妖夢奇譚

梨杏

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人喰いの噂と自称探偵団 1、2

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【噂屋】

皆様、こんばんは。ようこそ噂屋へ。
ああ、ああ、そう焦らずに。
今日はそうですね。皆様が知っている話を致しましょうか。
緊張をした時、手のひらに『人』と書いて飲み込むと緊張が和らぐというものがあります。
私もよくやるのですが、はて…?
飲み込んだ『人』はどこに行くのでしょう。
胃の中?それともどこにも行かない?
ああ、そんな顔なさらずに。
飲み込んだ『人』なんておりません。だってただの迷信、おまじない、噂でございます。
しかし、世の中にはそれを本気にする馬鹿がいるようです。
ふーむ…最近はまた二人『喰われた』模様。
新聞によれば頭から全身をぱっくり。死体も残らず、残ったのはスマホだけとは…怖いですねぇ。
さてはて…これは人の仕業なのか、他の『何か』の仕業なのか。皆様はどう思いますか?

私はどう思うかって?ふむ…私はそういうのは苦手でございます故に…こういうのを考えるのは彼等が最適でしょう。『あちら』と『こちら』の探偵さん達。普通の人間には解決出来ないこともあるのでございます。その深き所を視るのが彼等の仕事であり存在でございます。

緋の夕。鳥居を潜れば、物の怪蔓延る怪の世へ。皆様をご案内いたしましょう。




【人喰いの噂】一頁・怪異探偵団


また『喰われた』らしい、と。街の喧騒に紛れ聞こえた話に耳をすませ、またこの話題かとため息をつく。
最近街の話題は偏り過ぎている気がする。もう少しあるだろう気になる話くらい。
「たとえば?」
評議会役員の失脚とか。
「うわっ、無いね。ないない」
煩い、と考えてからいつの間にか隣に居た女性の頭に拳を振り下ろせば軽く避けられ舌打ちをする。
「心を読むな緋桜」
「読んでもしょうがないと思わない?謎の人喰いよりも失脚の話したがる幼なじみが心配だったんだもの」
「人喰いよりも別の話題が俺は聞きたいんだよ、分かるだろ」
「蓮ちゃんは聞き過ぎなんだよ。空くんも心配してたよ?」
「なら千偶兄に言っとけ。お前は『視過ぎ』だってな。ちよが心配してたぞ」
幼なじみである夕暮緋桜と話しながら歩いていればいつの間にやら目的地である高校に着いており、毎回恒例になりつつある校門前の騒ぎに苦笑しながら騒ぎの元である周りの注目を集める二人に手を振れば眩しいほどの笑顔と共に軽く振り返される。
「おはよう、千偶兄妹」
「よっ。蓮、緋桜」
「おはようございます。蓮君、緋桜ちゃん」
「おはようー!空くん!優羅ちゃん!」
千偶空と千偶優羅は緋桜と同じく俺、士王蓮の幼なじみであり大学の有名人である。
どんな風に有名なのかは…まぁ、説明は要らないだろう。要は見た目のいい美男美女兄妹ってだけだ。
俺からしたら気のいい兄貴とお淑やかな妹ってだけなんだけどな。
まぁ、その点で言えば俺の姉妹も中々に見た目はいいと思うのだが2人とも性格に少し難があるから残念と言われるのだ。──俺もだが。
「蓮、今日の期末の予習したか?」
「当然だろ?そんなお前はしたのか?」
「してないが?」
「……なんで聞いた?」
「予習ノート見せてもらおうと思って」
前言撤回。阿呆には付き合いきれない。
「なら優羅に見せてもらえばいいだろ」
「ふふ、蓮君。私が兄さんにノート見せると思いますか?せいぜい苦しめば良いんですよ」
──誰だ?この2人を気のいい兄貴とお淑やかな妹って言ったのは。俺か、そうか。
あまりにも周りとの認識と違う2人を見ながら校舎に入れば突然前を進んでいた空は「あ、そういえば」と振り向き俺の手に小さな白い組み紐を握らせた。
「ん?……呼び出しか?」
「最近同族だって人に渡されてさ。皆と近いうちに来てくれってさ」
「ほー…あの人の呼び出しって事は人喰い騒動は【あちら側】絡みか」
「それはどうだろな。あの人達は悪戯とかを好んでも……殺しは絶対にやらないだろ」
「…それがあちらの絶対のルールだからな」
モヤモヤとした気持ちになりながら空と2人で溜息を漏らせばその場を見た緋桜が物言いたげにこちらを睨みつけた。
「空くんも蓮も悩みすぎだよ!御上様が呼んでるんだから深読みしないで行くのが道理でしょ!?」
「おっまえ…本当にあの人好きだな」
そう呆れながら言えば「当然でしょ!?」と叫び、語り出そうとした緋桜を遮るように鳴り響いたチャイムに感謝しながら俺達は駆け足で教室へ急いだ。


