彼女たちは入れ替わり立ち代わりツーショットを撮ると、最後に三人で龍介を取り囲んだ。
「すみません、撮ってもらっていいですか?」
スマホを渡され、呆気に取られたままシャッターを押す。「ありがとうございます~」という間も、彼女たちの誰も〈SEN〉などに気づきもしない。
百樹の手から奪うように受けとったスマホを覗き込んでは「超盛れた~」「最悪、目、つぶった~!」などと大いに盛り上がっている。
「××時×分初のお堀巡りに乗船の方、桟橋までどうぞ~」
別の船頭が声を張り上げ、彼女たちは龍介に「ありがとうございました~」と頭を下げると、再び危なっかしい足取りで桟橋へと移動していく。
嵐のように彼女たちが去ったあと、待合所の壁に雑誌の切り抜きが何枚も貼られているのに百樹は気がついた。
そのすべてに城を背後に堀を行く小舟が載っているが、いくつかは船頭をクローズアップしている。船頭――龍介だ。
誌面には〈イケメン美声の船頭さんと、まったりお堀一周五十分♡〉などの見出しが躍っている。中には簡単なプロフィールまで載せているものまであった。
〈岡さんは県内の強豪校で副主将を務め、甲子園出場も果たした元高校球児。小唄を披露する美声は応援で培われたもの〉
なるほど、機能的な筋肉は野球で培われたものだったらしい。
――しかも甲子園出たことあるなんて、めちゃくちゃ凄い。
以前、人気高校野球アニメ原作の舞台に出させてもらったことがある。意識の共有ということで、スタッフが原作のモデルになった甲子園常連校の見学に連れて行ってくれた。
そこで学んだことだが、何度も甲子園に出るような学校は、朝は五時から夜は十時まで、休日も正月の二日間のみで、あとはずっと練習をしているらしい。
もちろん、そこまでやっても甲子園にまで出られるのはほんの一握りの人間だ。青春のすべてをかけても、たった一試合負けただけで戦いは終わる。素直に凄いと思ったし、芝居の上でも役立ったから、今も覚えている。
記事から察するに、どうやら龍介はここの看板船頭ということだろう。旅行者が滅多に着ない和服など着たら、一緒に写真を撮ってSNSに投稿したいと思わずにはいられないような。
「……凄い人気」
思わず呟くと、頭上から、否定するかのような苦笑がかぶさってくる。
「旅先でテンションが上がってるだけだよ」
その言葉で我に返った。そうだった。自分もおかしなテンションでやらかしてしまったひとりだ。
財布は無事手元に戻った。長居は無用だ。
「じゃあ」
それだけ告げて踵を返したとき、不意に腕を掴まれた。
――え?
掴んでいるのは龍介だ。その骨ばった感触は、昨夜の逢瀬を思い出させた。ぶるっと体が震えて、振り払いたいのに振り払えない。
おかしなことに、呆気に取られた様子なのは龍介も一緒だった。切れ長の目が今は大きく見開かれ、自分で自分の行動に戸惑っているように見えた。
腕を掴まれたまましばし見つめ合ってしまう。
次の舟を待つ団体客がどやどやとやって来なければ、もうしばらくそのままだったかもしれない。
弾かれるように通路の両脇に逃れて、どこぞの老人会の一行を見送る。
今度こそ立ち去らなければ、と思っていると、龍介は髪をかき上げながら言った。
「ちょうど昼時だし、昼飯、一緒にどうだ?」
突然の申し出に面食らう。
な、なんで?
一晩限りの相手とずるずるしたっていいことなんてないとわかりきっている。
断らなくちゃ。
そう思ったのに、なぜか頷いてしまっていた。
原作の知名度を舐めていただろうか。どうしよう。どう答えたら〈SEN〉の、いや関わった作品のイメージを傷つけない?
目まぐるしく考える頭上で「どうぞ」と声がした。
――え?
見れば、彼女たちの視線は百樹をとらえてなどいなかった。嬉々としてスマホを向けるその対象は龍介だ。
彼女たちは入れ替わり立ち代わりツーショットを撮ると、最後に三人で龍介を取り囲んだ。
「すみません、撮ってもらっていいですか?」
スマホを渡され、呆気に取られたままシャッターを押す。「ありがとうございます~」という間も、彼女たちの誰も〈SEN〉などに気づきもしない。
百樹の手から奪うように受けとったスマホを覗き込んでは「超盛れた~」「最悪、目、つぶった~!」などと大いに盛り上がっている。
「××時×分初のお堀巡りに乗船の方、桟橋までどうぞ~」
別の船頭が声を張り上げ、彼女たちは龍介に「ありがとうございました~」と頭を下げると、再び危なっかしい足取りで桟橋へと移動していく。
嵐のように彼女たちが去ったあと、待合所の壁に雑誌の切り抜きが何枚も貼られているのに百樹は気がついた。
そのすべてに城を背後に堀を行く小舟が載っているが、いくつかは船頭をクローズアップしている。船頭――龍介だ。
誌面には〈イケメン美声の船頭さんと、まったりお堀一周五十分♡〉などの見出しが躍っている。中には簡単なプロフィールまで載せているものまであった。
〈岡さんは県内の強豪校で副主将を務め、甲子園出場も果たした元高校球児。小唄を披露する美声は応援で培われたもの〉
なるほど、機能的な筋肉は野球で培われたものだったらしい。
――しかも甲子園出たことあるなんて、めちゃくちゃ凄い。
以前、人気高校野球アニメ原作の舞台に出させてもらったことがある。意識の共有ということで、スタッフが原作のモデルになった甲子園常連校の見学に連れて行ってくれた。
そこで学んだことだが、何度も甲子園に出るような学校は、朝は五時から夜は十時まで、休日も正月の二日間のみで、あとはずっと練習をしているらしい。
もちろん、そこまでやっても甲子園にまで出られるのはほんの一握りの人間だ。青春のすべてをかけても、たった一試合負けただけで戦いは終わる。素直に凄いと思ったし、芝居の上でも役立ったから、今も覚えている。
記事から察するに、どうやら龍介はここの看板船頭ということだろう。旅行者が滅多に着ない和服など着たら、一緒に写真を撮ってSNSに投稿したいと思わずにはいられないような。
「……凄い人気」
思わず呟くと、頭上から、否定するかのような苦笑がかぶさってくる。
「旅先でテンションが上がってるだけだよ」
その言葉で我に返った。そうだった。自分もおかしなテンションでやらかしてしまったひとりだ。
財布は無事手元に戻った。長居は無用だ。
「じゃあ」
それだけ告げて踵を返したとき、不意に腕を掴まれた。
――え?
掴んでいるのは龍介だ。その骨ばった感触は、昨夜の逢瀬を思い出させた。ぶるっと体が震えて、振り払いたいのに振り払えない。
おかしなことに、呆気に取られた様子なのは龍介も一緒だった。切れ長の目が今は大きく見開かれ、自分で自分の行動に戸惑っているように見えた。
腕を掴まれたまましばし見つめ合ってしまう。
次の舟を待つ団体客がどやどやとやって来なければ、もうしばらくそのままだったかもしれない。
弾かれるように通路の両脇に逃れて、どこぞの老人会の一行を見送る。
今度こそ立ち去らなければ、と思っていると、龍介は髪をかき上げながら言った。
「ちょうど昼時だし、昼飯、一緒にどうだ?」
突然の申し出に面食らう。
な、なんで?
一晩限りの相手とずるずるしたっていいことなんてないとわかりきっている。
断らなくちゃ。
そう思ったのに、なぜか頷いてしまっていた。
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