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人喰いの噂と自称探偵団3
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三頁・九の王と探し人
玉藻御前。妖の王であり妖魔界を統べる九尾の狐である彼女は気難しく気高い至高の存在であると妖達に聞けば答えるのだろう。
──目の前にいる少女がそうとは思わないが。
「何か失礼な事を考えておるのぅ、蓮。妾でなければ怒っておったぞ」
「威厳が無い御上様が怒っても怖くな……いや、すまん…」
隣に座る緋桜からの視線が余りにも怖い。言われている玉藻御前は笑っているのに何故お前が怒るのか。
「緋桜や緋桜や。そう怒らんでも良い。妾は主が妾の為に怒りを露わにしてくれるだけで満足じゃ」
「御上(おかみ)様…っ!」
うるうると目を潤ませて玉藻御前を見つめる緋桜は本当に幸せそうに微笑んだ後、にこやかにその姿を見守っていた千偶兄妹に気付き照れ臭そうに笑った。
いつもの事だが玉藻御前に夢中になり過ぎて周りが見えなくなるのは緋桜にとって少し恥ずかしい事らしい。そろそろ耐性をつけて欲しいものだ。自身の事なんだから。
「……で、人喰いの噂の事じゃったな。正直に話せば妾も事の経緯は知っておってもそれが誰が起こした事かは知らぬのじゃ。すまぬな」
「御上様も知らないのか。…ならなんで呼び出した?」
「お主らが解決に踏み出すのではないかと考えての。そういう事に妾よりも詳しい者を紹介しようと思ったのじゃ。気難しい奴じゃが、まぁ…情報という面では誰にも負けぬ男じゃ。味方とは言わなくとも協力関係でも築けば主らの力となるじゃろう。……多分」
珍しく言い淀む玉藻御前を不思議に思い頭を傾げる俺達をよそに「玉藻様」と黒い布で顔を覆った猫又の従者の様な者が玉藻御前の耳元で一言二言話せば玉藻御前は呆れた様な顔をしながら傍に置かれた扇子を広げて口元を隠し「……すまぬな。話しておいてなんじゃがまだ紹介する気は無かったんじゃが…」と通路のある方の襖を指差した。
「……?」
「…改めて妾が紹介するか、自分から自己紹介するかどちらが良いのじゃ、────緋海」
玉藻御前が妖魔界では滅多に聞く事の無い『名前』を呼べば、静かに襖が開かれその先には何処か妖とは違う雰囲気を醸し出す和服を纏った男性が口元に手を当てくすくすと笑っていた。いや、嗤うといった方が正しいか。
彼の赤は少しの光も見えない程深く、軽蔑の色が見えているのだから。
「……はっ!玉藻様は不思議な事を言われる。殆ど話した癖に。俺が言える事なんて名前くらいなんじゃないか?」
「それでも良い。お主はどうせこの子らを見に来たのじゃろう、ついでに名乗っておいて損は無い。違うか?」
「……はぁー、本当に貴女は苦手だ。九尾は心も読めるようで」
「嫌味な奴じゃの。……交代じゃ。妾は休む」
「はぁ?ちょ、玉藻!」
淑やかに、しかし素早い動きで先程男性が居た襖の奥に下がって行った玉藻御前の背中を呆然と見つめる男性を他所に襖を閉めたと思えば、訪れた静寂を一瞬で切るように先程の猫又の従者は「緋海様」と静かに男性のものと思われる名を呼んだ。
「……来なければ良かったなぁ」
「おや、玉藻様もあんな態度ですが会えて喜んでいらしてますよ。もっと来てくださいまし」
「…考えてはおく。はぁ、そこの若造共」
緋海と呼ばれた男性は俺達に向かって若造と呼びながら先程まで玉藻御前が座っていた座敷に腰掛けると肩にかかっていた羽織を従者に渡し、静かな声で「君達の名前は知る気は無いが、一応俺の名前は名乗っとく」と言い、ゆっくりとした動作で俺達全員を見渡した。
「俺は緋海。妖の王、玉藻御前の右腕であり妖唯一の”名持ち”だ。種族は黒狐。他は……なにかあるなら聞いてもいいが答えるかは俺次第だ。以上」
傲慢な態度に緋桜が苛立ち始めたのを手で制しながらどうしたものかと考えていれば空がおずおずわといった様子で「質問いい…ですか?」と手を挙げた。
