異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮

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婚約編

日本とは違うこともあるようです

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 翌朝、朝食の席で私の今後の予定を聞かされた。
 今日一日はお休みで、明日以降月末まで登城し、手伝ってほしいそうだ。そして来月から王太后様による王子妃教育が始まるという。と言っても、来月まであと五日しかないのだけれど。時間などはまた知らせてくれることになっているらしい。

「期間はどのくらいでしょうか」
「実花の今現在の教育状況次第だが、だいたい二週間から一ヶ月だと言われた」
「随分間隔があるのですね」
「まあな。王子妃教育といっても王太子妃の教育ではないから覚えることはそんなにないだろう、と私は考えている」
「そうですか……。自信はないのですけれど、そこは教えを請いながら、おいおい考えようと思います」
「そうだな」

 父や兄曰く、王太子妃ともなると外交などもあることから他の国の言葉や作法を覚えなければいけないしやることはたくさんあるけれど、第三王子だったジークハルト様は騎士だということもあり、せいぜい王家特有の作法や貴族の礼儀作法などが主流ではないか、と言っていた。
 この国の言葉を話せるけれど、文字はまだ心許ない。足のこともあるから、ダンスも怪しい。……王太后様に足のことを言ったほうがいいのだろうか。

「お父様」
「どうした?」
「私の足のことなのですが……王太后様に伝えたほうがいいでしょうか」
「ふむ……実花はどう考えている?」
「私は伝えても構わないと考えています。そうでないとダンスなどでふらついた場合、困ったことになりそうですし……」
「実花がいいなら、今日私から伝えておこう」
「そうしていただけると助かります、お父様」

 父に感謝を告げると、今度は兄が話しかけて来た。

「実花、商会に連れてってって言ってたけど、何を買うんだい?」
「ナミルさんの本来のサイズでクッションを作ろうと思っているのです。無限増殖してもらおうとも思ったのですけれど、できるだけこちらの生活に馴染む努力をしようと思って……。布はあるのですが、中に入れる綿が全く足りないので、それを買おうかと」
「綿か……。綿はないんだ」

 兄の言葉にショックを受ける。ジークハルト様が普通に『クッション』と仰っていたので、中に使う綿もあると思っていたのだ。

「え……? クッションなどの中身は、何を入れているのですか?」
「ああ、ごめん、言い方が悪かった。今の季節は綿がないんだ。秋に採れたものは冬になると使ってしまうから」
「そんな……。お兄様のその言い方だと、在庫もないということですよね?」
「ああ。だから今回は綿を増殖するよ?」
「そうですね。そうしてくださいますか?」
「いいよ」

 まさか綿が季節物だとは思わなかった。こういう時、日本にいる時の感覚でいると困ったことになってしまうという実例だった。早くこの世界のことをたくさん学ばないと……。そんな考えが顔に出ていたのだろう。父が優しく諭してくれた。

「実花、焦る必要はないんだ。なんのために『実花は病気でずっと寝込んでいて、勉強ができなかった』という話になっていると思う? そういったことが出た時、それで誤魔化すためのものでもあるんだよ」
「お父様……」
「焦らなくていい。焦ると失敗するからね」
「はい」

 焦らなくていいと言う父に、感謝しか浮かばない。まさかそれを見越してそんな話になっているとは思ってもみなかったのだ。
 そんなこともあり、結局商会に行く話はなくなった代わりに、兄に綿を大量に増殖してもらうことにした。そして今日中にジークハルト様の服とナミルさんのクッションの本体を作ることを決め、それが終わったら刺繍をしつつこの世界のことをもう少し詳しく勉強することを決めた。それを二人に言うと呆れたような顔をしたけれど、結局は許可をくれたので日がな一日中向こうの部屋に閉じ篭ることにした。
 昼食は兄が迎えに来るというのでそれに返事をして部屋に向かう。最近になって、ようやく向こうの部屋へ行く道を覚えた。こちらの部屋は二階の西側、向こうの部屋は三階の東側にあるのだけれど、どちらの部屋も両端にあるので行き来が大変なのだ。食堂はちょうど一階の真ん中より西寄りにあるので、どのみち移動するのに大変なことは変わらないのだけれど。
 というか、どうやってあの部屋を三階まで持っていったのだろう? 今度聞いてみよう。

 部屋に着いたのでミシンを出し、炬燵の横に置いておく。向こうにいた時からミシンをかける時はいつもここで作業をしていた。
 先にナミルさんのクッションを作ってしまおうと、簡単な型紙を作って布を裁断する。四角よりも丸いほうがいいと言っていたので、そのような形にする。今回はかなり大きなものを作ることになるので布地は何枚かに分けて裁断し、それをミシンで縫って行く。

<すごいねー、この魔道具>
「ミシンというの。私がいた世界では、こういった便利な道具がたくさんあったのです」
<そうなんだー>

 ミシンの針が動いているのが珍しいのか、ナミルさんがしきりにそれを見ている。危ないから手を出しては駄目だといい含め、さっさと縫って行く。あっという間に丸く縫い終えると綿を詰めて完成させ、一回ナミルさんにクッションに寝転がってもらう。