その日の夕方、つまらないだけの授業を全て終え、家で適当な服に着替えて足早に集合場所に向かえば、既に先程学校で別れた全員が揃っており「悪い、遅れたか?」と問えば優羅は「大丈夫です。私達も先程来たばかりですから」と微笑みながらそう言った。緋桜や空も同じように頷いているからおそらく気を使ってとかではなく本当なのだろう。
「よし、全員揃ったし行くか」
「あれ、ちよちゃんは?」
「置いてきた」
呆れ顔の3人を横目に白い組み紐を公園の地面に置く。
そして目の前の空間へと願いを込めて目を伏せる。
……何故わざわざこの手順を踏まないと入れないのか分からない。招いたのはあちらなのだから顔パスにしてほしいものだ。まあ愚痴を言ってもしょうがないのだが。
「緋の夕。招かれるは九尾の隣人

幻想、幻夢ノ常世の境界
我らは現世、常世を渡りし虚ろなるものなり」

そう虚空に告げれば周りにふわりと風が吹き、組み紐を中心に白い桜の花弁が巻き上がった。
そして再び目を開けた時、俺達の眼前には赤い鳥居が虚ろに揺らめきながら存在していた。

──本当に毎回見惚れる程の美しさと、本来なら触れてはいけない景色だと痛感する。

だからこそ妖の術は『こちら側』に出てはいけない。
あちらとこちらの境界を曖昧にするのだけは、許されないのだ。
そしてその境界を保つのは、俺達の役目だ。
「さて、行くか」
全員頷いたのを確認し鳥居へと足を踏み入れればくらりと目眩がし『あちら側』に引き込まれていく。

