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第1章 始まり

鏑木マサト

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 共通歴734年2月17日 

 銀河共和連合国

 首都星ル・ソレイユ 国防総省にて

 先日の安全保障会議において、宇宙艦隊司令官に推薦された鏑木マサトは、国防総省に呼び出された。

 そして、鏑木は、宇宙艦隊総司令官の部屋へと足を運んだ。

「失礼致します。」

「入り給へ。」

 ドアを開くと、宇宙艦隊総司令官が待っていた。

「やあ。お久しぶり。鏑木マサト准将。」

「こちらこそ。ご無沙汰しております。総司令官殿。」

「まずは、こちらへ掛け給え。」

「失礼致します。」

 鏑木は、ソファーへと座る。

「早速であるが、本日は、君に昇進と異動の件について伝えたい。」

「昇進と異動ですか。」

 現在の鏑木の階級は准将で、配属は第8艦隊である。

「うむ。まず昇進については、少将へと昇進してもらう。」

「了解しました。しかし、32歳で少将ですか。さすがにこの昇進速度は、多方からのひんしゅくを買うのではないでしょうか。」

「貴官の心配はごもっともである。事実、32歳での少将への昇進は、銀河共和連合国宇宙軍の中で稀に見る昇進スピードだ。しかし、それに見合うだけの実績を挙げていることの裏返しでもある。
 もちろん、これを妬む連中も存在するだろう。しかし、君を昇進させるメリットとデメリットを比べた結果、前者の方が圧倒的に大きいため実施したというわけだ。」

「なるほど、しかし、これまでの実績は、単に運に助けられた要素が濃いと思っています。」

「はっはっはっ。随分と謙遜しておるな。時に慎みも大事だが、自身の能力は客観的に捉えることが重要であるぞ。」

「これは、失礼しました。」

 困ったな。運に助けられたと考えてるのは、本心なんだけどな。自身が才能に秀でてるんなんて思ったこともない。いつも基本に忠実に、特段大したことをしているわけでは無い。

「君の才能は、私が保証しよう。君の力が共和連合軍にとって必要なのだよ。鏑木マサト君。」

 いつの間にか総司令官殿に、気に入られたようだ。

「君のことを始めて目にしたのは、国立宇宙艦隊学校での模擬艦隊戦大会の時だよ。初出場であったにも関わらず、常識にとらわれない鮮やかな戦術を繰り出して、見事優勝した。そこから、君に目を付けていたのだよ。」

 あの時か。当時はイカサマなんて、良く言われたっけな。

「あはは。そんなに昔から注目して頂いてたのですか。光栄です。」

「うむ。君の戦術について邪道だと批判していた者もおったが、私は違う
。見事なものだと感じた。」

「ありがとうございます。」

「そして、最も感心したのは、先のマルヌ撤退戦における活躍だ。君は、攻撃により負傷した司令官の後任として、艦隊の指揮を行った。そして、3倍もの敵軍による猛攻を凌いで、艦隊を無事に撤退させた。報告書で詳細を読ませてもらったが、素晴らしい作戦であったよ。君の軍事的才能は本物だ。」

 こう、褒められるのには慣れていない。嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまう。

「いやぁ。私のことを高く評価して頂いて、恐縮です。」

「そういうことで、君の才能は私が保障しよう。そして、この流れで異動についても説明する。」

「はい。」

 そういえば、第16艦隊へ配属と言われたな。第16艦隊って後方の哨戒任務を主とする小規模艦隊だったな。しかし、これまで総司令官は私のことをやけに持ち上げていた。この話の流れなら、後方勤務にさせるのは筋が合わない。一体どういうことなんだろうか。

「まず、第16艦隊はご存じの通り、後方の哨戒任務を任されている小規模艦隊だ。しかし、軍会議により本艦隊の再編成を行うことが決定された。新兵を加えて、大幅な戦力拡充を行う。」

 艦隊の再編成か。しかも、かなり大規模な。一体何が起こるのだろう。

「なるほど。ということは、第16艦隊は半個艦隊程度の規模となるのでしょうか。」

「うむ。現時点では8000隻程度となる予定である。そして、この新たな第16艦隊を率いるが君の新たな配属先だ。」

 なんだって!

