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第3章 もったいぶらずに教えてください

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「そして我とお主の持つ、毒手について。

気と毒手の関係性は、魔力と魔法の関係とに似ている。

魔法が魔力を引き出すのに対し、毒手は気のチカラを引き出すものだ」

「気……じゃあ、アンタがここで滝行してるのも、毒手と関係あるのか」


「さよう。毒手のチカラというのは、一般的なスキルのそれとは違い、冒険者自身のレベルアップよりも、直接的な修行によって効果的に鍛えることが出来る。

気に当たり、気に触れる。我の場合、この森が絶好の場であった」


「修行――、俺の毒手は鍛えられる――」


「さあ、今話せるのはこれくらいだ。

さてと――」


ブラッドが髪を留めながら言う。


「ところで、お主ら、パーティーを組んでおるようだが、責任者は誰だ」


「責任者とな?

立場的には師匠が一番上だと思うのじゃが」


たしかにアイザックさんだろう。他はそれぞれ彼の助手に弟子、そして飛び入り参加の冒険者にあたるんだし。


「ふむ、眼鏡か。

我をお主らの仲間に加えてはくれぬか」


「はぁ!?」


斜め上すぎる申し出。目が飛び出るかと思った。


「ええ、良いですけど」


責任者はあっさり承諾する。


「ちょっと、アイザックさん!」


「フッ、決まりだな」


ブラッドは有無を言わさずに加入を決め込んだ。


「なんでこんな怪しい奴を!」


アイザックさんが落ち着いて弁明する。


「少し謎めいた感じがするけど、単なる戦好きという雰囲気だし、悪い人では無さそうだよ。

どのみち、あとで冒険者学校に話を通して彼を連れていく必要がある。

"気"について、教えてもらうためにね」


こうなるともう、アイザックさんには敵(かな)わないことが分かっていたので、俺は諦めた。


「最後に、さきほどのスキルを試し撃ちしてみぬか」


ブラッドが提案する。


「まあ、いざ実戦の時に必殺技のつもりで撃ったらヘボかった――なんてことになったらヤダし、一度使ってみるか」


俺は手頃な木に向けて、左手にチカラを込める。今までに無い、荒波がぶつかるような強(したた)かな感覚が手に宿る。


「蝕狼撃(ショクロウゲキ)!」


そう技名を呟くと、手からヘドロのようなものが湧き出て、集まる。


すると、その毒の集合体は一個のかたちを形成した。


できそこないの粘土細工に墨でも塗り込んだかのような、はっきりしないかたちの、漆黒の狼。


狼は木に飛び付くと、噛み付いた。


そしてそのまま首を降って幹を食いちぎると、地面に溶け落ちた。


「!?」


なんと、木が倒れる。


俺の今までのスキルは、ほぼ毒による効果を狙ったものなので、純粋な物理的威力は低い。


それが、この蝕狼撃はどうだろう。


噛み付いたチカラだけで木を倒してしまった。


「すごい……」


思わず口に出す。


それを聞いたブラッドはご満悦のようだ。


「さあ、次は毒気槍だ。我の剣に当ててみせよ」


そう言うと、体に気をまとわせ、例の漆黒の剣を右手に形成する。


「毒気槍(ドクキソウ)!」


俺は再びチカラを込め、先程と同じ要領で技名を言えば良い、はずだった。


しかし。


「うぐっ!!」


「コーキ君!?」


「ど、どうしたのじゃ!」


「あっ! み、見てください、コーキさんの手が――」


「な、なんだ、このチカラは!?

小僧、きさま、何をした!!」


突然空気がジリジリと音を立てて震え、ブラッドが動揺する。


「知るかよ! アンタが説明しろよ!」


俺も今、自分の腕に何が起きているのかが分からない。


ただ、荒波とは比較にならない、どす黒いものがうごめくのだけは理解できた。


突然、自らの頭の中に、イメージが豪雨のようになだれ込む。


宇宙、神々、大自然、文明。


――空から落ちる大岩が星を形成する。長いようで短い過程を経て、生物が人型になる。教会の上にちらりと映る、天使の翼。巨大建造物に雷が落ちる。砂漠に種子が降り注ぐ一方、街に火山流が流れ込んで死の世界にする。


もっと、何かを見た気がする。しかし、殆どは一瞬と一瞬の隙間に滑り落ちていった。


頭の中に謎の映像。このイメージ。


"神秘"とでも呼べば良いのだろうか、それを。


誤解を恐れずに言うのなら、俺は一瞬のうちに神秘を体験した。


混乱する頭の中では、そうとしか言いようが無かった。


「……なんですか、これは」


一周も二周も回って呆けた思考から出たのは、そんな間抜けな声だった。


それは、紫と黒の中間色をした、槍だった。


ただの槍では無い。ムカデのように、何本もの槍が繋がっている。


その槍の連結体は、根本から先端にかけて、細身になっていく。


一番先の鋭利な切っ先は、空に向けて不気味な煌(きら)めきを発している。


鎖や関節のようにかくりと曲がる、自分の身長の何倍もある黒き鉄の鞭(ムチ)。


俺は左手を見つめたまま、動かせずにいた。


それは、形容するとしたら、蠍(さそり)の尻尾。


毒のエネルギーで出来たそれを見て、


「フフフ……フハハハハハ!!」


ブラッドが狂ったように笑いだした。


そして、自らの左手の剣をこちらに向けると、言った。


「面白い、面白いぞ、毒手の今世(いまよ)の使い手よ!!」


「!?」


ブラッドが斬りかかってきた。


俺は反射的に左手を下げる。本当に無意識だった。


キイイイン――!!


俺の毒気槍が蟹(かに)の腕のように曲がり、漆黒の毒剣を受け止めた。


「くっ……」


ブラッドは動かない。


前のめりに踏み出したまま、大きな塊を受け止めている。


俺も、チカラを込めるので精一杯だった。


そのまま三十秒ほどこう着状態が続いたのち、変化は起こった。


「ううっ!」


突然、俺の左手からチカラが抜ける。


まるで感覚ごと失ったかのような、腕の疲労感に、後ろに押される。

ブラッドはそのまま、槍の鎖を弾き飛ばした。


「くうっ……」


俺は片膝をつく。


「――"気"が未だ熟さぬ以外は……なんという……フフフ……」


ブラッドが興奮ぎみに何かを言う。


そして。


「フフフ――、フハハハハ!!」


狂人のような高笑いが、森にこだました。


(第4章に続く)

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