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第5章 なんか同居することになりました
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しおりを挟むホムンクルスの魔物が両の腕を地面にズン、と叩きつけた。
あたり一帯が地震のように揺れる。
「……プレッシャーが、今まで戦ってきたやつらと段違いだ」
絶望と悔恨のホムンクルス。
そのすさまじい魔力に圧倒されそうだ。
「来るのじゃ! な、あやつ、魔法が使えるじゃと!?」
浮かび上がる魔法陣。
魔物は唸り声のようなものを上げると、俺たちに向けて魔法を放った。ブリザードだ。
氷のつぶてが降り注ぎ、俺たちの視界をふさいだ。
「く、これじゃあ動けないです!」カティアさんが大斧で後ろにいる俺たちをガードする。
俺は左腕に気をまとって自分の体と守るものを持っていないメンバーの体をかばい、ダメージをなるべく防いだ。
「見かけ倒しか。さっさと、片をつけるぞ」
ブラッドは目を閉じてゆっくりと絶望と悔恨のホムンクルスの下に歩み寄った。降り注ぐ氷粒を全く意に介さない。
「……『毒刃・絶影』」
ブラッドが毒の剣を出し、敵の上体を深く斬りつけた。
氷の嵐が止まった。
ブラッドの一撃を喰らってなお、魔物はピンピンしている。
「グォォォォ!」
魔物は唸り声を上げると、俺たちのいる地面をがむしゃらに叩きつけまくった。
地面がドスンドスンと揺れ続け、今度はなんとか立っているので精一杯なほどだ。
「これではもう、近づけぬか」
ブラッドがショートテレポートで元の位置に戻る。
「くおおっ!」
レイラが脚を踏ん張り、一歩踏み込んだ。
「――近づくことができない、ならば、これはどうだ! 『オッドアイズ・マジック』!」
マジックと名のついたそれはしかし、剣を目にも止まらぬ速さで前方に付き出し続けて衝撃波を発生させるものだった。
レイラはさらに、『怒りの瞳』を発動した紅い片目と、発動しないままの蒼いもう一方の目で魔物のほうをにらみつけた。
剣のすさまじい刺突がかたちになった無色透明の衝撃波に、赤と青の光が乗った。
「グゴゴ……」
二色の衝撃波は魔物にあたり、その片腕をもいだ。
腕を切り落とされた魔物はこちらが近づけないように残った一方の腕を振り回しつつ、遠距離の雷や炎を放った。
しかし、遠距離ならば俺たちのパーティーに利がある。
俺たちは魔物の攻撃を回避すると、本格的に反撃に出た。
「せいやっ!」
「はあっ!!」
カリンとアイザックさんがそれぞれ弓とポーションで魔物を牽制する。
「レイラは遠距離技が使えて私は近距離技しか使えないと思ったら大間違いですよ!
『グラウンド・シザー』っ!」
カティアさんは斧を横にして構えると、そのまま飛び上がり、自分の体ごと重力をこめて地面に叩きつけた。
刃の側は高く、柄の側は低く、衝撃波を出して地面を盛り上げた。
それはちょうど蟹のハサミの形で魔物に向かって一直線に延びていき、敵の体、その調合釜の部位にヒビを入れた。
流れが大きくこちらに傾く。
「皆に、負けてられない!」
俺は腕一杯に力をこめた。
ここがターニングポイントなんだ。
ならばもう、出し惜しみはしない。
あとは無事に発動できるかだ。
毒手よ、頼む!