いつも誰にでもタメ口の空が敬語になっているのは流石優羅の兄というべきか。上の存在だと認識したらしい。もしくは怖いのか。後者かもしれない。
「許可なんぞ取らなくてもいいぞ。俺は聞くだけだからな」
「あー…えっと、緋海…さんが御上様の言ってた情報に強い人…でいいのか…ですか?」
「……敬語やめろ。聞きにくい」
「あ、なら遠慮なく。それで、合ってるのか?」
「…………はぁ」
隣から「千偶の面汚しです…」と物騒な言葉が聞こえた気がしたが確かに緋海の言う通り空のあまりにも雑というよりお粗末な敬語は聞き取りにくかったから止めてくれて助かった。
「……情報通…って言う程じゃない。大体俺が情報通だとしても君達に話す事は無い」
どうしてここまで嫌われているのかは知らないが、妖は人嫌いが多い。そう考えるとこの嫌悪の混じった表情も納得だ。
諦めて自分達で情報を集めようかと考え始めていたその瞬間、目の前の緋海は俺達の悩みを見透かしたように口角を妖しく歪め「俺は慈悲深いからな」と呟いた。
「………まァ、でも。人喰いは俺にとっても不都合だ。君達がアレを解決してくれるならありがたい。だから、取引をしようか若造共」
緋海は俺達が返事をする前に静かに目を閉じ何かを呟いたと思えば、俺達の前には先程の黒狐では無く黒髪の美しい人間の青年が俺達を見据えていた。
「緋海…さん?」
真っ赤な顔をした緋桜がそう言えば青年はクスッと笑い「ああ、そうだよ」と顔に流れた髪を耳にかけた。
その仕草にまで顔を赤くする緋桜は顔が良ければ誰でもいいのかとたまに心配になる。俺には幼馴染の好みが未だに分からないんだが、お前は美形なら何でもいいのか。
「はわわ…」
……ボソッと歓喜の息を漏らした優羅が若干顔を赤らめているのも気になるが、それよりも空が真っ青な顔してるが大丈夫か。
おそらく妹が見た目優男につられかけてるのと、その優男が先程の緋海だから何も言えないからああなってるんだろうが。
その様子を見ていた緋海は耐えきれないとでも言うように「ククッ!」と腹を抱えて笑い、小さな青いピアスを俺達に向かって放り投げた。
「……面白い奴らだなぁ。まァ、いい。本題に戻るぞ。君達にはこのピアスを付けた人間を”妖魔界”で探して俺の所に連れて来て欲しい」
「───ッ!?妖魔界に俺達の他に人間がいるのかっ!?」
焦ってピアスを受け取った優羅の手の中を見ようとした瞬間聞こえた言葉に俺は勢いよく顔を上げ、有り得ないと言いたいのを我慢し、緋海の顔を睨んだ。
妖魔界では人間は契約を結んだ妖がいないと瞬く間に妖へと変わる。
契約を結んだといってもその身は侵されており気の長い時間でゆっくりと侵食されるから気にする程では無いという意味だが、それを分かった上でその人間を放置しているのならば頭を疑う。
「落ち着け。あいつなら大丈夫だ。侵食に耐性があるし、いざとなれば自分でどうにかしてくる。だがいつの間にかいなくなったと思ったら一時的に”糸”を切りやがってな…。まあ、連絡が取れないってだけなんだが多少心配ではある。本当は俺が探しに行きたいんだが俺は今そんなに妖魔界を歩き回れなくてな。それで君達に人間探しを頼みたい訳だ。頼めるか?」
スラスラと言葉を並べ立て、微笑んだ緋海から取れた言葉の裏に俺は苦笑し「なるほどな」と呟いた。
「交換条件という訳か」
「さっき言ったろ、取引だ。……ああ、頼むじゃなくて分かりやすく言い変えようか。
君達に拒否権は無いんだよ。やれ」
ただ期限は無いと付け加えた緋海はやはり傲慢で人間に殺意と嫌悪を抱いているのは間違い無かった。
だがそんなくらいで俺達が怯むならばとっくに探偵団など解散し普通に人間として生きていただろう。
そう思いながら横目に緋桜達を見ればそれぞれの感情を抱えているだろうが目からは俺と同じひとつの決意が見て取れた。
「言われっぱなしは性にあわない。やってやる」と。
ああ、これだからこいつらが俺は好きなんだよ。
