妖夢奇譚

梨杏

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人喰いの噂と自称探偵団5

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五頁・人喰いの手掛かり

妖の定義とは何か。
俺達も玉藻に聞いた事しか知らないが大雑把に言えば"人が恐れ隣人だと認識する存在"らしい。

例えば霊。最も人間の傍にいる、何もしなければ無害な存在。意識も無いたださまよっているのが大半でそこまで害は無いのだと。ただ稀に悪意を持ったり未練を持った存在が出るらしい。

例えば付喪神などの小さな神。神でありながらまだ力の実って無い神々は神域に属するか、人間と近い妖魔界等の世界に属するか選べるらしい。そして神域を選ばなかった神達が物に宿ったのが付喪神なのだと。

例えば妖怪。妖の主だと一般的に考えられている霊と神の狭間。玉藻や緋海の様な妖狐や鬼童丸の様な鬼、白雪のような猫又。人間の反対に位置する彼等は長い時を生き、歴史を、世界を見てきた強大な力を持つ存在。恐れられ、崇められ、歴史に名を残した彼等がいる事を人間の大半は知らないのだろう。


ならば、鈴ノ子とは何か。


虚ろな亡霊、正気を失った神、それだけならば良かったのだろう。消せばその存在ごと無かった事にできるのだから。
しかし彼等は自分の意思で妖魔界を出た者、追放された者、元々人間界で育った者。
追放者はともかく、要は自身の意志を持って妖魔界を出た妖達をまとめて"はぐれ"と呼ばれ外の世界で生きる事を許されている。
そして鈴ノ子と呼ばれるのはその中でも異端と見なされた者達だと言われている。
それ以上玉藻は教えてはくれなかったが昔、ある人に言われた事がある。
顔も姿も覚えてないが、夕陽の中俺の頭を撫でたあの人が、悲しげに微笑んでいたのだけ覚えている。

「鈴の音が聞こえたら、振り返ってはいけないよ。
……なんで、だって?振り返れば、喰われてしまうから。彼等は…たとえお前達を害したくなくとも、鈴に引き出された自分自身には抗えないんだ。