「『毒気槍』!」
俺が天に腕をかざすと、左腕から巨大な槍が何本も連なって飛び出してきた。
「受けてみろ! 渾身の一撃!」
連結された槍は、鞭のように絶望と悔恨のホムンクルスに絡みついた。
「ゴォォオアアッ……!」
刃が食い込んだ全身から体液が噴出し、それをもろに受けた魔物は地獄のような唸り声を上げる。
俺はなおも毒槍製の有刺鉄線でギリギリと縛り上げ続けた。
「ゴ……ゴ……グオオォアォォォォ――!」
片腕でもがいていた魔物はやがて断末魔の叫びを上げると、内側から爆発するように四散し、破片は霧になって消滅した。
「やった……」
それに――、
「使い、こなせた……」
ブラッドを見ると、俺のほうを見て微笑を浮かべていた。そして言う。
「独自に発現したチカラを、まさかこんなに早く自分のものにするとはな。
しかし、拘束に頼るようでは、まだまだだな」
どこまでもかわいくない奴め。
***
そして再び流れる記憶。
レイラの家の、調合を行っていた部屋の中で。
彼女が目を離した隙に、釜はとんでもないことになっていた。
出てきた魔物、絶望と悔恨のホムンクルスは、部屋に戻ってきたレイラをかぎ爪でひと突きすると、霧散して釜の中に吸い込まれていった。
倒れるレイラ。
それとほぼ同時刻に、エルはこの世を去ってしまった――、その筈だった。
光とともに釜から出てきたのは、魔物ではなく一人の少女だった。
少女は金髪で髪を二つに結んでいる。
――ウタだった。
そう。ウタとは、レイラが危篤のエルを助けるために作ろうとした薬の調合が失敗して、その結果で偶然生み出された、精巧なホムンクルスだったのだ。
エルのなきがらは、彼女が住んでいた、まだダンジョン化が進んでいなかったときの黒染の森へ埋められている。しかし、彼女の魂は墓になど無かった。
人間と見た目のなんら違わないホムンクルスに、エルの魂は宿ったのだった。
『私は両親ともに亡くなっちゃっててね、森の中に家があったけど、私も死んで無人になったから取り壊されて、今は物置小屋が残ってるだけ』
エルは孤独な身だった。お墓は、早くに死んだ両親が遺した家に、ひっそりと。
しかし、彼女はまだ、ここにいる。
誕生したばかりのウタは、きょろきょろと辺りを見回した。
そして、倒れているレイラに気づく。
『まさか、私がやったの……? まだ体が馴染んでなくて記憶が戻らなかったから、そう勘違いして、逃げるようにエーキルの街を離れたよ』
自分がなんなのかわからず、怖くなってその場から逃げ出したウタ。
その後、記憶喪失の身寄りの無い少女として引き取られた彼女。
やがて、自分がエルの魂を持っていることを思い出す。
レイラがホムンクルスを用いた調合に失敗した時。
危篤だったエルの魂が、妹が手を離せない間に代わりにカティアさんが看ていたベッドを離れて、できたばかりの金髪のホムンクルスへと乗り移っていたのだ。
いわば、調合による死者の復活。
そんな世の理を越えるような事故が目の前で起きて、レイラになんの影響も無かった筈がない。
レイラは――失っていた。
それまでの七年分の知性を。
エルと調合の事故にまつわるあやふやな記憶を除いて、全ての記憶が消え、彼女の心は再びゼロ歳になったのだ。
七年。
神童である彼女の場合、それはただの七年ではなくて――、
取り戻すのに時間がかかった。
それでも、自分の脳裏に浮かんでくる、身に覚えの無い調合の知識と話したこともない友の記憶を振り払うために、必死に取り戻した。
そのおかげで、彼女はたった五年で今までの知性を取り戻すことができた。
だけどそれ以来、彼女は何かにつけて生き急ぐようになった。
そんな中、十五の時、彼女は一人の少女に出会った。
彼女の従者になったのは、十三、四歳くらいの見た目の金髪の女の子、ウタ。
初めて会った筈なのに、どこか懐かしかった。
エルは自分の素性を隠してレイラの元に再び近づいたのだった。
“レイラ様!”
ホムンクルスには、ある本能があった。
それは、主人への忠誠が態度や所作で現れることだ。
彼女の、“様”呼び。
それは、人間だった頃には絶対にありえないものだった。
『――呼び捨てできないことが、こんなに悲しいことだなんて、思っても見なかった』
ウタの声が言った。
そしてさらに二年が経って。
かつて年上と年下だった彼女たちの、見た目の年齢は逆転していた。
エルはウタとしてホムンクルスになって以来、成長がほとんど止まっていた。十三、四歳の見た目は、今でも変わらない。
だが、精神のほうは違った。
体はそのままに、マイナスからやり直したレイラ。
ホムンクルスとして、生前の魂を受け継いだエル。
そう。年下と年上の図式は、最後まで変わらずに済んだんだ。
***
気がつくと、俺たちはウタが倒れた中腹の草むらで立ち尽くしていた。
どこからか立ち上った白い光とともに、ウタの心臓に、魂の核が戻る。
彼女は本当にすやすやと眠っている。
ウタ――いや、エル。
レイラは、エルの前に膝をついて詫びる。
「私は、間違ってたのか……? エルが死んでから、強さを求めた。いつしか道を誤った。
いつの間にか、浅薄で自分勝手な復讐の念に身をやつす悪魔になってしまった。
エル……
再び亡くしそうになってから気付くなんて、私はバカだ……」
「……レイラさ……ううん。」
エルが目を覚ました。彼女はゆっくりと起き上がると、友の名前を呼びかけた。
そして、首を振ると、こう言い直した。
「――レイラ。」
呼び捨て。レイラさま、ではなくレイラ。
さっき聞いたホムンクルスの本能。それは、主人に対する忠誠が所作として表れること。
呼び捨てしたということは、つまり…… 主従ではなくなった?
エルはレイラと、再び友になったということ……?
俺はホムンクルスのことをほとんど知らないから、こんな邪推をするしかない。
でも、きっとそうだと、俺は強く思った。
「私もう、ホムンクルス卒業ってことで良いよね? 主従ごっこはおしまい。レイラとまた友達になるの――どうかな?」
エルは笑って言った。
「ウタ……いいや、エル――」
レイラが頷いた。
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