さぁ、怪異探偵団の仕事を始めよう。



二頁・黒き妖


人は喰らうもの。そんな一昔の思想を持つ馬鹿な妖が出たらしい、と話す鬼の老人に頷きながら狐の耳をふるりと震わせた青年は小さく盃を傾けた。
嗚呼、困った。聞いたのはこちらだがあまりにも話が長い。人も妖も老人は止まることを知らないのか。そこが面白いとこでもあるのだろうが話を切るタイミングを見失った。どうしたものか。
「……そういやぁ、黒狐の兄さん。『人喰い』で思い出したんだがアンタ知ってるかい?」
「何を?」
「妖の問題を解決してくれる人の探偵団の事だよ」
探偵団?人の?とそのまま言葉を返すように問えば、老人との会話を上手いこと切った呑み屋の鬼族の店主は「そうそう」と青年の盃に酒を足して話し始めた。
「人間の…あのくらいは高校生って言うんだっけか?そんくらいの子達が妖の起こした問題、今なら人喰い騒ぎとかか。それを解決して妖と人の仲介人をしてくれるっていうらしいんだよ。凄いよなァ」
「ハッ!人間がこちら側の事に首突っ込めば輪廻から外れるだろうに。俺だったらそんな事したくもないな」
「カハハッ!確かにな!」
人間が生身で妖の気に当てられれば輪廻から外れ妖に近しい存在となる。だから妖側からすれば好んでこちら側の厄介事に突っ込んでくる人間は言ってしまえば『頭のおかしい奴』扱いなのだ。
仲間が増える事を喜ばないのかって?そんなホイホイ増えられても困る。
回避する方法はあるがこちらは妖側が酷く嫌う。
そんな訳でハッキリ言ってしまえばわざわざこちらに干渉する人間は俺達にとって面白いが邪魔な存在なのだ。
「だが珍しいのぉ、”黒狐”。お主なら先に知っていたと思っていたわい」
「確かになァ。なんだ?忙しかったのかい?」
2人の問いに「まあ、色々忙しかったのは確かだな」と笑いながら答えれば何か察したのか店主はニヤリと笑い「楽しそうで何よりだなァ」と青年の黒髪を乱雑に撫でた。
「あのくっらい顔した子狐がこんな風になるとはなァ。生意気だぞー!このこのっ!」
「やめろ、鬼童。あと子狐って呼ぶな。そう変わらないだろうが、馬鹿小鬼」
「おう、俺の方が歳上だが?ン?喧嘩か?買うぞ?」
店主はそう言いながらも青年を変わらず笑顔で見つめており、青年は店主の様子に小さく息を吐き「幸せだよ、今はな。……心配させてすまなかったな」と微笑んだ。
「クッ!美形の微笑みは眩しいなァ!」
「謝って損した気分だよ、どうしてくれる」
ケラケラと笑う店主は軽く「悪い悪い」と謝りながら先程よりも騒がしくなった店先が気になったのか一瞥し、小さく「お」と呟いた。
「どうした?」
「ちょうど良かったな。見てみろよ、さっき話した人間の探偵団がいるぞ」
「……ほぉ?」
青年は店主に指さした方に目を向け──妖艶に微笑んだ。その笑みは普段ならば美しく周りを魅了する程だろう。しかし今の青年の赤い瞳は微塵も笑っておらず周りには制御を失った深い赤を纏った炎がゆらゆらと揺れていた。そのただならぬ様子に店主と今まで眺めているだけだった老人は青年の様子に「やばいな」と呟いた。
「…クハッ…ハハハハハ!!嗚呼、面白いなぁ!!なんの冗談だこれは!あんな若造共に何が出来るっていうんだ。俺達を馬鹿にしてるのか?俺達妖があんな弱小な奴らに仲介してもらう、そんな事が為されているなんて認められる訳が無いだろう!!嗚呼、嗚呼!憎たらしい!!」
「おい!待て待て、落ち着け!店を燃やす気か!」
更に威力の増して激しく揺れる炎に「面倒な」と舌打ちをし、店主は青年の黒い狐の耳を乱暴に掴み、痛みに唸る青年を無理矢理老人の方に顔を向けさせれば呆れた様に「本当に面倒な馬鹿じゃな」と息を吐いた。
「全く……昔からお主のタガが外れると手がつけられん。少し理性的になれ。──”緋海”」
緋海、そう呼ばれた青年は小さく肩を揺らし、小さく何かを呟き俯いたと思えば顔を上げニコリと笑みを浮かべ、再び盃に酒を酌み呑もうとした老人の前に周りの炎を軽く払いながら自身の盃をトンと置いた。
「暴れん坊にやる酒は無いわい」
「…意地悪だな。子供の癇癪だと思って許してくれ、父さん」
「……ふん」
父と呼ばれた老人は少し驚いた顔をしながらも直ぐに元に戻りトントンと青年の盃を爪で叩いた。
まだ少し機嫌は悪そうだが、俺が床と仲良くしてないということは一応許してはくれているのだろう。
なんだかんだ身内には優しいのだこの義父は。
──許してくれない身内もいるが。
「……お前もそろそろ許してくれないか、ご店主。店燃やしかけたのは謝るから」
「おっまえ、俺がこの店の為にどれだけ苦労したか知ってるよなァ。なァ?」
「ごめんって」
律儀に義父と会話する時だけ耳手放してまた掴みやがってからに。それもさっきよりも強く掴んでるだろ、これ。耳ちぎれそうなんだが。
激痛を訴えてきた耳を離してほしくて謝れば「次は無いからな」と不穏な言葉を残し、解放された耳を労わるように整えながら青年は楽しげに笑った。
──だが、悲しきかな。青年は老人と店主と話しながらも心の中では未だ消えぬ暗い炎が渦巻いていた。
「……なぁ、酒呑、鬼童。あいつら何処に向かった?」
「ん?玉藻御前の屋敷だよ。あの人が”招き人”だから誰も手出せないし妖気に当てられねぇんだよ。過保護なこってなァ」
「玉藻はやけにあの子らを気に入っていての。不思議なものじゃ」
「ふぅーん…」
”あの”玉藻御前が気に入ったのなら相当面白い人間なのだろう。……愛しき我らが頭領はそうじゃないと人間の肩を持つことなどしないはずだから。
あの人は妖内一二を争う程の人間嫌いであり相当な事がないと人間などと話したり等はしないのだ。絶対に。

だからこそ、余計知りたい。

何故わざわざ手間をかけてまであの人間達に加担するのか。上に立つ者は無意味な事はしない、そうだろ?
狐族は好奇心と自由の元に生きろ、それを教えたのは貴女だ。玉藻御前。だから俺が何をしようと貴女は責められない。
青年は傲慢な動きで立ち上がり遠くに見える大きな屋敷を見据え「酒呑、鬼童」と2人の名を呼んだ。
「少し屋敷に行ってくる。今日の続きはまた今度」
「行ってら、若様」
「せいぜい、屋敷を壊さない程度にするのじゃぞ」
「酒呑俺の事なんだと思ってる?」
軽口を叩きながら2人に手を振り、真っ赤な提灯が並ぶ大通りをゆらゆらと体を揺らしながら歩んでいく。
そんな青年を一瞥しては妖達はただ頭を下げ、青年が通り過ぎればまた元の騒がしさが戻ってくる。
妖魔界で黒衣の狐を知らぬ者はいない。

玉藻御前の右腕、黒狐【緋海】

妖魔界と人間界の治安と平等を護る、神へと昇華した妖。

そして、探偵団は必ず彼の狐と相対する事となる。

何故なら、


人喰いの噂の真相は黒き狐が覗いているのだから。
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