こんなもので逃げ出すのは俺達らしくない。
やってやろうじゃないか。
「人喰い解決も人探しもやってやる。俺達は人間だからな。楽しそうな事は欲張ってなんぼだ」
「……ハハッ!その意気込み結構。だがそう上手くいくといいがな、若造共」
「この世界は妖の世界、妖魔界。”お前達”がどれ程知ってるかは知らないがここにはそれぞれの統治者がいる。
全ての妖の総括、玉藻御前
それに続く8の王達とその従者が各場を守ってる。
彼等は認めた存在でないと妖だろうと容易には招き入れない。
お前達のような余所者は論外だ。
そんな状況でお前達がどこまで動けるのやら」
肩を竦めて呆れたようにやれやれと首を振る緋海の言葉に考えるように俯きながらそれは確かに厳しいと自分でも驚く程冷静に内心頷き、ふと疑問が浮かび「なら」と顔を上げた。
「……この屋敷までの城下町はあんたと玉藻御前の統治なのか?」
「いーや?あそこは鬼王の統治下だ。まあ、あいつの場合認めるというよりは試してるようなものだろうがな」
玉藻御前の屋敷までの道にある巨大な町は”城下町”と呼ばれており人間界と妖魔界を繋ぐ鳥居の入口もそこに位置している。
だからもしその鬼王に侵入者と認識されていたら俺達は今ここにはいないのだろう。
要は鬼王という存在がどの王よりも玉藻御前を近くで護り、俺達人間を見極め審判する門番という訳だ。
ならば、
「緋海」
「せめてさんをつけろ」
「なら緋海さん。鬼王に会うにはどうすればいい」
その言葉に緋海の笑顔が引き攣ったのを俺は見逃さなかった。
恐らく鬼王は玉藻御前とは違う立場の王の統括に近いものだ。緋海のような右腕とも総括である玉藻御前とも違う別の意味での支配者。
そんな存在がいるならばあらかじめ目上の者に挨拶するのは当然だろう?
「……は、ハハッ!鬼王に会いたいときたか!そうかそうか、なるほどな!」
何が可笑しいのかひとしきり笑った緋海は俺達を見渡した後、懐から紙を取り出し何かを書いた後俺の前にその紙を置き「これはヒントだ」と言った。
「………鬼王を探すのは別にいいが俺は介入しない。あと、鬼王を探すのを許すのは若造。君だけだ。他の奴らはここにいるかどっか別の場所にでも行け。あと最後に”鬼王に人間界の鬼の話はするな”これだけは絶対に守れ」
怒涛の勢いでそれだけ言うと緋海は立ち上がり「君達と話すの疲れる」とぼやき猫又の従者に一言何か言い部屋から出ていった。
取り残された俺達はその背を追いながら揃って「不思議な人だなぁ」と呟いた。
「ふふっ。面白い方でしょう?緋海様は」
「面白いというか…無茶苦茶というか……」
「そこは玉藻様譲りでしょうね。まだ緋海様の方が可愛らしい方です」
あ、これは秘密で。と口元に指を当ててお茶目に笑った猫又の従者の言葉に苦笑しながら俺は手元の紙を見て「……紅蝶?」と呟き、頭を傾げた。
地図には屋敷までの道、表通りの近くに紅蝶という店があるらしいがそんなものあったか。
「あら、紅蝶に行かれるのですか?」
「あ、はい。えっと」
「玉藻様と緋海様からは白雪と呼ばれております。よろしくお願いしますね、蓮様」
緋海の言葉から察するならこれは名前というより愛称なのだろう。真っ白な毛並みに良く似合う。
「なら白雪さん。紅蝶って何の店なんだ?ここまで城下町を何回か通って来たがこんな店見たこと無かったが」
「そうですね…。行ってみた方が早いとは思いますが…簡単に言うならば紅蝶は喫茶店兼居酒屋を営んでいる店です」
喫茶店!と緋桜と優羅が反応したが、諸々が終わったら勝手に行ってくれ。今はあの狐の逆鱗に触れるのが怖いから大人しくしといてくれ。
「あとは…どうでしょう。店主がよく店を留守にしてるのでもしかしたら探さないとかもいけないかもですね」
「…なるほど。ありがとうございます、白雪さん」
「いえ、他にお聞きになりたい事はございますか?」
「……なら、その店主の特徴だけ教えてもらってもいいですか」
特徴ですか…と頭を傾げた白雪は窓から覗く城下町の灯りに目を細め「会ったら分かります」と微笑んだ。
