死を望む聖女と紫炎の悪魔が共に終点を探す話(仮)

梨杏

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プロローグ

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───むかしむかし、ある大きな国に聖女という清らかな乙女がいました。聖女は国が危機に陥った時、信仰心の高い国へ危害を加える邪悪な存在を祈りの力で結界を貼り、寄せ付けないようにしました。そうして聖女は邪悪な存在を浄化の力を使い、彼等を滅ぼしたのです。
そうして、聖女のお陰で国は安泰、平和な世界が保たれているのです。めでたしめでたし。


「清らかな乙女…、聖女様…ねぇ?」


持っていた絵本を閉じ、黒い炎で燃やしながら少年は心底愉しげに微笑んだ。ああ、こんな適当な絵本を読み聞かされる子供が可哀想でしょうがない。
まったく。本当に人間とは何処までも救いようが無い。聖女などという娘を信じていれば救われる?貧民も貴族も?そんな事ありえる訳が無い。
聖女の名前を出し、私腹を肥やす貴族達が増えるだけで民達は何も救われてなどいない。
だというのに民達はそれを分かっていながら聖女に縋り、救いを求めるのだ。ああ、ああなんて!

──愚かな存在なのだろう。

哀れで可哀想な人間は自身で道を開こうとしない。
だから聖女などという希望にすがらざるを得ないのだろう。
少年はそんな人間が愛おしく、憎たらしい。
だってこんな奴らが蔓延っているから『俺達』は生きれて……争っているのだから。
だからこそ少年はここに来たのだ。自分達の為に愚かな人間達の崇拝する聖女を、こちら側に堕としてやる為に。

「さて、と」

美しい白銀の建物の周りに張り巡らされた結界に軽く魔力を込めて触れただけでそこだけ少年が通れる穴が出来上がる。ふわりと身軽に小さなその穴を通りながら少年は浮かんだ疑問に頭を傾げた。
(さっきの国の結界もだが…あまりにも弱すぎる。これでは…まるで……)
内部に入ったと同時に塞がっていく穴を見ながら浮かび上がった一つの仮説を有り得ないと首を振り、少年は目線を真下に向けた。
疑問も、そこから見えかけた仮説もどうでもいい。
少年の目的は直下に見える大聖堂にいるはずの聖女なのだから。
目下に見える大聖堂には1人の少女が祈りを捧げていた。
おそらくあの少女が聖女なのだろうと思わせる聖の気は見ているだけで普通の悪魔や魔獣なら逃げ帰るのだろう。
それ程までに強い気も少年からしてみれば雪のように白く輝き、とても美しく見えた。
だが、
(…気持ち悪いな)
綺麗だが何処か生気を感じれない事が不思議だった。
そこにいるのにそこにいない。まるで亡霊のようだ。
異質な存在である少年から見ても不気味でしかない。
(まあ、いい)
少年にとっては亡霊だろうが、なんだろうが少女が聖女であれば別にいい。
静かに大聖堂の屋根をすり抜け聖女の頭上に位置どって少し眺めていれば少年に気付いたのか少女はゆっくりと少年の方向に顔を向けた。
少年は気付かれたかと反射的に身構え、様子を伺っていれば、少女は淡い翠の瞳をさまよわせながら小さく首を傾げた。

「そこにいらっしゃるのは誰でしょうか…?」
「……さあ。誰だと思う?」
「…ふふっ、意地悪なお方ですね」

少年はどこか楽しげな少女の声に返しながらも違和感を感じていた。
顔は確かに少年を向いている。だが、少女の瞳は何処か空虚で少年を見ていない。
──まさかとは思うが。

「…お前、目が見えないのか?」

少年が無意識に問いかければ、驚いた様に「あなたは…」と呟いた後、何処か悲しげに微笑んだ少女は「そうです」と落ち着いた声で言った。
なるほど。少し異質ではあるが目が見えない聖女様とはまた面白い。
(だが…嗚呼、手を伸ばせば死んでしまいそうなか弱い人間がここまで強く、美しい魂を持てるのか、気になるな)
──好奇心、欲望、執着。それらは悪魔の特徴であり少年が一番好む事、少年はこの少女が何を望むのか、今はただそれを知りたくなった。

「くはっ!なあ、聖女様。お前叶えたい事は無いのか?」
「叶えたい事…ですか?」

そうだ、と肯定すれば少女は頭を小さく傾け「そうですね…」と考え込んだ。
少年にしてみれば願いなどどうでもよかった。
金でも、愛でも、なんだって。
ただ少女の望みを、聖女の欲を『知りたかった』だけだったのだから。
悪魔である少年はそれを叶えることが出来るのだから。
そう、たとえどんな手段であろうと願いを叶えるなんていうことは過程でしかない。
だから、たとえ、どんな願いであろうと