だから…─────」




妖を、怖がらないで




紅蝶に行った日から1週間、俺達は人界で人喰いを追っていた。ただのはぐれならば良かった。しかしあの狐の言葉を信じるならば俺達が探しているのは妖の異端たる鈴の子だ。探すだけでも一苦労だろう。受けといてあれだがなんと面倒な。
「蓮くん」
「……?どうした、優羅」
「少しお話したい事があるのですが今よろしいですか?」
昼時の学校の屋上で無駄に凝った稲荷寿司を食っていた俺は優羅の言葉に首を傾げ、まぁ優羅なら変な話はしないだろうと小さく頷いた。
「先日、人喰いの居場所を特定しました。蓮くんへの報告が遅くなり申し訳ございません」
「あ、いや。良い良い。最近お互い忙しかったろ。…ちなみにどうやって特定した?」
「ふふっ、秘密です」
あぁ、と苦笑し俺はそれ以上追求せずに頷いた。
毎度何処からか情報を仕入れては出処を隠すからか、初めは好奇心で問い詰めていた緋桜などは今となっては「秘密かぁ~」と諦めるようになってしまった。
……俺達の中で1番積極的なお前が諦めたら誰が聞くんだ。知りたかったのに。
「話を戻してよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
では、と背筋を正した優羅は懐から1枚の紙を取り出し俺の前に広げた。
そこには細かな地図と全体に散りばめられたその地の詳細な情報が書かれていた。
「これは?」
「今まで人喰いが出た位置とそこから導き出した人喰いの移動ルートです」
あとは被害者の数とその共通点ですね、とつらつらと語る優羅を横目に俺は緋海の言葉と情報を重ね合わせて小首を傾げた。
そして紙に記されたある場所をふと疑問に思い「優羅」と名を呼んで隣を見た。
「ここの、この点。何があるんだ?」
「はい?──あぁ、そこは兄さんが調べた場所ですね。詳しい詳細は知りませんが、確か…」
「あやふぁしがあふまっふぇるらしいこざっかふぁだな」
「兄さん食べながら喋らないでくださいな」
パンを口いっぱいに溜め込みながらひょこっと現れた空に叱りながらも「妖が集まってる?」と優羅は怪訝そうに小首を傾げた。
「んぐっ!そう。店自体は普通の古道貨屋なんだけど色々噂があってさ。夜中にお化けが会合してるとか、店主が人間じゃないとかね。で、気になって店突撃したんだけど店主がまぁ、びっくり!俺達よりも年下の女の子でさ!その時は丁度お客さんと話してて聞けなかったんだけど、俺には分かるね。店の奥に何体かあれはいた。だから勘だけど店主ちゃんが見える人で妖達を匿ってるんじゃねぇかなぁってのが俺の見解だな。どーよ、蓮」
「あー……一気に喋んな、分からなくなる…」
要約すれば古道具屋の店主である少女が妖を匿っている可能性があり、空の予想なら次の人喰いの被害者は彼女なのでは無いか…と言いたいらしい。後半は俺の予想だが、まあ、空の事だ。どうせ合ってるだろう。
だが、それが確かなら。
「空、今日予定あるか」
「ん?無いが、蓮の為ならもし予定あっても無くすぞ!」
「優羅が怖いからそれはやめろ」
あとあらぬ誤解を招くからその言い方本当にやめてくれ。そのせいで噂されたの何度あると思ってるんだ。
クラスの女子からはそのケがあるんじゃないかって何故か微笑ましく見られてんだぞ。
………それはともかく。
「その店主に会いに行くぞ。情報が何も無いよりは少しの手掛かりに縋った方がマシだろ」
「お、なら優羅達にも声掛けるか?」
「いや。俺達だけで行くぞ。未だにその店主が襲われてないなら人喰いが来れない何かがあるかもしれない」
襲われないのが本当ならばおそらく何かあるのだろう。ならもしもがあった時にまだ戦える俺と空で行った方がいい。わざわざあの二人を危険に晒す必要は無い。
「…お前、そういうとこだぞ」
「……?何がだ?」
呆れた様に言う空に首を傾げれば「これだから鈍感は…」と追加で可哀想なものを見る目を向けられ、更に困惑を深める。鈍感って何の話だ。
まあ、また優羅達に怒られるだろうが…今度も奢れば許して貰えるだろ。




「それで?」
「それでもなにも無いだろ?”ここ”が俺が見つけた古道具屋さんだよ」
程々の大きさのある歴史の感じる建物には看板もなにも無いどころか妖、人の気配もあらず、店です!と言われても疑いしか持てない風貌で俺は再度空を疑いの目を向けた。
「本当だって!中に入れば分かるんだって!」
「かといってもなぁ…。俺には少し古い空き家にしか……、」
「人の店を空き家とは。最近の学生はどんな思考してるのか分からないなぁ。失礼だと思わないの?」
突如、背後から聞こえた少し幼い声に振り返れば俺や空と同じくらいだと思われる女性が立っていた。
「ここの、店主?」
「そうだよ。……ようこそ、孤月堂へ」
カラン、と訪問者を知らせるドアベルの音を奏でながら女性は少しの敵意を含ませた笑みを浮かべ「入りたければ入れば?」と言うだけ言い、1人暗闇の中へと消えて行ってしまった。
「……どうすんだ?」
「どうするも何も無いだろ。ご店主も”入ってこい”って言ってるしな」
それにこの場所で何も手に入らなければ、探偵団は詰んだも同然なのだ。あの狐に頼らなければいけないという意味でも。
それに、探偵団初めての大きな仕事の為に俺は前に進まなければいけないのだ。

───それぞれの、目的の為にも
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