「赤を辿ってくださいな。その先にあの方はいらっしゃいますから」
玉藻御前。妖の王であり妖魔界を統べる九尾の狐である彼女は気難しく気高い至高の存在であると妖達に聞けば答えるのだろう。
──目の前にいる少女がそうとは思わないが。
「何か失礼な事を考えておるのぅ、蓮。妾でなければ怒っておったぞ」
「威厳が無い御上様が怒っても怖くな……いや、すまん…」
隣に座る緋桜からの視線が余りにも怖い。言われている玉藻御前は笑っているのに何故お前が怒るのか。
「緋桜や緋桜や。そう怒らんでも良い。妾は主が妾の為に怒りを露わにしてくれるだけで満足じゃ」
「御上(おかみ)様…っ!」
うるうると目を潤ませて玉藻御前を見つめる緋桜は本当に幸せそうに微笑んだ後、にこやかにその姿を見守っていた千偶兄妹に気付き照れ臭そうに笑った。
いつもの事だが玉藻御前に夢中になり過ぎて周りが見えなくなるのは緋桜にとって少し恥ずかしい事らしい。そろそろ耐性をつけて欲しいものだ。自身の事なんだから。
「……で、人喰いの噂の事じゃったな。正直に話せば妾も事の経緯は知っておってもそれが誰が起こした事かは知らぬのじゃ。すまぬな」
「御上様も知らないのか。…ならなんで呼び出した?」
「お主らが解決に踏み出すのではないかと考えての。そういう事に妾よりも詳しい者を紹介しようと思ったのじゃ。気難しい奴じゃが、まぁ…情報という面では誰にも負けぬ男じゃ。味方とは言わなくとも協力関係でも築けば主らの力となるじゃろう。……多分」
珍しく言い淀む玉藻御前を不思議に思い頭を傾げる俺達をよそに「玉藻様」と黒い布で顔を覆った猫又の従者の様な者が玉藻御前の耳元で一言二言話せば玉藻御前は呆れた様な顔をしながら傍に置かれた扇子を広げて口元を隠し「……すまぬな。話しておいてなんじゃがまだ紹介する気は無かったんじゃが…」と通路のある方の襖を指差した。
「……?」
「…改めて妾が紹介するか、自分から自己紹介するかどちらが良いのじゃ、────緋海」
玉藻御前が妖魔界では滅多に聞く事の無い『名前』を呼べば、静かに襖が開かれその先には何処か妖とは違う雰囲気を醸し出す和服を纏った男性が口元に手を当てくすくすと笑っていた。いや、嗤うといった方が正しいか。
彼の赤は少しの光も見えない程深く、軽蔑の色が見えているのだから。
「……はっ!玉藻様は不思議な事を言われる。殆ど話した癖に。俺が言える事なんて名前くらいなんじゃないか?」
「それでも良い。お主はどうせこの子らを見に来たのじゃろう、ついでに名乗っておいて損は無い。違うか?」
「……はぁー、本当に貴女は苦手だ。九尾は心も読めるようで」
「嫌味な奴じゃの。……交代じゃ。妾は休む」
「はぁ?ちょ、玉藻!」
淑やかに、しかし素早い動きで先程男性が居た襖の奥に下がって行った玉藻御前の背中を呆然と見つめる男性を他所に襖を閉めたと思えば、訪れた静寂を一瞬で切るように先程の猫又の従者は「緋海様」と静かに男性のものと思われる名を呼んだ。
「……来なければ良かったなぁ」
「おや、玉藻様もあんな態度ですが会えて喜んでいらしてますよ。もっと来てくださいまし」
「…考えてはおく。はぁ、そこの若造共」
緋海と呼ばれた男性は俺達に向かって若造と呼びながら先程まで玉藻御前が座っていた座敷に腰掛けると肩にかかっていた羽織を従者に渡し、静かな声で「君達の名前は知る気は無いが、一応俺の名前は名乗っとく」と言い、ゆっくりとした動作で俺達全員を見渡した。
「俺は緋海。妖の王、玉藻御前の右腕であり妖唯一の”名持ち”だ。種族は黒狐。他は……なにかあるなら聞いてもいいが答えるかは俺次第だ。以上」
傲慢な態度に緋桜が苛立ち始めたのを手で制しながらどうしたものかと考えていれば空がおずおずわといった様子で「質問いい…ですか?」と手を挙げた。
いつも誰にでもタメ口の空が敬語になっているのは流石優羅の兄というべきか。上の存在だと認識したらしい。もしくは怖いのか。後者かもしれない。