「死にたいですね」
「─────は?」

──叶えてやる、つもりだったのだ。
まさか死にたいなんて言われるなんて予想もしてなかった。いや、予想するものか。
清く美しいといわれた聖女が「死にたい」なんて国の重鎮が聞いたら卒倒するだろうに。
悪魔である少年ですら嘘だと思うのだから。
だが少女の屈託の無い笑みが先程の言葉が全て真実なのだと突き付けてくる。
意味が分からな過ぎて笑えてくる、と少年は乾いた笑いを漏らした。

「ははっ…。死にたいだ?国のトップである聖女様が気でも狂ったのか?」
「気の迷いでもなんでもございません。私は自身の意思で死にたいと言ったのです」
「それが狂ってるって言いたいんだよ、俺は」

悪魔に言わすな、狂人が。と口に出そうなのを堪えて少年は頭痛のしだした頭を乱雑に掻き回した。
全てに愛され、全てに必要とされた存在が何故死にたいと、この世から消えたいと言える?
本当に、意味が分からない。

「…貴方は、神様ですか?」
「……あ?違う」
「なら、天使様ですか?」
「それも違うな」

神と天使は悪魔より強欲で傲慢な存在だ。同じにされたくは無い。鳥肌が立つ。
やけに少年の正体を掴みたがる少女に呆れ、背後のステンドグラスから射し込む光に照らされた自身の翼を見て、いい事を思い付いたように愉しげに口角を上げた。

「聖女様、手出してみな」
「…?こうですか?」

探るように少年に伸ばされた手を掴み、翼の形をなぞるように滑らせれば「これは…」と驚嘆の声を少女は漏らした。

「これで分かったろ?俺は…」
「やはり天使様だったのですね!」
「…お前やっぱりおかしいよっ?!」

俺を天使だと思うなら聖女向いてない、と喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ、が。おかしいものはおかしいと言ってやらなければいけない気がした少年は勢いのまま少女に叫んでいた。
聖の者なら悪魔などの異質な存在に触れればすぐにその正体を見抜く事が出来る。
聖女ならば気配だけでも十分な筈なのだ。
ならば本当に聖女では無いのか、もしくは頭おかしい奴なのかだが恐らく後者だろう。後者であっても前者であっても面倒なのは変わらないが。

「───…俺は天使じゃない。悪魔だ」

突然悪魔だと名乗った少年に少女は何も言わずに頷いた。
知っていて天使だと騒ぎ立てたのか、こいつ。
いや、それ以上に。

「聖女様よ。お前、死にたいなんて本気で言ってるのか」

首を傾げる少女に苛立ちが募る。
人間の魂は生きたいと思い、その上で大きな願いと欲望を持っているからこそ美しく、そして美味だと言われている。
死にたいなどと最初から終わりの道を望んでるのは、何一つ『面白く』無い。

「──死にたいなら生かしてやる。絶対に死なんて望ませない」

タダでつまらない魂など少年は好まない。それにこのままの聖女は、美しくない。

「お前の願いを叶えて、その魂を堕落させるその日まで。俺はお前と契約してやる。俺がお前の目になってやる。聖女」

悪魔は絶対に契約を反故する事は無い。その魂、存在を喰らうまで契約者の力となる。
だがしかし、【契約】は悪魔からすれば名を晒し縛り付けられる諸刃の剣のようなもの。
だから望み、自身から契約を持ち掛ける悪魔などいない。
普通ならば...の話しだが。

「──私の、今すぐ死にたいという願いはダメなのですか?」
「生憎俺はフェアじゃない取引は嫌いでな。あと死にたがりの魂は汚くて美しくない」

実を言うなら死にたいと言うなら叶えてやっても構わなかった。
だが魂は(喰う気は無いが)美味くないし、なによりも悪魔を天使だと言うこの少女の事が少し気になったというのが少年の本音だった。

「…悪魔さんは不思議な方です」

頬を膨らませ拗ねる少女の姿に少年は心の中で「お前の方が不思議だよ」と呟いた。

天に仕える聖女が悪魔との取引を否定せずに受け入れた。
それが何を意味するのか少女も分かっているはずだろう。
それを分かっていて受け入れた聖女である少女が何よりも少年にとっては不思議で、不気味だ。
早々に魂を奪い取り、喰うなり、堕落させる方が早いだろう。
だが。

「きゃうっ」
「──何やってんだ、お前…」

ローブの裾を踏んで転けている少女を見ていると少年の警戒も無意味に思えてくる。手を差し伸べれば掴んでくる素直な小さな少女が何処まで自身を楽しませてくれるのか、少年はそれだけが楽しみだと微笑んだ。
    
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