「どうですか?」
<うん、いいね、これ! あとでカバーをかけるんだよね? できるのが楽しみだよー!>
「それはよかったです」

 喉を鳴らして嬉しそうな声をあげるナミルさんに、胸を撫で下ろす。それを横目に一旦ミシンを片付けると今度は大きな紙とカチヤさんにもらったジークハルト様の寸法が書かれたメモを取り出し、製図して型紙を作って行く。それが終わると紙を切り、ジークハルト様から預かった布を出して広げ、型紙を乗せて裁断し、チャコで印を付けて行く。それが終わったらまたミシンを出して縫って行った。

 途中で昼食を取り、続きをする。室内が静かだと思ってふと顔を上げたら、完成していないというのにナミルさんはクッションで寝ていて、それに寄り添うようにアレイさんと小さくなったシェーデルさんがお昼寝をしていた。

「ふふ……」

 その光景に思わす笑みが零れる。和むなあ……と思いながら作業を続け、三時過ぎには服も出来上がった。おかしなところはないか確認し、それが済んだところで一度【生活魔法】で綺麗にし、アイロンをかけた。そしてそれを丁寧に畳むと一旦ソファーに置き、ナミルさんたちを起こす。
 魔物たちが起きて来るまでの間にミシンやアイロンをしまい、部屋の掃除もする。そのタイミングで兄が来た。

「ミシンがなかったけど、終わったの?」
「終わりました。あとは魔法をかけるだけなので、待っていただけますか?」
「いいよ」

 兄に少しだけ待ってもらい、ソファーから服を持ち上げてから魔法をかけると、すぐにインベントリにしまった。

「終わりました」
「相変わらず早いね」

 苦笑した兄に笑って誤魔化し、部屋をあとにする。そのまま連れて行かれたのは執務室だった。夕食までまだ時間があるというのでそこで文字の勉強をしたり書類を纏めたりしているとあっという間に時間は過ぎ、父が帰って来た。
 父を交えて領地の仕事の続きをしていると「夕食の時間です」とバルドさんが呼びに来たので、皆で食堂へと行く。今日の夕食は魚のムニエルや野菜たっぷりなコンソメスープ、ロールパンのようなものと蜂蜜が入ったパン、デザートはベイクドチーズケーキだった。他の貴族の家はもっと豪華にいろいろな種類が出てくるそうだけど、我が家は「夜は寝るだけだから」とそれほど多く出しているわけではないらしい。
 まあ、お客様がくればきちんとお出ししているそうだけれど、食材が勿体無いからと、各自が食べ残さないように工夫して料理を出しているそうだ。そのおかげなのか、今まで食事を残されたお客様はいないらしい。
 料理自体も私が来る前とは違って野菜が多くなっていたり、私がアレンジの提案をしているからなのかミゲルさんたち料理人のレパートリーも増えているらしく、父や兄は「昔よりも体調がいいかも知れない」と言っていたのでよかったと思う。

 デザートも食べ終わり、紅茶を飲んでまったりする。父と兄は執務に戻ると言っていたので私もそれにくっついて行き、文字の練習をした。ある程度やったところで二人におやすみの挨拶をし、こちらの部屋へと戻る。そのあとはお風呂に入ってから歴史書を少しだけ読み、控えていたアイニさんたちに明日登城するからと伝えてドレスの選択のお願いをすると、笑顔で頷いてくれた。
 そして翌朝、登城の支度をする前にジークハルト様の服を入れる箱がないかバルドさんに聞くと、「ございますよ」といってくれたので包装をお願いすると笑顔で頷いてくれた。なのでそのまま服を預け、身支度を終えてから朝食を食べる。今日の朝食はトーストにハムエッグ、サラダとスープだ。それとエプレンジュのジュース。
 ご飯が終わり、馬車に乗る時にバルドさんから箱を渡されたのでお礼を言い、月末が近いからと三人で登城して書類を捌き、お昼に顔を出したジークハルト様に服を渡すと絶句していた。

「……まさか、こんなに早く服ができるとは思ってもみなかったぞ。ありがとう、ミカ」
「どういたしまして」

 箱をしまったジークハルト様が私をギュッと抱きしめ、額にキスを落とす。皆がいるところではやめてほしいのだけれど、言ったところでやめそうにないので諦め、ジークハルト様のしたいようにさせることにした。
 庭に出よう言うので一緒に散歩をし、椅子に座ってしばらく雑談をしたジークハルト様は溜息をついて立ち上がる。どうやらジークハルト様も月末で忙しいらしく、「ミカが早く俺の執務室に来て手伝ってくれればいいのに……」とぼやいていた。

「ミカ、疲れをとるまじないをくれ」
「おまじない……ですか? 私は何も知らないのですけれど……」

 そう言われて首を傾げたら、ジークハルト様は唇にキスをした。しかも舌を絡める、長いキスを。

「ん……ぁ……っ、ジークハルト、様……、んっ」

 一度唇が離れたというのに、また舌を絡めるキスをしてくるジークハルト様。最後は息が上がってしまって、ジークハルト様に凭れかかっていた。

「……可愛いなあ、ミカは」
「うう……。激しいキスはやめてください……」
「ほう? ミカの世界では口付けのことをキスというのか。俺もそう言っていいか?」
「構わないと思います、んっ、もう、ジークハルト様!」
「はははっ!」

 またキスをされたので怒ると、ジークハルト様は笑って誤魔化すばかり。もう、と膨れると、「すまん」と言って頭を撫で、一緒に部屋の中へと入った。
 そして「明日は来れない」と言って部屋を出たジークハルト様に寂しさを感じつつ、午後も父と兄の仕事を手伝ったのだった。


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