「許可なんぞ取らなくてもいいぞ。俺は聞くだけだからな」
「あー…えっと、緋海…さんが御上様の言ってた情報に強い人…でいいのか…ですか?」
「……敬語やめろ。聞きにくい」
「あ、なら遠慮なく。それで、合ってるのか?」
「…………はぁ」
隣から「千偶の面汚しです…」と物騒な言葉が聞こえた気がしたが確かに緋海の言う通り空のあまりにも雑というよりお粗末な敬語は聞き取りにくかったから止めてくれて助かった。
「……情報通…って言う程じゃない。大体俺が情報通だとしても君達に話す事は無い」
どうしてここまで嫌われているのかは知らないが、妖は人嫌いが多い。そう考えるとこの嫌悪の混じった表情も納得だ。
諦めて自分達で情報を集めようかと考え始めていたその瞬間、目の前の緋海は俺達の悩みを見透かしたように口角を妖しく歪め「俺は慈悲深いからな」と呟いた。
「………まァ、でも。人喰いは俺にとっても不都合だ。君達がアレを解決してくれるならありがたい。だから、取引をしようか若造共」
緋海は俺達が返事をする前に静かに目を閉じ何かを呟いたと思えば、俺達の前には先程の黒狐では無く黒髪の美しい人間の青年が俺達を見据えていた。
「緋海…さん?」
真っ赤な顔をした緋桜がそう言えば青年はクスッと笑い「ああ、そうだよ」と顔に流れた髪を耳にかけた。
その仕草にまで顔を赤くする緋桜は顔が良ければ誰でもいいのかとたまに心配になる。俺には幼馴染の好みが未だに分からないんだが、お前は美形なら何でもいいのか。
「はわわ…」
……ボソッと歓喜の息を漏らした優羅が若干顔を赤らめているのも気になるが、それよりも空が真っ青な顔してるが大丈夫か。
おそらく妹が見た目優男につられかけてるのと、その優男が先程の緋海だから何も言えないからああなってるんだろうが。
その様子を見ていた緋海は耐えきれないとでも言うように「ククッ!」と腹を抱えて笑い、小さな青いピアスを俺達に向かって放り投げた。
「……面白い奴らだなぁ。まァ、いい。本題に戻るぞ。君達にはこのピアスを付けた人間を”妖魔界”で探して俺の所に連れて来て欲しい」
「───ッ!?妖魔界に俺達の他に人間がいるのかっ!?」
焦ってピアスを受け取った優羅の手の中を見ようとした瞬間聞こえた言葉に俺は勢いよく顔を上げ、有り得ないと言いたいのを我慢し、緋海の顔を睨んだ。
妖魔界では人間は契約を結んだ妖がいないと瞬く間に妖へと変わる。
契約を結んだといってもその身は侵されており気の長い時間でゆっくりと侵食されるから気にする程では無いという意味だが、それを分かった上でその人間を放置しているのならば頭を疑う。
「落ち着け。あいつなら大丈夫だ。侵食に耐性があるし、いざとなれば自分でどうにかしてくる。だがいつの間にかいなくなったと思ったら一時的に”糸”を切りやがってな…。まあ、連絡が取れないってだけなんだが多少心配ではある。本当は俺が探しに行きたいんだが俺は今そんなに妖魔界を歩き回れなくてな。それで君達に人間探しを頼みたい訳だ。頼めるか?」
スラスラと言葉を並べ立て、微笑んだ緋海から取れた言葉の裏に俺は苦笑し「なるほどな」と呟いた。
「交換条件という訳か」
「さっき言ったろ、取引だ。……ああ、頼むじゃなくて分かりやすく言い変えようか。
君達に拒否権は無いんだよ。やれ」
ただ期限は無いと付け加えた緋海はやはり傲慢で人間に殺意と嫌悪を抱いているのは間違い無かった。
だがそんなくらいで俺達が怯むならばとっくに探偵団など解散し普通に人間として生きていただろう。
そう思いながら横目に緋桜達を見ればそれぞれの感情を抱えているだろうが目からは俺と同じひとつの決意が見て取れた。
「言われっぱなしは性にあわない。やってやる」と。
ああ、これだからこいつらが俺は好きなんだよ。
こんなもので逃げ出すのは俺達らしくない。
やってやろうじゃないか。
「人喰い解決も人探しもやってやる。俺達は人間だからな。楽しそうな事は欲張ってなんぼだ」