「え……。私が艦隊の司令官ですか。」

「そうだ。」

「しかし、艦隊の指揮は中将以上の階級が必要なのでは…。」

「通常ではそうだ。だが、この第16艦隊は半個艦隊程度の規模である。したがって、特例として少将でも指揮が可能となる。」

 まだ32歳の私に艦隊司令官なんて、さすがに早すぎる。何か裏事情でもあるようだ。

「なるほど。しかし、艦隊司令官ですか。私には荷が重すぎるような…。」

「32歳での艦隊司令官は、我が共和連合国宇宙軍の中でも例がない。しかし、君には才がある。若くとも艦隊司令官を務める器は、十分にあると考えておる。」

「あはは。私は総司令官殿にめっぽう気に入られたようですね。しかし、他にも理由があるのではないでしょうか。」

「鋭いな。では、君が司令官へ配属された理由を説明する。まず、帝国軍が超長距離ワープを使用した攻勢を計画しているとの情報が上がっている。そこで、第16艦隊を再編成し、帝国軍艦隊の攻勢に備えることが安全保障会議で決定された。」

「超長距離ワープですか。これはどういう代物なんでしょうか。」

「会議では、現時点の帝国軍は2000光年を超えるワープを成功させたとの情報が上がっていた。」

「2000光年ですか、これが真実なら現在の常識が根底から変わりますよ。」

「そうだ。内地に帝国軍が出現した場合に備えて、一定規模の艦隊を抑えとして配備することが必要となる。その一環として、第16艦隊が再編成されたのだ。」

 なるほど。こういった事情があったのか。

「しかし、この超長距離ワープの情報は、帝国軍による欺瞞作戦の可能性もあるのだ。」

「なるほど。欺瞞情報を流して、我が軍の後方への再配置を誘導し、その隙に戦力の低下した前線を突破するということですね。」 

「その通りである。」

 これなら、第16艦隊の中途半端な艦隊規模や、若くて経験の浅い司令官を登用することの辻褄が合う。

「なるほど。情報の不確実性から、第16艦隊の艦隊規模を最低限にして、若い新人の司令官を登用したことも理解出来ます。」

「ははは。呑み込みが早くて助かる。君の言った通りだ。敵の欺瞞情報を考慮して、前線から艦隊主力を後方へ再配置することは可能な限り避けたい。」

「そこで、最低限の戦力を満たした第16艦隊の出番ということですね。効率よく後方の防衛を行って、万が一敵軍が出現した場合は、遅滞戦術を行いながら援軍の到着を待つということですか。」

「その通り。また、同様の理由で、前線から経験ある司令官を引き抜くことも好ましくない。そこで、君の出番だ。」

「これは随分と重要な役目を授かってしまいましたね。」

「もし例の情報が真実であるなら、君の役割は、この戦争の勝敗を左右する非常に重要なものとなるだろう。苦労を掛けるが、大きな期待の裏返しでもある。よろしく頼む。」

「了解しました。全力を尽くします。」

 いやあ。とても重要な役割を任されてしまったな。なってしまった以上は頑張るしかないな。



 こうして、この日、鏑木マサトは少将への昇進と、第16艦隊司令官への配属が決定された。同日の夜、鏑木の姿は、ル・ソレイユのとあるバーにあった。


「やあ、御機嫌よう。鏑木少将。」

「からかわないでくれよジョン。正式な昇進は明後日だ。」

「ははは。もう決まったことなのだから良いだろう。軍の中では、史上最年少での少将の噂で持ち切りだぞ。」

 鏑木は、旧友のジョンから昇進祝いに誘われていた。

「あまり昇進しすぎるのも困りものだね。」

「何を言ってるんだ。出世は男のロマン。男であれば可能な限り高い地位に就きたいものではないか。」

「確かに、世の中大半の男性はそう思っているかもね。でも私はごめんだ。」
 
「なら鏑木はどういうことを目指して生きているんだ。」

「私は、軍隊を可能な限り早く引退して、悠々自適なセカンドライフを送りたいね。昼は趣味に勤しみ、夜は今日みたいに君と晩酌にいそしむ、こういう暮らしをしたい。」

 こういった生活を行うために、ある程度の資金と平和が必要だ。この両方を得るためには、軍隊で成果を挙げるのが近道だったわけだ。

「はははっ。やっぱり君は面白いな。性格は全く軍人向きで無いのに関わらず、並外れた軍事的才能を持ち、共和連合国宇宙軍から必要とされている。」

「全く今回の昇進のせいで、辞め時が分からなくなってしまった。せめて、終戦にこぎつけるような成果を挙げたいところだ。」

「終戦か。気の遠くなるような話だが、君なら可能かもしれないな。ぜひ期待している。そしてまた、飲みにでも行こうではないか。」

「出来る範囲で頑張るとしよう。今回はありがとう。次も楽しみにしているよ。」

「ははは。ではまた近いうちに。」

「じゃあまた。」

 こうして、鏑木の昇進祝いが終わった。その翌々日、鏑木は正式に銀河共和連合宇宙艦隊少将への昇進及び、第16艦隊司令長官に任命されたのである。
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