「……ハハッ!その意気込み結構。だがそう上手くいくといいがな、若造共」
「この世界は妖の世界、妖魔界。”お前達”がどれ程知ってるかは知らないがここにはそれぞれの統治者がいる。
全ての妖の総括、玉藻御前
それに続く8の王達とその従者が各場を守ってる。
彼等は認めた存在でないと妖だろうと容易には招き入れない。
お前達のような余所者は論外だ。
そんな状況でお前達がどこまで動けるのやら」
肩を竦めて呆れたようにやれやれと首を振る緋海の言葉に考えるように俯きながらそれは確かに厳しいと自分でも驚く程冷静に内心頷き、ふと疑問が浮かび「なら」と顔を上げた。
「……この屋敷までの城下町はあんたと玉藻御前の統治なのか?」
「いーや?あそこは鬼王の統治下だ。まあ、あいつの場合認めるというよりは試してるようなものだろうがな」
玉藻御前の屋敷までの道にある巨大な町は”城下町”と呼ばれており人間界と妖魔界を繋ぐ鳥居の入口もそこに位置している。
だからもしその鬼王に侵入者と認識されていたら俺達は今ここにはいないのだろう。
要は鬼王という存在がどの王よりも玉藻御前を近くで護り、俺達人間を見極め審判する門番という訳だ。
ならば、
「緋海」
「せめてさんをつけろ」
「なら緋海さん。鬼王に会うにはどうすればいい」
その言葉に緋海の笑顔が引き攣ったのを俺は見逃さなかった。
恐らく鬼王は玉藻御前とは違う立場の王の統括に近いものだ。緋海のような右腕とも総括である玉藻御前とも違う別の意味での支配者。
そんな存在がいるならばあらかじめ目上の者に挨拶するのは当然だろう?
「……は、ハハッ!鬼王に会いたいときたか!そうかそうか、なるほどな!」
何が可笑しいのかひとしきり笑った緋海は俺達を見渡した後、懐から紙を取り出し何かを書いた後俺の前にその紙を置き「これはヒントだ」と言った。
「………鬼王を探すのは別にいいが俺は介入しない。あと、鬼王を探すのを許すのは若造。君だけだ。他の奴らはここにいるかどっか別の場所にでも行け。あと最後に”鬼王に人間界の鬼の話はするな”これだけは絶対に守れ」
怒涛の勢いでそれだけ言うと緋海は立ち上がり「君達と話すの疲れる」とぼやき猫又の従者に一言何か言い部屋から出ていった。
取り残された俺達はその背を追いながら揃って「不思議な人だなぁ」と呟いた。
「ふふっ。面白い方でしょう?緋海様は」
「面白いというか…無茶苦茶というか……」
「そこは玉藻様譲りでしょうね。まだ緋海様の方が可愛らしい方です」
あ、これは秘密で。と口元に指を当ててお茶目に笑った猫又の従者の言葉に苦笑しながら俺は手元の紙を見て「……紅蝶?」と呟き、頭を傾げた。
地図には屋敷までの道、表通りの近くに紅蝶という店があるらしいがそんなものあったか。
「あら、紅蝶に行かれるのですか?」
「あ、はい。えっと」
「玉藻様と緋海様からは白雪と呼ばれております。よろしくお願いしますね、蓮様」
緋海の言葉から察するならこれは名前というより愛称なのだろう。真っ白な毛並みに良く似合う。
「なら白雪さん。紅蝶って何の店なんだ?ここまで城下町を何回か通って来たがこんな店見たこと無かったが」
「そうですね…。行ってみた方が早いとは思いますが…簡単に言うならば紅蝶は喫茶店兼居酒屋を営んでいる店です」
喫茶店!と緋桜と優羅が反応したが、諸々が終わったら勝手に行ってくれ。今はあの狐の逆鱗に触れるのが怖いから大人しくしといてくれ。
「あとは…どうでしょう。店主がよく店を留守にしてるのでもしかしたら探さないとかもいけないかもですね」
「…なるほど。ありがとうございます、白雪さん」
「いえ、他にお聞きになりたい事はございますか?」
「……なら、その店主の特徴だけ教えてもらってもいいですか」
特徴ですか…と頭を傾げた白雪は窓から覗く城下町の灯りに目を細め「会ったら分かります」と微笑んだ。
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